第42話 夏休み⑤
浜辺から数時間後。
日も傾き始め、涼しい風が吹いてきた。
全員が軽くシャワーを浴び、着替えて戻ってくる。
水着から一転、各自お気に入りのリゾート風ファッションに身を包み、雰囲気はすっかり“大人の夕暮れモード”。
私は、白シャツにナチュラルなベージュのズボン、グレーのカーディガン。そして足元には編み込みサンダル。髪も結い上げて、ふわっと仕上げる。
シンプルながら、どこかカフェにいそうな雰囲気で、あいかわらず隙がない。
「……なにその服。どこで着るつもりだったの?」
佐伯が鼻を鳴らす。
「バーベキューですよ? これくらいは常識の範囲内です」
テーブルの横にさらっと腰かけながら返す。
「いやいやいや、BBQって言ったらさ、もっとこう、Tシャツとかジーンズとか、ラフな感じで来ない?」
「これもラフな感じですよ?それに、それ、“気を抜いた”って言うんです」
「……は?」
「“気取らない”と“気を抜く”は別物ですよ」
佐伯はと言葉に詰まる。が、黙らない。
「ていうかさ、そんなに完璧装備してさ……煙、服についたらどうするの?」
「そのためにカーディガンがありますし、洗えば落ちます」
「……うわ、ほんと隙ない……」
それでも佐伯は負けじと焼き網の前へ行き、ウインナーをトングで突きまわしていた。
一方、私は、朝倉が焼いていたカルビの皿を手に取ると、何も言わずに口に運ぶ。
噛んだ瞬間、表情が少し緩んだ。
「……おいしい」
その言葉に、隣の望月が驚いたように振り向いた。
「えっ、黒宮さん、“おいしい”って言いました?」
「……何か文句でも?」
「うわあ、なんか……意外! めちゃくちゃちゃんと食べるんですね!」
「栄養バランスを考えた上で、たまには“好きなものを楽しむ”時間も必要です」
そう言って、次々と皿に取ったものを無言で食べ進める。カルビ、トウモロコシ、焼きおにぎり、串、そして串。
一見すると、完璧主義者とは思えないほど自然に、でも丁寧に食べていた。
「こんなにちゃんと食べてて、どうしてあのスタイル維持できるんですか……?」
佐伯がじっと私のウエストラインを見ながら言う。
「努力と計算です」
「……あーーーやっぱそういう答えか……もうちょっと夢のある返しないの?」
「“なんとなく”とか“体質”とか言い出す方が夢ないです」
「それもそうかも……」
天城がトングを振りながら微妙に納得している。
その横で、望月が焦げたピーマンをうっかり落とし、朝倉が慌てて拾おうとして転び、霧島が笑い転げる。
成瀬は成瀬で「焼けたよー! 焼けた焼けたーー!!」とテンション高く肉を配っている。
にぎやかな笑い声。
焼き立ての香ばしい匂い。
潮風と、やわらかい焚き火の煙。
私はそのすべてを、あくまで落ち着いたまま受け入れ、
静かに、でも確かにその場を愉しんでいた。
――これはこれで、悪くない。
肉、おいしい。




