第30話 大型企画の代表責任者は?④
「……提出期限、前倒しになったって」
その日の午後、社内チャットで共有された一文に、佐伯がぴくりと眉を動かした。
「はやっ。ねぇ、黒宮さん、それ聞いてた?」
「 今、初めて知りましたぁ♡」
私はスマホを見ながら、にこりと微笑む。
佐伯は目を細め、口角を上げる。
「ま、いっか。黒宮さんって、たぶん“計画的にやる派”でしょ? 私、こういうの“早く出す方がいい”と思ってるんだよね」
「出すの早くても、中身がスカスカじゃ意味ないですもんねぇ♡」
佐伯の目元がピクリと動いたのを、私は見逃さなかった。
□
翌朝。
プロジェクトのレビュー会議にて。
「ふむ……黒宮、資料のこの比較図、いいな。先方にも見せたい」
部長のその一言で、会議室の空気が揺れる。
佐伯が一瞬、ノートのページをめくる手を止めた。
「比較図は、現場スタッフのヒアリングをベースに再構成したものです。――佐伯さんのヒアリング内容も、すごく参考になりました。」
そうやって“功績”を分散するふりをしつつ、私は先に“信頼”を取る。
佐伯は唇を尖らせながらも、声を張った。
「まぁ、情報出したのは私なんで。現場とちゃんと向き合ったって意味では、伝わったかなって」
「うん、でも黒宮の方が“使える形”になってるな。実務に落とし込むとしたら、こっちの資料がベースになる」
そう言ったのは、営業部の関口だった。
その後も、総務の梶原、広報の宮野と、黒宮支持のコメントが続いた。
佐伯は、椅子の背にもたれかかって、あからさまにため息をつく。
「みんなさぁ……“きれいに整ってる資料”ばっか重視してない? ほんとの中身、見てる?」
「中身も整ってましたよ?」
思わず口にした天城の言葉に、佐伯はちらっと睨みをきかせた。
「……まぁいいや。どうせ、上が決めるんだし」
しかし、打ち合わせが終わってすぐ、私は“わかりやすい”動きを見ることになる。
□
「すみませーん、部長いらっしゃいます?」
昼休み、佐伯はお菓子の袋とペットボトルを手に、部長席の周囲をうろうろしていた。
「たまには、こういうの差し入れしとこうと思って~。いつもお世話になってますし!」
「お、気が利くな佐伯!」
「いやぁ~それほどでもないですって~!」
遠目に見ながら、私はパソコンの画面に視線を戻す。
手元には、次のミーティング資料。
彼女が“見せたい動き”をしてくるたびに、私は“見せない実務”で、着々と差をつける。
勝負は、始まったばかり。
でも、たぶん――佐伯にはもう、それが分からなくなっている。




