第21話 モデル
控室には朝から慌ただしい空気が流れていた。
私はいつも通り、スケジュールと動線確認を淡々とこなしていたが、昼過ぎ、雑誌編集部のスタッフが顔色を変えて駆け込んできた。
「すみません! 女性のモデルの方が急に来られなくなって……急きょ、代理をお願いしたくて……!」
控室が一瞬静まり返る。
「マネージャーさんで、可能であれば……!」
その声に、誰よりも早く反応したのは、やっぱり佐伯だった。
「私、出られますよ! こういうの、よく見てるんで!」
自信満々の笑顔と、謎の決めポーズ。
横でメンバーたちが少し引いてるのを私は見逃さない。
「笑顔だけは、得意なんでっ!」
「え〜♡ さすがぁ、佐伯さんは“笑顔だけ”は武器ですもんねぇ♡」
軽くそう返すと、佐伯は「でしょ?」と胸を張った。
そのときだった。
静かだったヘアメイクのスタッフが、ふと私を見てつぶやいた。
「……黒宮さんのほうが、画になると思う」
空気が止まった。
「え?」と佐伯が間抜けな声を出す。
別のスタイリストも続けて言う。
「何もしてなくても雰囲気が出るっていうか……立ち方に“間”がある。それに顔整ってて、モデル向きだと思う」
編集者が私をじっと見つめてから、判断を下した。
「……黒宮さんにお願いしてもよろしいですか?」
佐伯の笑顔がひきつる。
「え、でも……私はその、けっこう盛れる角度とか、わかってるんで!」
編集は申し訳なさそうに言った。
「うーん、でも、そういう“頑張ってる感”じゃないんですよ。黒宮さんって、“立ってるだけで美しい”っていうか……」
佐伯は一瞬何かを言いかけたが、またしても誰も同調せず。
鏡前に座り、ほんの少しだけメイクを整える。
私に触れたメイクさんが思わず漏らした。
「この肌、ほんとに加工いらない……すごいな、整ってる」
撮影ブースに立った瞬間、空気が変わったのがわかった。
誰も何も言わないが、シャッターの音が妙に多い。
「……すご。表情動かさなくても、絵になる……」
「何者……いや、マネージャーって嘘でしょ」
私は無言で立ち、構図も目線もカメラに一言も指示を受けずに合わせた。
「……撮れすぎる。これ、載せるカット選べないくらい全部使える」
「まじで、本職より絵になる……」
メイクがふき取られたあと、佐伯がぽつりとこぼした。
「……マジで何者……プロじゃん……」




