第43話 夏休み⑥
バーベキューの熱がひと段落した頃。
望月が、手をパンと叩いた。
「はいっ! 食後といえば、夏といえば……スイカ割りーーっ!!」
「いや急だな!?」
成瀬が串を持ったまま驚きの声を上げる。
「買ってたの?」
天城が目を丸くすると、望月はニッと笑う。
「ちゃんと用意しておきましたー! どーん!」
大玉のスイカが、氷水の中からごろんと取り出される。
それを見た佐伯が、ちょっと身を乗り出した。
「スイカ割りって、マジでやったことないかも」
「私も〜!」
「絶対一発で割ってみせるからね!!」
「……割れた試しないけどね」
みんながぞろぞろと浜辺へ移動していく中、
私はその場に残って、手元の炭火で焼かれたマシュマロをくるくると回していた。
「黒宮さんも来ないんですかー?」
成瀬が振り返って呼びかけてくる。
「……見てるだけで十分かと」
「え〜、ダメですって。こういうの、全員参加がルールなんですから!」
「誰が決めたルールなんです、それ」
「今決めました!」
そんな強引な理屈に押されて、私は渋々立ち上がった。
浜辺には、タオルで即席の目隠しが用意され、
朝倉が「こっちこっちー!」と全力で適当な声を出して誘導している。
一番手は天城。
慎重に歩き、振り下ろした棒は――全然関係ない方向へ。
「おしい! いや、全然おしくない!」
「だれだよ、“もうちょい右!”って言ったの!」
「俺だよ!!」
「最低かよ!」
次は佐伯。
すっごい気合いを入れて挑んだが、棒がスイカの“横”をかすめて砂をえぐる。
「うっそ!? 私今、絶対当たったと思ったんだけど!?」
「いや、当たったの砂だよね……?」
「砂の破壊力は誰よりもあったよ」
望月は自ら「スイカ割りの申し子」と名乗ったが、
「えいっ!」と元気に振り下ろした棒は、真上の空間を斬った。
「……天を割ってどうするんですか」
宮原がぼそっと突っ込む。
「なんで誰も何も言わないんだよ!!!」
そして。
「ラスト! 黒宮さんです!」
「がんばれー!」
「意外と“方向音痴”とかじゃないの〜?」
周囲が半分からかうように声をかける中、
私はゆっくりと目隠しをされ、棒を持たされた。
「では、回ります。……1、2、3、4、5……」
「ちょっと待って!? 黒宮さん、回るのめっちゃ綺麗じゃない!?」
「え、なにあの軸!?」
「フィギュアスケートの回転かと思った……」
私は無言のまま、回転後、正確に足を前に進める。
歩幅も、ブレがない。
そして、スイカの真正面で、ぴたりと止まった。
「え……あれ……ちょ、もしかして……」
ズバンッ!!!
綺麗な弧を描いた棒が、まっすぐにスイカを叩き割った。
「「「!?」」」
沈黙。
その後、全員が一斉に叫ぶ。
「なんでだよ!!」
「マジで割れた!!」
「ちょっと!? 今のヤバくなかった!?」
「なんで!?なんで指示してない中で目隠しして当てられるの!?」
私が目隠しを外して無表情で棒を置くと、霧島がぽつり。
「……黒宮さん、風の音でスイカの位置わかってましたよね」
「さすがにそれは言い過ぎです」
「否定しないんだ……」
割れたスイカから、真っ赤な果肉が覗いている。
とても美味しそうに、みずみずしく、完璧に真っ二つ。
「黒宮さん……あなた、いったい何者……?」
「スイカ割りが得意なだけです」
「怖いわ!!!」
盛り上がる声のなか、
私は割ったスイカの端をひと切れ、手に取った。
そしてまた、周囲が再び騒ぎ始める。
「黒宮さんの記録に挑戦だー!」
「望月、割れてないのに食うな!」
「誰か霧島さんにも棒持たせてみて!!」
日が傾き、潮風が心地よい浜辺で、
騒がしくも笑いの絶えない時間は、まだしばらく続いた――。




