表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塩マネージャー vs サバサバ系女子、私が選んだ対抗策は ‘ぶりっ子’ でした  作者: 雨宮 叶月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/58

第57話 夏休み⑳

 夜の静寂を破るように、柔らかな朝日が水平線の端から顔を出した。

 空は淡いオレンジと薄い青が溶け合い、夜の名残を抱えた群青色から、少しずつ新しい色へと変わっていく。

 海面には黄金の帯がすっと伸び、まるで昨日の花火の余韻を静かに洗い流すようだった。


 私は一足先に浜辺へと降りていた。サンダルを手に持ち、裸足で波打ち際を歩く。水は朝の冷たさを含み、足首に触れるたびに意識が鮮やかに目覚めていく。

 背後では、まだ眠そうに髪を整えるメンバーたちの姿が見えた。笑い声と、スーツケースのキャスターが砂利道にこすれる音。旅の終わりを告げる音色が、浜辺に少しずつ広がっていく。


 テントの跡地には、昨夜の気配がまだ残っていた。風に舞う砂にうっすらと囲いの形が残り、遠くには花火の欠片が散った空の名残がある。けれど、全てが新しい朝の光に包まれていて、まるで一夜の夢だったかのように感じられた。





 「黒宮さーん! みんな揃いましたよ!」

 成瀬が声を張り上げる。カメラを首から下げ、すでに準備万端の様子だった。


 私が戻ると、全員が砂浜に集まっていた。まだ少し眠たげな顔もあれば、元気いっぱいにはしゃいでいる人もいる。だがどの顔も、夏を存分に楽しんだ余韻に包まれて柔らかかった。


 「じゃあ最後に、ここで記念撮影しましょうか」

 朝倉が三脚を立て、カメラをセットする。潮風に髪が揺れ、砂の上に小さな足跡が並んでいく。


 メンバーたちは自然と肩を寄せ合い、笑顔を作る。私は背が高いため後ろの位置に立っていたが、「黒宮さんも真ん中ですよ」と強引に引っ張られた。

 

「え、私まで?」


 「当たり前です」

 仕方なく中央に立つと、両脇からメンバーに軽く腕を組まれた。笑い声がこぼれる。


 「はい、じゃあ行きますよー。3、2、1――」

 シャッターの音が、朝の静かな海辺に響いた。


 瞬間、後ろの波がちょうど大きく寄せてきて、足元にしぶきが散った。メンバーたちは驚いて跳ね上がり、それを見てまた笑った。偶然にしてはできすぎていて、その瞬間の写真には、きっとこの旅のすべてが詰め込まれているに違いなかった。




 撮影を終えたあと、しばらく誰もがその場を離れなかった。

 海は穏やかに広がり、遠くの水平線には小さな漁船が点のように浮かんでいた。波のきらめきは、朝の光に照らされて一面の宝石のように輝いている。


 砂浜には、まだ朝の冷たさが残っていた。裸足で踏みしめると、しっとりとした感触が伝わり、夏の名残と同時に新しい一日の始まりを告げていた。

 潮の香りが深呼吸するたびに胸いっぱいに満ちて、体の奥まで清められていくようだった。


 立ち止まり、そっと目を閉じる。

 海鳥の鳴き声、波のささやき、遠くの笑い声――すべてが溶け合って、ひとつの大きな音楽のようになっている。


 この景色は、きっともう二度と同じ形では現れないだろう。

 だからこそ、今この瞬間を胸に焼き付けなければならない。そう思った。





 「そろそろ行きましょう」

 天城の声に、みんなが名残惜しそうに頷いた。


 荷物を抱えて振り返ると、朝の光に照らされた海が最後の別れを惜しむように輝いていた。

 その輝きは静かで、けれど確かに心に深く刻まれる。


 「また来られるといいですね」

 誰かがつぶやく。その声はすぐに潮騒に飲まれていったが、全員の心に同じ想いを残した。


 波の一つひとつが新しい時間を運び、過ぎ去った日々を優しく包み込んでいる。


 昨日までの喧騒も、笑い声も、儚い花火の光も――すべてがこの海に吸い込まれ、永遠の一部になる。


 私はその光景を胸に刻み込み、小さく息を吐いた。

 そして振り返り、仲間たちのもとへ歩き出す。


 新しい日常が待つ場所へ。

 けれど心の奥には、いつまでもあの海の色と、笑顔が残り続けるだろう。



 エンジン音が遠くで響き、夏の旅の終わりを告げる。

 けれど私は、不思議と寂しさだけではなく、満たされた気持ちを抱いていた。


 ――海と共に過ごした3日間。

 その全てが、確かに刻まれていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ