第35話 大型企画の代表責任者は?⑨
「こないだの講演会、行ってきました。LUCENTの前CMプランナーだった方の」
佐伯が何気ない顔で言ったのは、水曜の昼休憩中。
「私、前からそういうところちゃんと勉強してたんで。繋がりも、ちょっとできたかも?」
「 すごいですねぇ」
私は書類を整理しながら軽く返す。
「っていうかぁ、講演ってチケット制でしたよね♡ あれ、応募抽選だったはずですよ?」
「うん、まあ“招待枠”で。関係者にちょっと聞いてみたら、席が取れたんだよね」
「へぇ♡ それってぇ、仕事の繋がりじゃなくてぇ、“私的ルート”ですかぁ?♡」
佐伯は一瞬、目を細めて口元を吊り上げた。
「なんか、黒宮さんってほんと、言い方が刺してくるよね?」
「え~? ごめんなさぁい♡ 刺さっちゃいました?♡」
午後の社内チャットで、企画チームからこんなメッセージが飛んできた。
【件名:次回プロモに向けた参考資料】
LUCENT前任担当の講演レポート資料です。佐伯さんからの共有。チーム内でご確認ください。
私はレポートのPDFを開いた。
中身は――薄かった。
誰でも書けるレベルの“綺麗事”と、“佐伯の名前がそれとなく入ったフレーズ”が数か所。
夕方。
「黒宮さん、あの資料、回していただけますか?」
営業チームの若手・浜田さんが来る。
「もちろんです。あっちの講演資料より、具体的ですよ。」
「えっ、やっぱ内容スカスカでした?」
「ふふ、 あくまで主観ですが」
翌日、部長がポロリと漏らした。
「この前、外部から“佐伯って子、勉強熱心だね”って声があったぞ。講演で会ったとかで」
「“勉強熱心”って、内容次第ですよね」
私はにっこり笑って、すでに提出済みの“実践的報告書”の副本を差し出した。
昼、社内の共有スペースで佐伯が誰かと話している。
「……黒宮さん、なんか“やりすぎ”っていうかさ。全部自分でやらなきゃ気が済まない人なんだよね、あの人」
「 それ、壁薄いんですよぉ♡」
私はコーヒーを片手に、後ろから声をかけた。
佐伯は一瞬固まって、それからふっと鼻で笑った。
「うん、でも私、“立場”って自分で作るもんだって思ってるし」
「そうですよねぇ♡ “責任取れる人”が言うと、説得力ありますよねぇ♡」
金曜の終業間際、部長からまた通知が出た。
【件名:次期CMキャンペーン会議メンバー選出について】
現場報告書、調整進捗、外部評価などを総合し、以下2名を次期会議メンバーに選出する。
・黒宮
・佐伯(※補助的役割)
佐伯の名前はある。が、“代表責任者”ではない。あくまで「補助的」。
「……あれ?」
佐伯が、印刷された紙を見て口を開く。
「これ、私……サブ、なんだ……」
私は目を合わせず、書類に判を押した。




