第8話 ロケバスは今日も走る①
「えっ、明日、朝5時集合なんですか?」
声がデカい。
佐伯詩織はスケジュール表を見たまま、信じられないというように口を開けていた。
「……っていうか、さすがに早すぎません? LUCENTって、今そんなブラックですか?」
違う。誰もブラックだなんて言っていない。誰一人。
私はノートパソコンの画面から目を離さず、静かに言った。
「移動時間とロケ準備、現地の天候も考えて逆算しただけです。もっとも効率的な入り時間です。」
「うっわ……そういうの、無理な人には無理って発想はないんですね〜。」
思ったことをストレートに言えばウケると思っている。でも、それが時にどれだけ空気を壊すかには無自覚だ。
「ま、いいですけど? あたし、逆境に強いんで。根性だけはあるって、よく言われるんで。」
「 じゃあ今回は、“根性”でタイムテーブルを守ってくださいね〜♡」
LUCENTのメンバーはすでに慣れたもので、笑いをこらえるだけにとどめていた。
□
翌朝4時30分、ロケバスの中。
窓の外はまだ暗い。メンバーは半分寝ながらも静かに準備を進めている。
車内の前列、黒宮と朝倉はパソコンを挟んで静かに話していた。
「Regarding the sequence order, we might have to swap segment two and four depending on the sun angle. I already contacted the drone operator.」
(撮影順序についてだけど、日差しの角度次第で2番目と4番目を入れ替える可能性がある。ドローン担当には連絡済み。)
「Good call. And the contingency for high wind conditions?」
(いい判断。では、強風時の対応はどう?)
「We’ll switch to hand-held and use the forest trail as the alternate location.」
(手持ち撮影に切り替えて、森の小道を代替場所として使います。)
「Perfect. That spot has more natural cover anyway.」
(完璧だ。その場所は自然の隠れ場所がある。)
その英語の対話を聞きながら、佐伯は後部座席で腕を組んでいた。
完全に置いていかれている。
「……え、え、何? なんか喋ってたけど、誰か翻訳してくれないの?」
朝倉が一度だけチラッと後ろを振り向いた。
「段取りの話。ロケ地の地形と天候で調整が必要だから。」
「ふーん。なんか……英語でやる意味ある? 日本語でもよくない?」
「ニュアンスの細かい共有には、英語の方が便利なんだ。ごめんね。」
黒宮はそれを聞いてにっこり笑うと、今度は日本語で言った。
「佐伯さん、現場での言語選択は業務効率によるものですぅ♡ ちなみに、さっきの話に詩織さんの担当業務は含まれていないので安心してくださいねぇ♡」
「……いや、なんかイラッとする……!」
佐伯があからさまに顔をしかめるが、黒宮は「えへへ〜♡」と声にならない笑いを漏らすだけだった。




