第13話 乾杯は戦いの始まり④
「てか、マジで正直に言っていいですか?」
誰も頼んでいない。
「成瀬くんって、写真で見るより100倍イケメンですよね? てか、喋るとギャップあるっていうか。」
成瀬は苦笑いをしながらも、「どうも」とだけ短く返した。
「これマジで思うんですけど、私、“推し作らない主義”だったのに、これはちょっと……浮気しそう!」
それは、言ってはいけない一言だった。
私は、グラスの氷をくるくる回しながらにっこり笑う。
「佐伯さん、“浮気”って、“本命がいる”って意味ですけどぉ〜♡
……どちらの業務に本命を置いてらっしゃるんですかぁ?♡」
一拍遅れて、居酒屋内に小さな沈黙が生まれた。
佐伯が「えっ?」と声を漏らしたのと同時に、朝倉紫音がそっと視線を逸らす。
霧島奏が小声で、「あれってつまり、“担当業務放棄”って意味だよな……」とつぶやく。
望月颯真はテーブルの下でスマホをいじるふりをして、口元を引き締めていた。
そして、極めつけは――
「それとも、詩織さんって、“現場で推しを作る系”ですかぁ?♡ それ、今の業界だと……
“バレた瞬間に全信頼失う”系ですぅ♡」
完全にトドメだった。
佐伯は、「え、いや、そういう意味じゃなくて! ただの冗談っていうか!」と慌てる。
成瀬がその空気を和らげるように、口を開いた。
「冗談なら、伝わるように言わないと。でないと、“お客さん”になっちゃうから」
「……ッ!」
まさかの本人からの“冷静コメント”。
佐伯は「ちょっとトイレ行ってきます……」と立ち上がるが、ドアの方角を間違えてぶつかりそうになる。朝倉がさっと手を伸ばして引き戻す。
「そっち出口じゃなくて厨房。戻ってこられなくなるから気をつけて」
「あ、ありがとうございます……」
佐伯が消えたあと、個室には妙な静けさが流れた。
「……黒宮さん、さすがでしたね」
朝倉がぽつりと漏らす。
「いえいえ〜♡ 暗黙のルールですからぁ♡」
「いや、今のはルールっていうより“宣戦布告”だった気がする」
霧島が笑いをこらえながら言い、望月がつぶやいた。
「マジで“笑顔で首しめるタイプ”なんだよな……」




