第17話 メンバー③ 空気
「てか、霧島くんって、なんでそんなに喋らないの? 喋らないキャラってさ、逆に裏ありそうって思われない? 私、そういうタイプ一番ムリなんだよね〜」
朝の衣装フィッティング中、佐伯詩織の声が控室に響いた。
霧島は、鏡の前で黙って前髪を整えている。返事をする様子はない。
私は備品チェックの手を止めずに、黙ってそのやりとりを聞いていた。
「喋らないって、損じゃない? ていうか誤解されるでしょ。裏があるとか、怖いとか。私、そういうのモヤッとするんだよね〜。だったら喋ってくれた方がマシっていうか」
明らかに“悪気はない”風を装っていたが、その実、言葉の切れ味はわりと鋭い。
霧島はようやく振り向き、ぼそっと呟いた。
「うるさい人が正直とは限らない」
控室に、しんと静けさが戻る。
佐伯が一瞬、固まった。
「……え、今の私に言った?」
霧島は何も答えない。
だが、視線はしっかりと佐伯に向けられていた。
「うわ、逆に怖……。無口な人がいきなり斬ってくるの、一番ダメージでかいじゃん……」
「“言わない人”って、言わないぶん“言う時”の破壊力があるんですよぉ♡」
私は微笑を浮かべたまま、棚に備品を並べていた。
「あと、無口=裏があるって思うの、たいてい“喋りすぎて誤解されてる人”の被害妄想ですぅ♡」
佐伯が若干むくれて、メイク用のパフをむぎゅっと握りしめる。
「いやさ、でも言いたいこと言って何が悪いの? 私、嘘つくくらいならストレートに言う主義だし」
霧島がふっと笑った。
「そもそも、全員が“言いたいことを言える空気”が、正義ってわけじゃないだろ」
「……は?」
「口数で支配しようとするの、うるさいし雑。黙ってるのは、口出す必要がないから」
またもや沈黙。
そこに、成瀬が入ってくる。
「ん? 何かあった?」
□
その日の収録後。
私と霧島は、スタジオの外で一緒に機材を整理していた。佐伯は先に控室に戻っている。
奏はふと空を見上げて言った。
「黒宮さんも、感情読まれにくいタイプだよな」
「よく言われます。たまに“怖い”とも。」
「……わかる」
そのまま二人して無言になる。が、不思議と気まずくはない。
「霧島さんって、“沈黙してても成立する人”ですから。距離の置き方が上手い」
「他人に期待してないだけだよ」
「分かります」
奏は何も言わず、荷物をひとつ持ち上げた。
私と霧島。感情を多く語らない者同士、言葉数が少ないぶん、会話の精度だけは無駄に高い。
――黙っていても刺さる人と、しゃべっても伝わらない人。
その違いに気づけるかどうかが、大人の境界線なのかもしれない。




