第48話 夏休み⑪
夜の浜辺は、昼間とはまるで違う顔をしていた。
月明かりが波を照らし、遠くでカモメの声がかすかに聞こえる。潮の匂いが濃くなり、涼しい風が肌をなでるたび、少しだけ背筋がぞくっとした。
「……ねぇ、今から肝試しやんない?」
唐突な提案に、数人が「いいね!」と声を上げる。
昼間の水泳やビーチバレーで疲れきっていたはずなのに、こういうイベントにはすぐ乗るのがこのメンバーだ。
「コースは……あの岬の方にある廃屋まで行って、証拠に置いてある鈴を持ってくる。二人一組でね」
天城が地図を広げながら説明すると、皆がざわつく。
廃屋と聞くだけで、空気がひやりと変わった。
「……え、それって夜は行っちゃダメなやつじゃない?」
望月が不安そうに眉をひそめる。
「別に心霊スポットとかじゃないし。……たぶん」
天城の「たぶん」で余計怖くなる。
くじ引きでペアを決め、順番に出発することになった。
最初のペア──朝倉と佐伯。
「やだやだ、絶対なんか出る!」と佐伯がぶつぶつ言いながらも、懐中電灯を持って歩き出す。
皆で見送ってしばらくすると、遠くから「きゃあああああ!!」と悲鳴が響き、全員が顔を見合わせた。
「……帰ってきたら絶対泣いてるな」
霧島がぼそっと呟き、私は口元をゆるめた。
案の定、二人は半泣きで戻ってきた。
「無理無理! 廃屋の窓に人影あった!」
「いや、あれマジで動いたって!」
説明が早口すぎて半分以上聞き取れない。
二組目は成瀬と望月。
「行ってきます……ああ、絶対後悔する……」
「がんばれー」と送り出すと、こちらも数分後に「ぎゃあああ!」と戻ってくる。
何やらコウモリが飛び出したらしく、二人とも頭を抱えてしゃがみこんでいた。
「お前俺に抱き着くなよ!気持ち悪いだろ!」
「しょうがないだろ!怖いんだから!」
と望月。
最後に残ったのは、私と霧島。
「……じゃ、行くか」
懐中電灯を片手に、霧島は相変わらず平然としている。
私も別に怖いとは思わず、淡々と歩き出した。
道中は真っ暗で、枝葉が風に揺れては影を落とす。
──突然、頭上で「カサ…カサ…」という音。
普通なら身構えるところだが、霧島は首だけ上げてぼそっと言った。
「……リス? いや、この辺海だしな」
「幽霊より生態系の方がミステリーですね」
二人で小声で笑いながら進む。
「……なんか、逆に落ち着くな」
霧島の声は低く、淡々としている。
「ですね。静かですし」
私も視線を前に向けたまま答える。
廃屋に着くと、奥の棚に赤い紐の鈴が置かれていた。
すると背後の窓が「ガタッ」と揺れる。
一瞬の静寂──からの、霧島がふっと笑った。
「……風だな」
「か、または幽霊が窓の開け方下手だったか」
その場で二人、肩を震わせて笑ってしまった。
帰る途中でも、何度か枝が折れる音や風のうなりがあったが、そのたびに霧島が妙な例えをしてくる。
「今の音、人間のくしゃみに似てなかった?」
「くしゃみの幽霊ですか」
そんなやりとりをしていたら、もう怖がる余地がなかった。
往復を終えて戻ってきた私たちを、みんなが目を丸くして迎えた。
「え、二人とも全然平気じゃん……」
「なんで? なんか出なかった?」
「コウモリもいなかったの?」
「てかなんで二人とも笑ってんの?」
質問が飛び交う中、霧島は肩をすくめた。
「暗いだけだろ。怖がる要素なんかねぇ」
「そうですね。むしろ涼しくて快適でした」
私もさらりと返すと、全員が微妙な顔になる。
肝試しが終わると、みんなでラウンジに集まり、今度は「怖い話大会」に。
朝倉が怪談を語り始める。
夜の山道、赤い着物の女が──と続くと、望月が「やめて!」と毛布に潜り込み、佐伯が「それ有名なやつじゃん!」と騒ぐ。
しかし、霧島が途中で小さく吹き出した。
「……その女、車の前に立ったって?着物の裾、車に巻き込まれてないかな。想像したらめちゃくちゃ面倒そう」
「しかも着物で山道、足元ずっと泥だらけじゃないですか」
私も想像して笑いがこみ上げる。
次の話でも、霧島は落ち武者の幽霊が現れる場面で「それ、洗髪してないだけだろ」とぼそっと呟き、私は耐えられず噴き出す。
他のメンバーは「えぇ……」と引き気味だが、二人だけ笑いを堪えられない。
しまいには佐伯が「ちょっと! 笑わないでよ!」と怒るが、笑いはとまらない。
「はははっ」
「ふふふっ」
外では波の音が続き、涼しい夜風が吹いていた。
──怖がる人と、笑ってしまう人。今夜はその差がくっきり出た夜だった。




