第33話 大型企画の代表責任者は?⑦
「――え、今日、ロケハンやってるんですか?」
週明けの昼。制作部の奥田さんに呼び止められ、私は思わず聞き返した。
「聞いてませんけど……どこの現場ですか?」
「郊外のスタジオ。LUCENTの次のプロモ案件で佐伯さんが回ってるって。ほら、現場感を掴んでおきたいって言ってたじゃない」
私は静かにスマホを開き、スケジュール確認アプリを見た。ロケ予定なんて、入っていない。共有もされていない。
「……そうなんですね。ありがとうございます。」
その日の夕方、社に戻ってきた佐伯は、ショートカットを触りながら満足げに言った。
「現場、めちゃくちゃ暑かった〜!でも、行ってよかった〜。実際見ると、段取りも変わるよね〜!」
「おつかれさまです♡ ロケハンって、全体に共有されてたんですかぁ?」
「え? いや別に?私が勝手に見に行っただけだし?」
彼女はそう言いながら、すでに撮ってきたスタジオ写真をグループチャットに送り始めていた。添えられたコメントは、
「スタジオ、少し狭めかも。現場感で言うと×。段取り、黒宮さん修正お願い〜!」
「……お仕事、雑になってませんかぁ♡?」
□
翌朝。
「黒宮さん、段取り表変わったんですか?」
スタジオ手配をしていた業者から、電話で確認が入った。
「佐伯さんから、スタジオサイズの変更希望が出てるって聞いて」
「いえ、それはまだ正式な変更ではなくてぇ♡」
現場を“見に行った”という既成事実と、それに基づく“提案風の指示”。
その裏で、正式な手続きや共有は一切なされていない。
それでも、彼女は動き、周囲は「現場に強いのは佐伯だ」と思い始める。
私はすぐに、スタジオ側にメールで再確認を送り、チャットに共有文を投稿する。
「現場確認による情報の更新は助かりますが、全体調整と手配を行っている担当者(=黒宮)を通さない指示はトラブルの元となります。以後、業務共有の順序をお守りください。」
その日の午後。
佐伯が社内の給湯スペースで、メイクさんに話しているのが耳に入った。
「黒宮さんって、すごい調整型だけど、実際の現場の感覚って薄いんですよね~。だから私、フォローっていうか? 現場に入るようにしてるんです」
「へぇ……そうなんだ。てか佐伯さん、最近ちょっときれいになった?」
「ほんと? 黒宮さんもすごいけど、私も現場の人には“肌がきれい”って言われるんですよ~。メイクさんとかって、見る目あるから」
私は通りがかりに微笑んだ。
「おつかれさまです」
「……あ、黒宮さん、おつかれです~」
「現場の話ですけどぉ、次からはちゃんと全体共有お願いしまぁす♡ “自分が動いた”ことをアピールしたくて現場が混乱したら、誰も得しませんからぁ♡」
「別に混乱させたくて動いたわけじゃないですけど? 黒宮さん、“現場の感覚”持ったほうがいいですよ~?」
「ふふ♡ その“感覚”って、誰が決めるんでしょうねぇ♡」
夕方。
照明担当の若手スタッフが私のところにやってきた。
「あの、佐伯さんから“現場の判断で”って言われてる件、やっぱり一度止めた方がいいですか?」
「はい。最終判断が私なので。調整って“自由に動くこと”じゃなくて、“動いても混乱しないように整えること”ですから。」
彼はほっとした顔で頷いた。
「ありがとうございます……助かります」




