第41話 夏休み④
水着のまま、水をかけ合って、笑い声が響いて、転んで、また笑って。
全員が息を切らしながら砂浜に倒れ込んだ。
「はー、たのしかったー……!」
「黒宮さん、動きがアスリートでしたけど……。」
望月のその一言に、私は軽く息を吐きながら砂に腰を下ろす。
「ただの運動です」
「いや、水鉄砲持って佐伯さんにダッシュで詰める“ただの人間”ってなんですか……」
「水かけられた本人は今でも納得いってないですからね!」
佐伯が顔面を濡らしたまま怒っていたが、私は無言で海水を再び佐伯にかけて、隣に落ちていたタオルを顔にかけた。
「えっくろみやさ、」
と佐伯が何か言うが、気にしない。
太陽がちょうど真上。
海と空の境界が白くかすんで、あたり一面が夏だった。
――これで、ようやく静かになる。
そう思ったときだった。
「……黒宮さんって、どんな人がタイプなんですか?」
宮原である。
「このタイミングで聞くの、マジで正気?」
「いや、でも! さっきの黒宮さん見て思ったんですよ、なんか……“冷静で高嶺の花”って思ってたけど、こういう一面あるんだなって!」
「……それと“理想のタイプ”に何の関係が?」
「だって、黒宮さんって、誰かに甘えたり頼ったりしなさそうじゃないですか。だから、どんな人を“いいな”って思うのかなーって」
一瞬、場が静まった。
みんなが興味津々でこっちを見ているのが分かる。
私は、濡れた髪をかき上げて、ゆっくりと目を閉じた。
「いませんよ、そんなの」
「えー、嘘だー」
「本当です。“タイプ”とか言ってる時点で、たぶんそれって恋愛に幻想を抱いてるだけですから」
「うわ、現実ぅ……」
「だいたい、“理想通り”の人なんて、現実には存在しません。人間ってそんな単純じゃないので」
「いやそれは……まぁ……」
「それに。私は誰かに“癒されたい”とか“支えられたい”とか、そんなに思わないです。ちゃんとやってれば、自分で解決できますから」
「…………」
「……ただ」
私がぽつりと口にした言葉に、空気がまた少し変わる。
「まず、顔が良い人。お金を持っている人。私より背が高い人。一緒にいて、無理に気を遣わなくていい人。仕事も、会話も、空気も、“勝手にうまく回ってるな”って思える人がいたら……」
「……?」
「そういう人とは、ずっと一緒にいても苦じゃないかもしれませんね」
「……なるほど……」
なんとなく、周囲がちらっと霧島のほうを見たのは気づいた。
青すぎる空と、眩しすぎる太陽。
いつも通りの霧島が、近くのパラソルの影で静かにペットボトルの水を飲んでいた。
いつもと変わらない無表情。
でも、不思議とその背中が、どこか心地よく映った。
タイプなんて、別にいない。
いるとしたら、“なんとなく心地いい人”。
それだけで、いい。
そして私は、サングラスをかけ直す。
「さ、次は何するんですか? まさか全員でスイカ割りとか言い出さないでしょうね?」
「うわ、黒宮さんがまだ参加する気満々だ……!」
「今日の黒宮さん、なんか怖いくらいノリがいい!」
「そろそろ誰か怒らせてはいけないラインを……」
再び始まる騒がしい午後。
でも――私は、嫌いじゃない。
これもきっと、夏だから。




