第56話 夏休み⑲
――花火が終わったあとの夜の海には、独特の余韻があった。
空に広がっていた色鮮やかな光の粒は、もうすっかり消え去り、闇が本来の姿を取り戻している。ほんの数分前まで夜空を彩っていた閃光が幻だったのかと思う。
波が寄せては返す、その一定のリズムは、花火の激しい炸裂音とは対照的で、聞いているだけで胸の奥がほどけていくようだった。
少し離れた場所では、片付けを手伝っているメンバーの笑い声が、風に運ばれて微かに届く。それもまた、夜の静けさの中で小さな灯のように感じられた。
私はサンダルを脱ぎ、裸足でひんやりとした砂に足を埋めながら海を眺めていた。
闇に沈んだ水平線は、どこか幻想的で、時折、月明かりが波に反射して銀色の帯を描き出す。先ほどまでの華やかさとは別種の、落ち着いた美しさだった。
「……やっぱり、夜の海もいいな」
思わず口をついた独り言は、潮風に溶けて消えていった。
遠くでメンバーたちが「そろそろ戻ろうか」と声をかけ合っているのが聞こえる。片付けを終えた彼らは、思い出を胸にしまいながら、宿へと歩き始めていた。
「黒宮さんは、もう少しここにいるんですか?」
霧島の問いかけに、私は海を見つめたまま頷く。
「ええ。せっかくですから……この静けさを味わってから戻ります」
「分かりました。じゃあ僕も、少し付き合いますよ」
月明かりの下、二人は並んで波の音を聴いていた。
賑やかだった一日の終わりに訪れる静寂は、どこか儚く、そして美しい。花火の鮮烈な記憶とは対照的に、この夜の海の静けさこそが、本当の夏の余韻なのかもしれなかった。
私は胸の奥で、そう感じながらゆっくりと目を閉じた。
――その夜、海はただ静かに、永遠のような時を刻んでいた。




