第53話 夏休み⑯
潮風が、ふわりと髪を揺らす。
午後の陽射しはまだ強いが、海辺に張られた白いタープの下は、風が通って心地よい。最終日だから――という理由で、朝からみんなが妙にそわそわしていたのは知っている。
「経費で、ちょっといいお肉買ってきましたー!」
声を張ったのは、調達班として買い出しに行っていた望月だ。後ろには氷を詰めたクーラーボックスを二人がかりで抱えているメンバー。
テーブルに並べられた袋からは、見ただけで分かる高級そうな厚切り肉、肉汁が溢れそうなソーセージ、そして新鮮な海鮮――ホタテ、エビ。野菜も色鮮やかに、とうもろこし、パプリカ、玉ねぎなどが整然と並ぶ。
「うわ……本当に豪華ですね」
思わず口元が緩む。
昨日までも十分おいしいバーベキューをしてきたが、今日のこれは別格だ。
炭に火がつき、パチパチと爆ぜる音が心地よく響く。霧島が網の上に肉を置くと、すぐにジューッという音と共に香ばしい匂いが立ちのぼった。
潮の匂いと混ざって、これぞ夏の海辺という空気を作り出している。
「黒宮さん、焼き鳥いきます?」
振り向くと、串に刺された焼き鳥がに輝いている。
「いただきます」
一本手に取って、頬張る。
肉の弾力と、甘辛いタレの香り。海風で少し冷えた頬に、温かさと旨味が染み渡る。
(……来てよかった。)
成瀬が網の端に並べたホタテは、殻の中でバターと醤油が混ざり合い、泡を立てている。そこにレモンを絞ると、爽やかな香りがふわっと広がった。
「これ、絶対食べましょう」
佐伯がわざわざ私の分を取り分けてくれる。珍しく素直に「ありがとうございます」と受け取り、スプーンで口に運ぶ。
磯の香りとバターの濃厚さが、夏の日差しの下で一層輝いていた。
串焼きコーナーには、肉厚の牛串、ラム串、野菜のグリルが並び、焼き上がるそばから皿が空になる。私は両手に串を抱え、次々と頬張る。
「黒宮さん、めっちゃ食べてますね」
笑いながら天城が麦茶を差し出してくる。
「せっかくの最終日ですから」
一口飲んで、また串をかじる。この繰り返しが、妙に楽しい。
遠くからは、波が寄せては返す音。近くでは、鉄板の上で焼かれる野菜のジューッという音。
耳に届く全てが、心を解きほぐしてくれる。
少し落ち着いたところで、私は焼きそら豆を手に取る。皮をむくと、ほくほくとした実が顔を出した。そっと口に入れると、甘みと香りが広がる。
隣の霧島が「黒宮さん、今日は表情やわらかいですよ」と笑う。
「美味しいものを食べているときは、誰でもそうなります」
そう返しながら、また焼き鳥を手に取る。
やがて日が少し傾き、海の色が柔らかく変わっていく。タープの下でのんびりと食事を続けながら、誰かがスピーカーで音楽を流し始めた。軽快なサマーソングに、メンバーの笑い声が混ざる。
最終日の贅沢な昼食。
串を頬張り、潮風に包まれながら――私は心から、この時間を楽しんでいた。




