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8、天皇杯競馬

麻雀で不思議な体験をした菊池だったが、後日彼が馬主となっている馬が天皇賞の競馬に出ることになった。しかしこの時も少し先の未来が見える躁体験をする。その後にはまた松平忠直と会うことができるのか。

菊池寛は1940年(昭和15年)の春の帝室御賞典に所有馬・トキノチカラを出走させることになった。人気作家としてそして文芸春秋社の社長として裕福な生活を送れるようになり、ギャンブル好きが高じて競走馬を所有し、後の天皇賞にあたる帝室御賞典に所有馬を出走させる栄誉を得た。菊池は所有馬の名前にトキノ・・・という名前を付けた。彼が所有馬につけた「トキノ」の冠は、自作の戯曲『時の氏神』からとったものだった。

5月19日 阪神競馬場 昼から会場に入った菊池は馬主として厩舎へ顔を出し、トキノチカラと調教師と騎手の岩下密政に挨拶をすませると9Rから馬券を買い始めた。菊池の著書の「わが馬券哲学」の中に「堅き本命を取り、不確かなる本命を避け、たしかなる穴を取る。これ名人の域なれども、容易に達しがたし」という文章がある。確かな穴とは何なのかよくわからない。そんなものがあるのなら誰も負けないだろう。菊池は9R、堅き本命を狙い、1.8倍の本命馬に10円を賭けた。昭和15年の公務員の初任給が75円程度だった。レースは堅き本命のはずが第4コーナーを回ったところで馬群に飲み込まれ、行き場を失い荒れたレースとなった。単勝1本勝負で本命馬を買っていたので、見事に外れた。10Rは人気が割れていた。本命馬不在、穴の雰囲気が漂っていた。1番と3番と8番が人気の中心でいずれも単勝で5倍程度、連勝複式で1=3,3=8、1=8でいずれも10倍を超えていた。1,3,8以外では4,6,9も気配がありそうだった。菊池は「このレースはたしかなる穴の典型だ」と踏み、4=6,6=9,4=9の穴馬券を10円ずつ購入した。結果は1番人気の1番、2着が3番、堅き本命と言う結果だった。40円も負けてしまった。「今日は少し負けているが、次はいよいよ11R, 帝室御賞典、トキノチカラが頑張ってくれるはずだ。」

と気合を入れなおして自分が買う馬券の予想に入った。トキノチカラの単勝を買うことは決まっているが、連複や連単も購入したい。トキノチカラの対抗馬としてはクモハタやロッキーモアが予想されている。菊池は突然、麻雀しているときに松平忠直公が頭の中に出て来たときのことを思い出した。「あの時は周りのみんなにコーヒーをふるまったら急にツキが回ってきて覚醒したんだ。今日もツキを上げるためになんかふるまってみるか。」と考え、一緒に競馬場に来ていた文芸春秋社の社員たちの中の一人に「みんなの分の缶ビールを買ってきてくれないかな。」と頼んで1円札を数枚渡した。その社員は「わかりました。みんなの分ですね。では全員で15本、買ってきます。」と言って走って行った。すぐに両手に持った袋にいっぱいのビールを下げながら先ほどの社員が帰ってきた。「社長、ごちそうさまです。」と言ってみんなが飲み始めた。「トキノチカラの応援を頼むぞ」という菊池の声にみんなが反応して大きな声を上げた。

 菊池もビールの栓を開けて飲みながら11Rの予想に入った。単勝トキノチカラは100円、大勝負だが馬主としては当然の買い方である。連勝単式はすべて頭はトキノチカラだが、ひもを何にするのか。意識が研ぎ澄まされてこないまま決めかねていた。迷っているうちに締め切り時間が近づいてきてしまった。しかたなく新聞予想通りクモハタとロッキーモアをひもにしてトキノチカラから2点買い10円ずつ、どちらも10倍程度である。単勝の方はトキノチカラが1番人気なので2倍程度である。

 出走馬7頭がパドックから出てきた。どの馬も血統の良い名馬たちである。毛並みが美しく、すっきりと細い足でお尻から背中にかけての筋肉は隆々としている。返し馬の様子はトキノチカラが落ち着いていて風格すら感じる。距離3200mのスタートは向こう正面からである。場内を1周半である。ファンファーレが鳴ってスターターがスタート台で旗を振った。スタート時間が近づいて各馬ゲートに入る。全頭ゲートインするとゲートが開き、一斉にスタートした。7頭の馬たちがやや抑えて走り出した。会場の歓声は馬が正面スタンドに近づくと大きくなり、その声に反応して馬たちが興奮してスピードを上げそうになる。騎手は馬の興奮を抑えるように手綱を引いて、馬のスタミナを温存する作戦を取っている。抑えたスピードで正面スタンド前を走り去った馬群は再びバックストレート方面を走る。トキノチカラは後方から3頭目、いい場所で力を温存させて走っている。いよいよ3コーナーから4コーナーに向けて走ってきた。観衆の視線が第4コーナー出口付近に集中した。トキノチカラはこの時を待っていたよう進路を外に出して直線路へ入ろうとした。

 その時、菊池の意識に変化があった。どうせあの覚醒が来るのなら馬券を買う前に来てくれると良かったのだが、大事な直線路のラストスパートの場面でやってきた。馬が止まっているように見える。しかし、菊池の意識ははっきりと何かが見える。短い時間の中でそこに現れた人物は何かを語ろうとしている。世界は時間が止まったかのように動かなくなっていた。

 


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