第37話 俺の職場が戦場すぎる(霧島)
「あれ、奏、また真顔ですね」
向かいのデスクで、天城がコーヒーを片手に笑っている。
「……いや、真顔にならざるを得ないんだよ」
俺の視線の先――それは、目には見えない火花が散る戦場だった。
――黒宮と佐伯。
なんだあの静かな応酬。笑顔と舌打ちのせめぎ合い。
「打ち合わせ」と書いて「戦」と読むべきじゃないか、あれ。
今朝も朝から険悪だった。
というか、一見フレンドリーなやり取りが、内情ドロドロすぎる。
「おはようございまぁす♡」
と黒宮が入ってくると、
「……あ、おはようございます(小声)」
佐伯が一瞬、固まる。あからさまに警戒してる。すでに1ターン目の戦闘開始である。
そして、数分後――
「LUCENTの現場資料、更新しておきました♡ 昨日夜中までかかっちゃってぇ~♡」
「そうなんだ? あ、でもその前のやつ、ちょっと内容ミスってましたよ? メンバーの発言タイミングズレてたし」
「 佐伯さんすごぉい♡ ちゃんと私のミス拾ってくれて、まさにサポート役って感じでぇ♡ 助かりますぅ♡」
……こわい。
もうホラーだよ、ホラー。
しかも、誰も止められない。止めると燃え移る。危険物同士が接触してるのに、耐火装備ゼロで挑むのは無理がある。
天城がぽつりと呟いた。
「黒宮さんがぶりっ子すると、佐伯さんの顔筋ピクって動くよね」
でもまぁ、佐伯にも作戦はあるみたいで。
最近は“評価稼ぎ”に必死らしい。
この前の外部会議でも、佐伯がやたらとマイクを握りたがっていた。
「現場感覚って、やっぱ大事ですよね~。私、そういうところにはちょっと自信があって!」
って前のめりに言って、会場の一部が微妙に引いてたの、俺は見逃してない。
一方、黒宮はその場で静かにメモを取りながら、質問の流れを丁寧に整理して、最後に、
「じゃあ、ここでこの議題、整理しますね。 皆さんで共有したいのって、ここですよね。」
ってやってた。あれは正直、ちょっと痺れた。
昼休み、俺は佐伯に声をかけた。
「最近、張り合ってるよな」
「え? 張り合ってるとかじゃなくて、普通に“勝ち筋”見えてきたって感じ?」
「勝ち筋……?」
「うん、黒宮さんって“調整型”でしょ? でも、今求められてるのって“引っ張るリーダー”だから。私のほうが向いてるんだよね」
「……(あ、それ本気で思ってるやつだ)」
てことは、佐伯的には“もう私に決まってる”くらいのテンションなのか。
だが、その約30分後――
「部長、共有資料ありがとうございました。 内容、少し見落としがあったので、補足いれときました」
黒宮が、涼しい顔でデータを提出。
その内容が精密すぎて、部長が「これ、マニュアルにできるな……」って呟いたのを俺は聞いた。
その瞬間の佐伯の顔、忘れられない。
……たぶん、電流が走った。
帰り際、天城がまたぼそっと言った。
「黒宮さんって、佐伯さんの“自信”を絶妙に折ってくよね」
「しかも全部、笑顔でな……」
たぶん、これから先もこの戦いは続く。
でも、俺は知っている。
勝者は――“静かに積み上げるほう”だってことを。




