婚約破棄をされ辺境に流された悪役令嬢の側にいただけの騎士の話
俺が、王都大通りを騎馬で移動していると、
「エルガング様!」
と声をかける女がいた。
従卒が止めるが、彼女は、
「私はデロッタ・ベーメン、エルガング様の婚約者ですわ!!触らないで!」
と叫び。従卒たちは拘束をするのをためらった。
困ったような顔をして俺に視線を向ける。
デロッタ、5年ぶりか?伯爵家の第4子だっけ?
ドレスではなく、外出用の茶色い地味なコートだ。メイドはいないな。
髪飾りネックレスもなし。髪型はボコボコだ。
見た目を良くしようとするためか、手で髪を整えやや斜め下からの目線で俺を見る。
思い出した。これ、デロッタが考えている一番見た目の良い角度だ。
その淡いブルーの瞳はウルウルして、茶髪だが金髪だが分からない髪を揺らして俺に懇願する。
「元気だった。私のために帰って来てくれて嬉しいわ!さあ、新居に案内して」
はて?と俺は過去の記憶の引き出しをあける。
俺、婚約破棄をされたのではなかったか?
☆☆☆5年前
「ブッカー家のエルガング様、婚約を破棄しますわ」
「改まって、何で?」
俺は騎士爵ブッカー家の三男、エルガング、婚約者のデロッタに婚約破棄をされた。
隣には小太りの男がいる。こいつは貴族だな。伯爵家の次男以下だろう。
「まあ、エルガング様は近衛騎士団には行けずに、辺境の警備隊に配属になったではありませんか?
成績が悪く素行が悪いに違いありませんわ」
デロッタは貴族学園を卒業した。俺と同い年だ。結婚をして任地に赴くはずだが、デロッタは、辺境に行きたくはないのだな。
「そりゃ、婚約した時に、分かっていたのじゃないか?兄上が近衛騎士団にいるから、俺は別の騎士団に行くって」
「知りませんわ!」
はあ、デロッタは言う事を聞かない。通常、兄弟は同じ騎士団に配属されないのだ。
騎士団が全滅したら、家門の跡取りが全員いなくなるなんてザラだ。
長兄は騎士爵領を継ぎ。次兄は近衛騎士団、そして、俺はどっか辺境に行くと決まっているのに・・・
「まあ、いいや」
父上と母上、兄上たちに事情を話して任地に赴く。
「エルガング、良いのか?」
「いいさ。もしかして、父上たちの方が大変かもよ」
最近、学園でピンク髪の男爵令嬢が幅を利かせている。
「聞いたわ。デロッタ嬢、男爵令嬢のマリア様の派閥に入っていたのですって・・・」
「あら、俺、そういうの苦手」
王都最後の日、俺のために宴会を開いてもらって、
早朝、旅だった。
☆辺境
俺が赴任して1年後くらいに。
辺境の砦に感状が付与された。ほんの数百人規模の砦だ。
付与されたのは、俺じゃない。隊長のデルバ子爵だ。
「良く賊を捕らえた感状と金貨一袋を授与する」
「は、有難く。ワシの奮闘を認めてくれて、ますます奉公に邁進する所存です」
はあ、良く言うよ。この隊長、軍学通りにこの辺境の地で、太鼓をならしながら隊列を組み進軍をした。
これじゃ、丸分かりじゃないか?
本人は威嚇をすれば良いと言うけれども、進軍をした2,3日後には盗賊は現れ良民を襲う。
だから、俺は散々意見具申をした。
『遊撃隊って知っています?』
とか、まあ、怒らせた。
俺は、10人ほどの騎馬兵をつけてもらい。本隊から厄介払いをされた。
同じく、騎馬で出没する盗賊と追いかけっこをした。
そして、何とか捕らえたのさ。
それが結構大物で、たまたま一人で偵察に来ていたので囲む事が出来た。
それを、隊長、俺の名を伏せて報告をしやがった。
「感状!コンロ砦隊長、子爵デルバ殿、日頃の忠義感謝いたす。王太子ゲオルド」
「はっ、謹んでお受けいたします。ウウウウーーー」
腹を揺らして、涙を流している。
?王太子、もしかして、使者殿にさりげなく聞く。
「王太子殿下が摂政につかれたのですか?」
「おや、陛下は体を悪くしてな。王妃殿下、王族と共に離宮で養生されている」
「それは痛ましい事で・・・」
何だ。違和感がある。
「王族は王太子殿下お一人で政務を執られているのですか?」
「ゴホン、では参るとするか」
「使者殿は表彰を任されるなんて、王太子殿下の信頼がよほど篤いのですね」
「そうだ。側近5人衆ほどではないが、直接お声がけをして頂いたこともある」
何かきな臭い。
しばらくすると、商人から情報を仕入れる事が出来た。
何々、王太子殿下は公爵令嬢アウネリア様との婚約を破棄をして、若い貴族を中心にクーデターが起しただと!
そして、婚約者の公爵令嬢が辺境に流される。
やめろよ。悪い事をして辺境に流す風習が出来たら、辺境は二流の人物しか来なくなる。
ここは隣国と近い。盗賊がここで悪さをして隣国に逃げる。
また、隣国で悪さをした奴らがここに来る。
結構重要な場所だぜと思っていたら、
護送車がやってきた。
あの婚約者の公爵令嬢だ。
馬車止めで俺たちは出むかえた。
まるで月がない夜のような漆黒の髪にやや細身の顔、他の女と明らかに違う。
人前で髪をイジらない。こんなの高位貴族の令嬢じゃないか?いや、公爵令嬢だった。
すると、すっかり王太子殿下より表彰されたデルバ隊長は自分を王太子派だと思ってしゃしゃり出る。
「ほお、アウネリア嬢、この砦では洗濯女として勤務せよとゲオルド殿下のご命令だ。ここでは贅沢な生活を忘れ罪を償うが良い。そうしたら意地悪な性格は治るだろう」
馬鹿、役者が違う。見て分からないのか?
公爵令嬢はツンと切目をやや見開いて、
「辺境の隊長殿、私はまだ公爵家の籍を抜けておりません。子爵の分際でその物言い。私は何の罪を犯したと言うのですか?」
「な、何だと!王太子殿下の真実の愛を邪魔したくせに」
公爵令嬢はパラと扇を開いて言いやがった。
「あら、私は殿下と婚約を結んでおりましたが、
まず一つ。真実の愛のお相手、マリア殿が現れるよりも前でしたわ。いつから不遡及の原則が否定されましたか?
二つ。婚約を結んだのは陛下のご意志です。真実の愛は陛下のご意思よりも尊重されるものですか?」
「な、何を!屁理屈女が!」
「お父様は領地に戻りましたわ。私はとらわれの身、言われた事はやりますわ。軍服の洗濯、これは派閥関係無しに王国のためになりますから、そこの騎士様、仕事場に案内して下さいませ」
俺に声をかけた。
「はい、アウネリア様!」
・・・公爵が領地に戻った。これは内乱が起きるか?
アウネリア様を洗濯場と宿舎に案内した。
一緒に流されたメイドも同じ仕事だ。これも身分が高いか?
「ソフィと申します。伯爵家出身ですわ」
「はい、私は騎士爵出身のエルガングと申します!」
厄介な女に厄介な俺で、隊長により監視役に任命された。
部下10名いるから交代で勤務する。
「いいか、監視するのは公爵令嬢じゃない。この砦内だ」
「分隊長、どうしてですか?」
「悪さをする奴から守れ。アウネリア様は貴族の義務を知っている。ああいうタイプが1番手強い」
それから数ヶ月後、国境の監視所から急報が来た。
「大変です。エバカラ王国軍が越境です。規模数千!」
「続報です。数万です。この砦に一直線に向かっています!」
「ワシは王太子殿下に報告に行く!だから、お前達は戦え!」
と隊長は側近をつれて逃げやがった。
「エルガング様が砦の最先任騎士になります」
はあ?
「使者を送り。越境の意図を聞け。その間に、砦付近の村人を山に避難させよ」
「「「了解」」」
「アウネリア様は馬車を用意させて・・」
「その必要はございませんわ!私はここにおりますわ」
「アウネリア様」
砦に殉じる?そんなことはない。アウネリア様の家系図を知っていれば良かったな。
もしかして、隣国と縁がある家門か?
「エルガング様!防備はどうしますか?」
「あ~、もう、砦の門を開けて、そのままにしておけ。食料庫を開けて肉を食え。酒は禁止な。あっ、エールは酒に入らないぞ」
「何故?」
「あ~、どうせ戦っても1日で落ちるだろう。門を開けておけば、一瞬ワナがあると思って躊躇するはずだ。その隙に平民を逃がす」
「まあ、エルガング様、軍令では略奪は禁止されていますわ。平民は大丈夫ではないですか?」
アウネリア様が口を挟んだ。
「それはそれ、守らないから軍令があるのですよ」
ジィと見られている。ヤダナ。何を考えているのか分からない目だ。
「ご報告、使者が帰って来ました!」
話を聞くと、やっぱり、アウネリア様を担いで王都に進軍するそうだ。
アウネリア様を寄越せと言う事だ。
いや、どうしようか?アウネリア様を人質にする?
渡すにしても安全が確認出来なければ渡せないだろう。
「あの、提案があるのですが?城壁に立ってもらえませんか?私が前に出ます。矢が飛んできたら、私に刺さるでしょう」
アウネリア様は扇をパチンと閉じて、
「良いわ」
と仰った。
城壁に立たせたら、砦を囲んだ軍勢から騎馬が数騎飛んできた。使者の旗だ。
「使者が来ました!」
敵の使者は、直々の指揮官、いや、あの服装は王子か?。
「アウネリア様!」
「まあ、ルードリッヒ」
何だ。顔見知りか。へえ、留学したときに一目惚れしていた?
あ、そう。巻き毛の可愛らしい王子だな。
一目惚れだけで兵を出すわけはない。何か裏があるが騎士の俺には関係ない。隣の家の猫が産んだ子の毛並みぐらいに興味はない。
興味あるのは砦の安全だ。条件を提案した。
「安全が確認出来たのでアウネリア様を引き渡します。そして、条件ですが、砦を素通りして欲しいです。こちらは後続の輜重隊を襲いません」
「「「承知した!」」」
それから、メイド共々引き渡したのだが、
「あら、エルガング様、来ないのですか?」
「はあ?何故?」
「貴方はデルバ子爵から私の監視を任されていたはずですが・・・」
「いや、それはもう。知らんのです。はい」
何故か地方語になった。敵の指揮官も同意だ。
「フム、ジピー王国側の人間も必要だ」
「しかし、祖国を裏切る事は出来ません。道案内はしませんよ」
「私が案内するから大丈夫よ」
うわ。アウネリア様が?やる気だ。戦乱が起きる。
「フフフ、顔に出ているわ。貴方分かりやすいもの、私を厄介な女と思っていたでしょう」
「はい」
「戦乱は起きないわ。これが一気に片付ける方法なのよ」
小競り合いが何度かあったが、
俺は戦いに参加せずにアウネリア様の監視役と護衛騎士を兼ねた。
その後、公爵軍と連携をした。
公爵が諸候をまとめ。
王族を離宮から救出したのだ。
やはり、捕らわれていたのだな。
陛下は公爵軍に合流し、こちらが王国の正規軍の友軍になった。
あの王太子の命令で近衛騎士団は動かない。
真実の愛騒動はたまたま上手く行ったクーデターのようだった。
王都に凱旋し。陛下は玉座に戻り。王太子殿下は廃嫡し生涯幽閉。
その他、アウネリア様の義弟、宰相、近衛騎士団長、大商会、宮廷魔道師長の子息たちは男爵令嬢と一緒に処刑されこの乱は幕を閉じた。
俺の功績は・・・・アウネリア様から諮問を受けた。それだけだ。その答えが良かったらしい。後にお側にお仕えする事になる。
「ねえ。貴方の感覚で良いの。王都市民は私を真実の愛を邪魔した意地悪令嬢として馬鹿にしたわ。吟遊詩人まで歌って・・・どうしたら良いかしら」
「はい、吟遊詩人はギルド長を交代、アウネリア様を吟じた詩人と脚本家は資格喪失や罰金を科します。正規の裁判が終わるまで現実の事件を歌ったらリスクがあると示しましょう」
「マリアに熱狂した王都市民は?今は私の凱旋を喜んでいるわ。無節操すぎるわ。殺した方が良いかしら」
「そのままで良いでしょう」
「何故?」
「民とはそういうものです。市場に商品があれば人が集まります。しかし、市場に商品がなければ民は家に帰ります。
ただ、吟遊詩人により刺激的な商品が提供されただけです。今度はアウネリア様が刺激的な商品になっただけです」
アウネリア様はパチンと扇を閉じた。怒っているのかな。
「分かってはいたのよ」
アウネリア様はルードリッヒ様と婚約し王太女になるそうだ。アウネリア様は王族の血が混じっているからな。
・・・・・・・・・
と我想うをしていた。
問題は目の前の元婚約者デロッタだ。
諦めてもらおう。
「あのさ。俺、騎士はやめて、王宮の執事になったよ。出世コースじゃないぜ」
「嘘、知っているわ。王太女殿下とルードリッヒ殿下といつもお話をしているって、尚書になるんじゃないかと噂だわ!」
うわ。何でこの方向の勘は鋭いのだ。
パカパカパカ~
馬車がやってきて俺の後ろで止まった。ドアが半開きになって女が顔を出した。
「エルガング様、その女は何かしら?」
「ああ、ソフィ、元婚約者だ」
うわ。ソフィはジィとデロッタを値踏みしている。アウネリア様のレディスメイド、俺はソフィと婚約をしている。夫婦そろってアウネリア様にお仕えする事になった。
ソフィは後々乳母になるのかな。
ソフィに5年前の話をした。だが、デロッタは聞く耳を持たないどころかソフィを罵倒する。
「婚約破棄は無効よ!浮気ね!このどろぼう猫!」
「そう・・・・なら、お金を払うわ。これでエルガング様との脳内婚約を解消しなさい」
「おい、ソフィ!」
ソフィは財布を出し。地面に投げ捨てた。
チャリン♩チャリン♩
と音がして金貨が石畳の道を転がり平民が群がる。
「うわ。金貨だ!」
「スゲー!」
「私のよ!」
「聞け!この場は仕切る!ワシの金だ!デルバ子爵なるぞ」
うわ。元上司が金を拾っている。
デロッタは?
「キャアー、それは私のお金よ。触らないで!」
お金に群がりやがった。
「さあ、エル様、行きましょう。あの女は婚約解消金に向かったわ。それは貴方との婚約を解消した事にもなるわ」
「ああ、賢いソフィ、これからも宜しくお願いします」
「フフフフ、一緒にアウネリア様とルードリッヒ様をお支えしましょう」
今まで流されてきたけれども、この流れに乗るのは悪くない。と思う俺がいた。
最後までお読み頂き有難うございました。