第34話 大型企画の代表責任者は?⑧
「……てかさあ、佐伯さんって、最近すごく動いてない?」
昼休み、事務所近くのカフェにて。営業の松野さんがぼそっと言った。
「外部のスタジオからも評判いいって話、聞いたよ。現場回ってるって」
「確かに動いてますね」
私はカップを口に運んだ。
――どうやら、佐伯が“評価されてる風の空気”を、外にも広げはじめているらしい。
週明け。
「この前の現場スタッフ、また佐伯さんのこと褒めてたらしいですよ~。『現場感ある女性マネージャー』って」
会議室の片隅で、木村さんがこっそり話している。
「現場“感”ってなに? 現場の“段取りミス”で困ったの、私なんだけど……」
宮原さんが苦笑いする。
「あの人、周囲が困ってるときにフォローしてくれるヒロイン的ポジションに入りたがるよね」
霧島がぼそっと言い、朝倉はスッと親指で自分の首を切る仕草をした。
私は無言でパソコンを操作しながら、報告書に目を通す。
そこには、佐伯が勝手に書き足したような一文があった。
「スタジオ選定の段階で不安要素を察知し、現地で即時調整した」
「……私、そんな指示出してませんけど」
□
翌日。
「黒宮さん、ちょっと聞きたいんですけど」
メイクさんが近づいてくる。
「佐伯さんが、次のプロモ案件で“責任者的なポジション”に選ばれそうって聞いたんですけど……本当ですか?」
「えぇ~? 佐伯さん、またそう言ってるんですか?」
「えっ、やっぱり本人の自己申告なんだ……」
「まぁ、外部にいい顔するのも、仕事のうちですから」
私はスマホで資料を確認しながら、微笑んで言った。
その日の午後。
社内の共用スペースで、佐伯が誰かと電話している声が聞こえた。
「はい、そうですね~。黒宮さん、すごくしっかりしてる方なんですけど、ちょっと“机上管理”なところがあって……私が現場で拾って補完してる感じです」
「はい、もちろん~!“今後の体制”も見据えて、意見どんどん言ってくださいって言われてるんで」
翌朝。
社内掲示板に、外部評価ヒアリングのサマリーが張り出された。
「黒宮氏:全体調整に強く、社内外のリスクコントロールが安定している」
「佐伯氏:現場対応に意欲的、迅速な行動が評価される一方、調整プロセスに注意が必要」
佐伯は掲示板を見て、しばらく無言だった。
それから、笑顔で近づいてきた。
「でも私、現場で動けるから! 調整って、現場がしっかりしてないと意味ないし?」
「そうですねぇ♡ “現場を混乱させない”のが、ほんとの“現場感”ですよねぇ♡」
「は?」
□
部長から呼び出しを受けた私は、次の案件の方向性について説明を受けた。
「今後、現場対応と管理、両面を評価していく。佐伯にも任せられる範囲は増やすが、最終責任は黒宮、お前だ」
「了解しました」
私は席を立ち、部屋を出る。
すると廊下の先で、佐伯が小声でつぶやいたのが聞こえた。
「……でも、私も必要って思われてるってことだよね」
私は小さく笑った。
――それ、誰が言ったの?




