異端審問と魔王を倒すために召喚された三十人の勇者達
聖十二神の教会の異端審問の本部がある山には、よく勇者と名乗る不審者がやってくる。
「やあ! あの山のてっぺんに魔王がいるのかい?」
そして異端審問を目指す修道者達が、やってくる勇者たちの対応を任される。修道院で飼っているヤギの世話をしている人間がその係だ。
ここに入る前からヤギの聖獣の飼い主だった私は必然的にヤギの世話係に任命されていた。
「ねえ、君は魔王の場所を知っているかい?」
「……この世界には魔王は居ませんよ」
異端審問を目指していた頃の私は少し怯えつつも、勇者と不審者は名乗り、何にも聞いていないのに異世界から来たと話してきた。
私が知らない人と話しているのに気が付いて、ヤギの聖獣 カルマが「誰? この人」と聞いてきた。
「ああ、このヤギは喋れるんですね」
「……今まで喋る生き物を見たことはあるんですか」
「無いですよ。でも異世界なんだから、喋る生き物がいるのは当たり前でしょ」
……すごいな、この人。この世界の人ですらカルマが喋れば「ヤギが喋った!」と驚くのに。そして異世界って言っているので、この人は別世界から来た人間なのだろう。
この会話でなんとなく察したカルマは「勇者?」と聞いたので、私の代わりに勇者が「そうだよ!」と答えた。
「あの山頂に魔王がいるんだろ? 僕はそいつを倒しに行くんだ」
目をキラキラさせて勇者は言うので、私は「だから、居ないって」と返した。カルマは私にだけ聞こえるように小さな声で言った。
「そもそも魔王に会いに行く前に、山頂へ行く格好じゃないよね」
確かに勇者の恰好は山登りに適していない。
山頂を目指すんだったら鎧を付けて、大きな大剣を背負って行くのは危険すぎる。例え魔法の加護があっても、山頂まで崖を登らないといけないから鎧も大剣も邪魔だ。そもそも異端審問の本部までの道のりも険しいから、鎧を取らないと行けない気がする。
そんな分析をしていると勇者は何を勘違いしたのか、こう言ってきた。
「君は魔王が怖いからそう言っているんだね」
「……いや、居ないですよ。あの山頂に登った事があるけど、何にもなかったですし」
「分かる、恐ろしいよね」
基本的に勇者は話しを聞かない奴が多い。私達が住む村が魔王によって支配されていると思い込んで勇気を持てば、きっと魔王を倒せると言う演説をする。正直ウザい。
そんな時、「オララララ!」と言う声と地響きが轟いた。
音の方向を見ると巨大な茶色のヤギに乗った少年、先輩が走ってきた。
「貴様が勇者か!」
「お前は魔王の手下か!」
絶対に話がややこしくなる……。勇者と先輩が対峙した時、そう思った。
先輩は一体どこを歩いていたんだってくらい、ボロボロで汚かった。着ているチェニックはなぜか裾がビリビリに破れているし、ズボンも全体的に汚い。そして髪もボサボサだ。私より一歳年上なのに子供っぽい雰囲気がある。
そして乗っている巨大なヤギも毛先がボロボロである。
「よう! 勇者! 性懲りもなくやって来たか!」
「俺は今までの勇者とは違う!」
そう言って勇者は「ステータスオープン!」と叫び、半透明な紙が出てきた。
「ほら、ここに聖剣って……、わあ! え!」
なんかよくわからない自慢をしようとしていたが、先輩が乗っていた巨大なヤギが近づいたと思っていたら勇者が出した半透明な紙を食べてしまった。
それを見て一番大声を上げたのはカルマだった。
「コルヌ! お前、なんで先に食べるんだよ!」
「……うまい」
「知っているよ! そのステータスって言う紙がうまいって事は!」
やってくる勇者はステータスって言う紙を持っている。先ほどの勇者がステータスって言えば出てきて、自身の身分証明書や適当に付けられるレベルとかが宙に浮いた紙に記されている。つまり相当な魔力を持った紙であり、ヤギの聖獣にとってご馳走なのだ。
さて先輩が乗ってきたヤギもコルヌと言う名前の聖獣である。野生ヤギの種類であり、普通のヤギより遥かに大きな体格で、額の角も鋭く太い。
うちのカルマも聖獣だから普通のヤギより大きめなのだが、真っ白の毛並みの家畜用ヤギなのでコルヌと並ぶと子ヤギに見える。
「メエエエエ! 僕も食べたかったのに!」
「早い者勝ち」
「いつも主が勇者を説得してから食べろって言うから」
そう言ってカルマが私を睨む。私のせいじゃないから睨まないでほしい。勇者に魔王がいない事ときっちり説明してから食べさせようと思っていたのだ。恨むなら先輩を恨んでほしい。
衝撃の光景に驚いていた勇者はようやく非難の声をあげてステータス消した。
そして背負っている大剣を構えた。
「俺のステータスを返せ!」
「無理だよ。コルヌが食べたから」
「クッソ!」
「そんなに大事かよ、そのステータスって奴」
「うるさい!」
勇者は先輩に向かって大剣を振る。だが、大剣が先輩に届く前にパキッと横に折れた。
「ふん、たわいもない」
馬鹿にしたように笑う先輩が回し蹴りで大剣を折ってしまったようだ。折れた大剣を拾って、先輩は口を開く。
「おい、勇者。大剣の使い方、教えてやるよ。切るんじゃねえんだよ、殴るんだよ!」
「わ、わ、先輩、やめて!」
私が慌てて、先輩の所に行く。すでに怯えている勇者を守るような形で先輩の前に出た。
「そんな荒っぽい事しないでください。ちゃんと言葉で説明しましょう」
「それで分かる奴かよ! そもそもこいつが始めたんだぞ!」
「それは先輩のコルヌがステータスを食べちゃったからでしょう! 先輩の躾不足です!」
「はあ? 俺が悪いって事かよ!」
そう言って、折れた大剣を振り回す。危ないので大剣を両手で挟んで止める。
「離せ! クソ真面目!」
「先輩が離して!」
両者睨み合っていると、バコバコと音が聞こえてきた。チラッと見るとカルマが「捕まえてみろ! のろま!」と言い、怒れる闘牛の如く走るコルヌから軽やかに逃げていた。
「誰がのろまだ! 生まれたての子ヤギが!」
「うるさい! もう一回、鼻先に火花を咲かせてやる! よくもステータスを食べやがって」
バチッと火花がコルヌの鼻先をさく裂した。小さな爆発だが、毛がほとんどないヤギの鼻に当たれば結構痛いはずだ。食べ物の恨みは恐ろしい。
一方、コルヌは山を轟かすくらい咆哮し、更にスピードを上げる。
もう! あっちもこっちもヤバい事になっている!
焦っていると両手で挟んでいる大剣がグッと力が入ってきた。
「ハハハハ! 疲れてきたか? お嬢様!」
「うるさい! カルマ、来い!」
「フン! 自分の聖獣を呼んでどうする……、え」
カルマを呼んだことで、怒れるコルヌもやってきた。闘牛の如く一直線に走るコルヌはもう突然、曲がる事は出来ない。
パッと私は大剣を離して勇者を掴んで素早く離れる。もちろんカルマも軽やかに私の所にやってきた。
そうして残された先輩はコルヌに思いっきり激突して土煙を巻きあげながら、私の視界から消えていった。
「大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ、先輩だから」
私とカルマがそんな会話をしていると「テメーら!」と地獄の底から帰ってきたような声が聞こえてきた。砂ぼこりの怒れる先輩とコルヌが現れた。
「……一応言って起きますが、私は悪くないですよ。勝手にコルヌが突っ込んだだけだから」
当然、私達の言い分は許してくれず「そんなわけねえだろうが!」と言って先輩はコルヌを連れて立ちはだかった。
その時だった。
普通の音量だが明らかに圧のある「おい」と言う聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り向くと明らかに怒っている顔の教官だった。
「何してんだ?」
「先輩にお仕事を教わっていました」
すぐさま教官に向かい、姿勢を正して言う。だが私の見苦しい言い訳は「嘘つけ」と教官に一蹴された。
そして教官はなぜか尻もちをついている勇者の方に向いて口を開く。
「君はニホンって国から来た勇者か?」
「え、あ、あ……はい!」
「この世界に魔王はいない。勝手に呼び出して申し訳ないが、ニホンに帰る手続きをする。詳しい説明をするから我が本部に来なさい」
「はい……」
教官の言葉に素直に返事をして勇者。うーん、さすが教官。私が言っても全然、信じなかったのに。
教官の跡について行く勇者を見ていると、教官が私先輩の方を見た。
「それからお前達、罰として夕飯抜きだ」
最悪なお知らせに「はい」と申し訳なさそうな返事をし、先輩は舌打ちを打った。
あれから数年がたち、私は異端審問になり、先輩は未だに修道者のままだ。
異端審問、この世界にやってくる悪魔と呼ばれる召喚者を元の世界に帰す役目を持っている。だが最近は異端審問を倒す目的で聖十二神の教会と敵対する者達が召喚する勇者の【保護】もしている。
*
その修道院は一年前に訪れた時は使われていなかったため寂れていたが、今は行ってみると生活感が溢れていた。
建物の庭には放し飼いになっている鶏の餌が散乱し、夕暮れなのに洗濯物が干してある。修道院に入れば物が廊下に置かれて、掃除もしていないから巨大な埃が隅で目立っていた。
生活感が溢れている通り越して、汚いと言った方がいいかもしれない。
褐色な肌と白の短髪、そして真っ赤な瞳を持った青年の後を私とカルマはついて行く。
「大きくなりましたね。コルヌ」
「……巨大化しただけじゃん」
先輩の飼っていた聖獣 コルヌも人間の姿に変えられる。ただ額には太い角があるが精悍な顔つきの青年になっている。
カルマも真っ白な長髪の細身の美青年の姿になってる。カルマも身長は高いが、コルヌの方が高いため不機嫌なのだ。
コルヌは振り向いて「どうも」と言い、カルマに向かって悪い笑みを浮かべて言う。
「カルマ、お前は大きくならなかったな」
「大きくなったぞ!」
減らず口は変わらないようだ。お互い年が近く体格、性格も能力も全く違うからか、こう張り合ってしまうのだ。やめさせるのも面倒なので、喧嘩にならなければそのままにしておこう。
聖獣同士の言い争いを聞きながら歩くと食堂についた。この部屋だけは綺麗にしているようだ。
「よう、異端審問」
長机の隅に座っている修道者服のチェニックを着た青年がいた。私が異端審問を目指していた時、一緒だった先輩だ。
「お久しぶりです、先輩」
「嫌みったらしい奴だな」
どうして嫌味になるのだろうか? 私は修道者時代の先輩だから先輩って呼んだだけなのに。
「あーあ、なんで俺は異端審問になれないんだろう?」
「どんどん後輩に追い越されますね」
「その前にやめていく奴が多いさ。去年だって異端審問になったやつはいなかったし、ほとんど辞めていったか、別の教会に行ったさ」
悪魔と接触、戦闘もあり、異端の教徒たちのアジトに潜入・潜伏などもするので異端審問志望者は厳しい訓練と試験を乗り越えないといけないため、夢半ばで諦める人も多い。
そしてもう一度先輩は「何でなれないんだろう、異端審問」と呟く。
「悪魔に対抗できる体力、精神力もある。上司に頼まれて一人で悪魔を倒した事も一度や二度じゃない。それにヤギの聖獣のコルヌの主だ。なんでなれないんだろう? そもそも牧師にすらなれない」
異世界にも教会があって牧師と言う役目があるが、話しを聞いていると役割や形態がちょっと違う。結婚式を取り仕切ったり死者を弔ったりするのは同じだが、こちらの世界だと更に死亡届や出生届などの信徒の管理や安全を守ったり、学校に行けない貧しい信徒の子供に教会で文字などを教えたり、などなどの仕事も請け負うのだ。ニホンから来た召喚者は牧師って言うより【コウムイン】のようだと言っていた。
また牧師などを目指す人を修道者と言っているが、こちらも異世界では全く違うようだ。
先輩の言葉を聞いてコルヌを見ると肩をすくめていた。表情から見て先輩が異端審問になれない原因を知っているんだろうなと思う。
私がため息つきながら聞いた。
「先輩、私達って何に仕えてますか?」
「何って、聖十二神」
「じゃあ、なんで聖十二神の聖書が読めないんですか!」
そう。先輩は異端審問の能力的に申し分ないくらいの能力を持っている。でも文字が読めないのだ。何度も教官は先輩を椅子に縛り付けて文字を教え、聖書を読めるようにしたのだが、すべて無駄に終わった。教えたことをすべて忘れてしまうのだ。
先輩曰く、とにかく読めないらしい。結局、鬼の教官は諦めたから文字を読むことも無理なのだろう。
私が指摘すると先輩が「あ、それさ……」と話し出した。
「保護している勇者に話したんだよ。そしたらガクシュウショウガイじゃないかって教えてくれたんだ」
先輩は異端審問の手伝いとして、保護した勇者の面倒も見ているのだ。なので異世界から来た勇者とよく接して、あちらの世界の話しをよく聞いている。
「ガクシュウショウガイって奴は知的に問題が無くても文字が読めないらしい」
「えー、異世界の人と先輩を一緒にしない方がいいですよ。異世界の人って繊細なんですから」「だから俺も繊細だよ」
「ヤギに乗って暴れ回る人間のどこが繊細なんですか? 何にしても聖書を読めても先輩の生活態度とか人格的に難しいと思いますけど。修道院でお酒とか飲むし」
「はあ、可愛くない奴だな。ここに来た当初は小さな子ヤギを抱えて泣いていたくせに」
嘆くように言う先輩の言葉に顔が真っ赤になる。
同じ聖獣の主だったから、関わる機会が多かったのだ。先輩とは修道院時代は喧嘩もしているが、ここに来た当初はかなり助けてもらった。
「教官に叱られて大泣きしながら出て行って、山で遭難しかけたからな。お前とカルマは。俺とコルヌが居なかったら死んでいたぜ、お前」
「その節はありがとうございました!」
恐らく恥ずかしくて私の顔は真っ赤になっていただろう。そう、先輩は私がここに来た時から知っているから、恥ずかしい出来事も覚えているのだ。
さっさと要件を聞かないと思い「なんで、呼んだんですか?」と聞く。すると先輩はニヤリと笑って話し始めた。
*
しばらく先輩の話しを聞いていると「あれ? 誰かいるんですか? 先輩」と食堂に誰かが入ってきた。振り向くと真っ黒な目と髪の青年だった。
変身を解いてヤギの姿になったカルマとコルヌが顔をあげて、黒髪の青年を見る。だが興味が無いようで、すぐに楽な姿勢になった。
「あれ? この真っ白いヤギ」
そう言って青年はカルマを見て、懐かしそうな目で見ていた。
「ニホンにもいたな。こういったヤギ」
「ああ、ニホンから召喚されたんですか」
私が聞くと青年は「はい」と返事をし、カルマに触れようとする。だがカルマは嫌そうな顔ですぐに逃げて行った。
黒髪の青年はアサヒと自己紹介した。私も言える部分だけ、自己紹介をする。
「先輩より先に牧師になった方ですか」
「嫌な言い方だな、おい」
「あれ? ここにも先輩呼びしているんですね」
「そうなんですよ。『俺が先にこの修道院にいたから先輩って呼べ』って」
「傍若無人に振る舞わないでくださいよ、先輩」
でも先輩って言う言葉が一番、似合っている気がした。
ニコニコと愛想よく話すアサヒに私は「もしかして、勇者として召喚されたのですか?」と聞いた。
「はい。ここから西にある国の王と魔法使いに呼び出されて、このアザゼル山の頂上にいる魔王を倒しに行けって言われました」
アザゼル山はここ異端審問の本部がある山である。なぜ勇者がここにやってくるかというと、聖十二神を憎む人達は我々異端審問が原因だからだ。
基本的に聖十二神は教えを強要したりしない。何なら別の宗教を弾圧はしないし、掛け持ちも大丈夫な宗教だ。異世界からくる人から見るとかなり緩い宗教だそうだ。
ただこの世の理を外した行為をすれば、話しは別である。
例えば異世界から人(ニホンの人など)や悪魔(明らかに人間じゃない奴)を召喚する事、災害や災厄があった時に人柱と言う理由で人を殺さない、聖獣を殺したり食べない事、などである。
倫理的にダメだろうって私は思うのだが、聖十二神を信仰している国の中にもこういった教えを持った宗教や慣習を持った場所は多く、隠れてやっているので異端審問が取り締まるのだ。
異端審問に睨まれたら基本的に国中から疎外される。教会側は考えを改め、罪を背負って生きていく気持ちがあるなら保護や援助、他の住民との関係修復をしてくれるけど、ほとんどの人達は住んでいた場所を捨てて、国と言う名の集落をつくっていくのだ。
だが現実は甘くない。すぐに立ち行かなくなる。だから取り締まった異端審問を恨み、勇者を呼び出して、アザゼル山に魔王がいるとか言って復讐に行かせるのだ。つまり憂さ晴らしである。
……こんな理由でニホンから召喚されて、居もしない魔王を倒しに行く勇者が気の毒でしかない。
先輩はアサヒを指差して、「こいつはつい最近、来たばっかりなんだよ」と言うとアサヒは照れくさそうに「そうなんです」と言った。
「僕が召喚された国では、他にも何人もの勇者が召喚されたんですね」
「聞いて驚け、なんと三十人くらいだ」
「いくら何でも多すぎです!」
年に召喚される勇者は多くても十人も満たないくらいなのに、これは異常である。憂さ晴らし以外の理由で召喚をしているのかもしれない。
「それで、その国に交渉しているんですか?」
「やろうとしたんだが、ヤバいことが起きただろ?」
「あー……。洞窟の未確認生物事件」
最近ある洞窟で見たことない生物が現れた事件が起こったのだ。多くの聖十二神教会の騎士団や研究者達がそちらに向かっている。もしかしたら悪魔の仕業では? と思われるので勇者たちには悪いが異端審問も洞窟事件に専念しているのだ。
「じゃあ、しょうがないですね。勇者には、ちょっと待ってもらいましょう」
「いや、大丈夫だ! 騎士団を連れてこなくても勇者を召喚した国に交渉してあいつらを呼び出した契約書をもらってくる」
異世界から人を召喚する場合、契約書を使って召喚をする。だから彼らを元の世界へ帰るためには契約書が必要になってくるのだ。
だが呼び出した人々も異端審問や聖十二神の教会に恨みがあるし、すでに孤立している人々だ。突っぱねたり、とんでもない要求を出してくる事もある。そもそも武装していないと入るどころか袋叩きにしようとしてくるのだ。
「いくら先輩が強くても、単体で交渉に行くのはまずいですよ」
「大丈夫だって、俺一人で行くわけじゃない」
先輩はニヤッと笑って私とアサヒにこう言った。
「ここに来た三十人の勇者たちと一緒に行く!」
先輩の口から出た言葉に絶句していると、すかさずアサヒは「え? 大丈夫なんですか?」と聞いてきた。
すると先輩は非常に頼もしい口調で言った。
「大丈夫さ。そもそもあいつらは魔王を倒しに来てほしいって呼び出しに答えた奴らだ。血気盛んなんだから騎士団に扮して一緒に行けば大丈夫だろう。それに暇つぶしにあいつらに魔法を教えたら、ちょっと出来るようになったし、来た時はヒョロヒョロだったけど、今は体力も結構ついてきたし……」
「えー……絶対にやめた方がいいですよ。先輩が鍛えたと言っても、ニホンでは普通の人だったんでしょう?」
「お前はただ監督すればいいのさ。後は俺と勇者達がやる!」
「……それって失敗したら私に責任がのしかかって来るって事じゃない!」
「安心しろ。大丈夫だ」
「何が大丈夫なのよ!」
「ちなみに明日、ここを出発する」
「いや、急!」
私が呆れて言うが先輩はやる気で目が輝いている。一方のアサヒはちょっと驚き、「大丈夫かな?」と心配している。
チラッとカルマとコルヌを見ると暇そうに欠伸をしていた。
アサヒの他にやってきた勇者たちが帰ってきた。
彼らはこの修道院がある山を下りて近くの市場で食べ物の買い出しをしたり、召喚した国へ行くための武器を作っていたり、農業に適した場所ではないが痩せた大地でも実る野菜や木々、家畜を育てている。
「お疲れ様でーす」
「あ、お客様。こんばんは」
私を見つけて、軽く会釈をする勇者たち。私も「お疲れ様です」と頭を下げる。
すれ違った後、勇者達は「あの人、牧師さん?」「先輩の知り合いだろ」「女の人なのに牧師なんだ」「異世界もタヨウセイなんじゃね?」「珍しいね。でも異世界では普通か」と言う会話が聞こえてきた。
勇者に限らず、ニホンから召喚された人々は逆らわないで順応力が高い。たまにショックで部屋に引きこもっている人もいるけど。
本日のメニューはシチューのようだ。先輩が作ったもので、温め直している最中だ。その間に勇者たちは食器の用意などをしている。みんなでワイワイと話したりして楽しそうだ。全員十代後半から二十代前半くらいの年頃である。
ふとアサヒの姿が見えない。すぐに探しに行くと礼拝堂にいた。一人ぼんやりとアザゼル像を見ていた。
「アザゼルって、異世界だと悪魔らしいですね」
私が話しかけると、アサヒは驚いた表情で振り向いた。
「この世界ではアザゼルは闇の魔物と言われたけど心を入れ替えて、魔物たちが今まで犯してきた罪すべてを背負った。こういった経緯で聖十二神の一柱になったんですよね」
「へえ、そうなんですか」
アサヒはちょっと気まずそうな感じで話す。それに気にしないで私は聖十二神教会のシンボルを指差した。
「あれが教会のシンボルなんです。あっちの世界だと【Y】の字らしいですね」
「ああ、はい」
「異世界って言っても、割とこの世界に似た物が多いらしいですね」
「あ、はあ。あんまり、あっちの世界だと僕は引きこもりだったので……」
そんな話しをしていると先輩の「夕飯が出来たぞ!」と言う声が聞こえてきた。私とアサヒは一緒に礼拝堂から出た。
食堂でシチューを食べ終わると、先輩は台に乗って大声を張り上げた。
「諸君! 明日の早朝いよいよ悪の帝国に乗り込むために、ここを出発する!」
すでに召喚した国に行く事を知っていたのか勇者たちは特に驚きはなかった。全員、先輩を信頼の眼差しで見ている。
基本的に勇者は色白でほっそりしていてちょっと浮世離れした雰囲気がある。だが先輩にしごかれたのか日焼けして、ちょっと凛々しい顔立ちをしている。この世界に違和感なく溶け込んでいる気がした。
「さて勇者達はどういった目的でこの世界に来たんだ?」
先輩の言葉に勇者達は「チートでモンスターを蹂躙したかったっす!」「活躍してハーレム作りたかった!」「自分を変えたかったんです! すごいって言われる存在になりたかった!」と叫んで行った。随分と勇者たちは非常に利己的な考えでこの世界に飛び込んだようだ。動機が不純すぎる。
だが先輩はそんな勇者たちの理由を知っていると言わんばかりに「だが、現実はどうだ!」と叫んだ。
「あの国はお前たちを呼んだだけで何も用意してくれなかった! モンスターを倒す魔法の剣などの武器どころか、倒せるモンスターさえいない! そもそも可愛い女の子のお供もいなくてハーレム一つも作れない! みんなからチヤホヤどころか、遭難しかけて死にかけた奴だっていたはずだ! いいか、お前たちは騙されたんだ!」
聞く人間にとっては非難の方向が外れてる気がする。でも自業自得と言ったら、可哀そうな気もするけど。
「そして保護された後、ここの生活はどうだ! 最低最悪だろう! 仕事は肉体労働! 娯楽はない! トイレの便座はない上に寒い! 食事のレパートリーは少ない上に、味は薄すぎる! お水は好き勝手に使えないから、お風呂にも毎日入れない! と言うか湯船に入るっていう習慣が無い! クッソ寒いのに暖房器具は無くて死にかける! お前らは言っていたな! この世界は刑務所以下の生活って! そうだ! お前らは何も悪いことしていないのに、地獄に落とされたんだ! 召喚した悪の帝国に!」
先輩の言葉に共感しているのか、勇者たちは真剣に聞いて頷いている。
その地獄が日常のこの世界の人にとって、何言ってんだと思うだろう。けど、それくらい便利な世界から来た勇者にとって辛かったのだ。ただ地獄の生活を強制したのは先輩で、召喚した人は何もしていない。
「だが、喜べお前達! この残酷な地獄に落とした奴らに報復する時が来た! 今までの絶望と苦しみをあいつらにぶつけるチャンスだ!」
そうして先輩は「お前ら、ニホンに帰りたいかー!」と言って、勇者たちに問いかける。すぐに彼らは「おう!」と野太い声で答えた。
隠れて聞いていた私の傍らにいたカルマが「なんかさ」とみんなに聞こえないように小さく呟いた。
「こういった暑苦しいの好きじゃ無い」
「でしょうね、カルマは」
私も協調性が無いので、こういった集団での決起とかは冷めた目で見てしまう。
チラッと先輩の飼っているコルヌを見ると、一緒に「メエエエエ」と鳴いている。主もあんなんだから、聖獣もこうなるわな。
こうして決起集会は終了して、みんな足早に眠った。
*
日が出ないうちに勇者たちと先輩は起きて朝食を食べて、出発した。
アザゼル山は急斜面が多く舗装されていない道が多いだが、勇者たちはしっかりした足取りで進んでいる。休憩を挟みつつ、先輩と共に下山して麓の町へと入った。すると教会の人に手配したのか農業で使う荷馬車があり、勇者たちはそれに乗る。そしてコルヌが馬の代わりに引いて行った。
「うわあ、ヤギのくせに馬のようなことしているよ。あいつ」
信じられないと言った表情でコルヌが引く荷馬車を見るカルマ。しかしコルヌは明らかに馬より速く進んでいる。
「あーあ、僕も馬車の乗って行きたいよ」
「何言ってんの、カルマ。早くいくよ」
一方、私達は勇者一行を遠巻きに監視しながら、彼らの後について行った。
途中森の中でキャンプをして、召喚した国を目指す勇者一行。彼らを召喚した国は【悪の帝国】とか言っていたけど、拍子抜けするくらい小さい。国って言うより、集落って言った方がいいくらいの規模である。だが巨大な丸太を並べた厳重な城壁があったり、監視用の櫓で周囲を監視していたり、と警備は入念だ。そして国の近くにはなだらかな丘があり、そこも警備の人間がいる。
先輩と勇者一行が国に近づいてきた時、異変が起こった。
「カルマ、彼が列を離れた。追うよ!」
「うん!」
そうして勇者一行から離れた人間を追う私とカルマ。
彼の動向を追うと国の櫓に向かって赤い布を振っていた。そして再び、勇者一行に戻ろうとしていた時、私達は声をかけた。
「アサヒさん」
パッと振り返ったアサヒはギョッとした顔になった。当然だ。今、私はヤギの頭蓋骨のような仮面を被っているのだから。
「あなた、やっぱりあの国のスパイだったんですね」
「ええ、そうですよ」
あっさりと認めた偽アサヒ。異世界の人間と関わっている異端審問が見たら、彼はどう考えても怪しかった。
特に私を牧師だって言っても反応が無かった事だ。ニホンの世界だと牧師はほとんど男性で、女性はかなり少ないようだ。
スパイとばれたと言うのに偽アサヒはかなり余裕の表情をしている。
「と言う事は、先輩も勇者たちも俺がスパイって事を知っているわけですか?」
「もちろん」
「はあ、それで何食わぬ顔で僕と一緒にやってくるなんて馬鹿ですね。何にも出来ない勇者を騎士と見せかけて引き連れて国に行ったって、捕まって殺されるだけですよ」
「……先輩は短絡的ではありますが、馬鹿じゃないですよ」
そう言って私もニコッと笑ってアサヒを縛り上げた。
先輩と勇者はそのまま国に入るかと思われたが一向に入る様子が無かった。森の中にあるとはいえ、城門まで一本道だから迷う事は無いのに。
縛り上げられたアサヒは「どういうことだ?」と言いながら、カルマに担がれていた。
高い木に登って砦で囲まれた国の中を見る。
「やっぱり、あれは違法魔法薬の原料になる草ですね」
「そうだよ。俺達にとってあの魔法薬が一番の稼ぎだったんだ」
「あれは魔力を一時的にあげるだけで、依存性も強いし幻覚作用もあって一回使うだけで酷い健康被害も起こります! 最悪、死ぬこともある! だから教会は禁止したのに!」
「禁止にされたら、俺達はどうやって食って行けばいいんだよ! 教会は別の作物の作り方を教えると言ったって、異端審問から睨まれれば一族すべてが国中の人に嫌われるんだよ! ずっと肩身狭い思いをして生きて行かないといけないんだ。やっていない子供さえも!」
これについて私は何にも反論できない。異端審問が取り締まった加害者の家族達の生活はかなり悲惨と聞いている。正義振りかざしてはいるが、その後のフォローは充分ではないのだ。
「だから、彼らを呼び出そうとしたんだ」
「彼ら?」
「異世界の人間にはブショウとかサムライと呼ばれる人間達がいる。彼らを呼び出して、聖十二神教会を潰すつもりだった。彼らの剣術は魔法さえも野菜のように斬る事が出来るからな。一人いれば十分だ。それまで勇者を呼ぶつもりだ!」
「……もしかして、サムライを呼び出すまで召喚しようとしていたって事ですか?」
「ああ、そうだ! なのに今まで呼び出してきた奴らは、俺達の時代にブショウなんていませんよって言うし、ユトリだがゼットだが意味の分からない時代の人間だから出来ないとか言うし、挙句の果てにはなんかスキルとかチートくださいとか言うし、全くはずれだったよ!」
……あれ? これって異世界で言う【ガチャ】って言う奴なのかもしれない。
異世界の人から【ガチャ】の概念は聞いていたけど、いまいちピンとこなかった。【ガチャガチャ】や【スマホゲーム】と言う機器を教えてもらったが、うまく想像できなかったからだ。
でもこの人の話しを聞いて、ようやく【ガチャ】の意味が分かった。
つまり彼らはブショウやサムライと言う特別な人間を召喚するまで【ガチャ】のように召喚をやっていたのだ。
「それなのに勇者たちは僕らを恨んでいるなんて、本当におかしすぎる。怒りたいのは俺達の方なのに! だがあいつらが三十人いたとしても、何も脅威はないですよ。魔法なんて子供が出来るような技くらいしか出来ませんからね」
そう言っていると、ようやく森の一本道をコルヌに乗った先輩が現れた。見た所、勇者たちはいない。
「フン、あの人だけしか来なかったのか。勇者は怖気づいて逃げたんだろうな」
「どうでしょうね」
私は他人事のように言った。
先輩が城門の所に向かおうとすると、櫓から火球の魔法が飛び出した。しかし先輩に来る前にそれは水の魔法で消え失せてしまった。その後も魔法を繰り出すが、すべてどこかから放たれる魔法で相殺される。
「バカな! 警備兵の魔法が簡単な魔法で相殺された?」
「勇者たちが隠れて魔法を放っているみたいですね。子供でも出来る魔法ですが束になって合わせればそれなりの力は出ますよ」
「だが警備兵が使っている魔法は、かなり強い魔法だぞ」
「それでも魔法には相性があります。いくら威力がある魔法でも弱点となる魔法とぶつかったら打ち消されますよ。かつての戦場でも行っていた戦法です」
この人達、完全に見くびったな。召喚者達はサムライではないが、勇者を志願してきた人たちだ。やる気は十分あるだろう。
その後、戦意を喪失したのか櫓にいる警備隊の魔法もあまり打ってこず、特に問題なく先輩は城門までやってきた。
「すいませーん! お宅らが召喚した勇者が元の世界に帰りたいそうなんで、呼び出しに使った契約書をもらっていいですか?」
先輩が大声で言うと、帰ってきたのは一本の魔法の矢だった。それを先輩は素手で取った。
「はい! お前らの返事は聞いたぜ! ここから先は武力行使だ!」
先輩の言葉にコルヌが森に轟かすくらいの鳴き声を放った。その瞬間、木製の城門に岩が突き刺さった。しかし岩の大きさは赤ちゃんくらいの大きさで、頑丈な城門にはビクともしなかった。
偽アサヒは馬鹿にしたように笑う。
「あんな岩で城門が壊せるわけないだろうに」
「いえ、壊す目的じゃないと思いますよ」
私の言葉よりも先輩の行動で偽アサヒは言葉を失った。
城門に突き刺さった岩でコルヌが登り始めたのだ。元々ヤギは人間では登れない岩場でもスイスイと登る生き物だから不思議じゃない。でもそのヤギに乗っている先輩はどういうバランス感覚をしているんだろうか?
先輩が城門を登ってあっさりと国に入ってしまった瞬間、勇者たちが魔法で上から大雨のような水が降ってきた。
「ちょっと、入ってきた! と言うか! 水を大量に降らさないでください! 魔法薬で使う植物は大量に水を与えると腐っちゃうんですから!」
この状況に偽アサヒや国中の人間達がパニックになっていった。そんな状況で先輩とコルヌは悠々と狭い国中を走って叫んでいた。
「おい! コラー! 帝はどこだー!」
勇者たちが降らしている水で虹がかかっていて、私はちょっと綺麗だなと思った。
*
勇者を呼び出した国に乗り込んでから数日が経った。勇者たちを召喚した時の契約書をもらい、後は聖十二神教会の警備隊に任せた。異端審問は邪教の信者や召喚者や悪魔を取り締まる人間で、違法魔法薬の製作などは管轄外なのだ。それなのに異端審問ばっかり敵視されてしまうのだ。
我々は呼び出した者と責任者のみ連行していった。
契約書は回収した後は全部私が書き直して今日の朝、勇者たちは元の世界に帰って行った。
勇者たち帰った次の日、彼らが住んでいた修道院に私は向かった。
「あれ? 来たんだ」
食堂に行くと先輩がボケーッと座っていた。私を見て不思議そうな顔をして「なんで来たの?」と聞いてきた。
「修道院の掃除でもしようと思ったのよ。ものすごく汚かったからね」
「じゃあ、無駄だったな。あいつらが帰る前に終わらせたからな」
先輩の言う通り、修道院は彼らが来る前より綺麗になっていた。庭は雑草まで取ってくれた上に鶏小屋まで直してくれてあった。修道院の中も掃除して綺麗になっていた。
「あー、結構騒がしかったけど、居なくなると寂しくなるな」
「お疲れさまでした」
「お前もお疲れ様。勇者の契約書の書き直し、全部やってくれて」
本当だよと言いたいところをグッと堪えた。先輩の手伝いなんて無謀だ。文字が読めないのなら、書けるわけがないのだから。
それに先輩のおかげで勇者たちの契約書を回収は出来たのだから。
「それにしても勇者たち、魔法を覚えてすごかったですね」
「こっちの世界だったら魔法は使えるからな。でも教えるのは難しかったよ。普通だったら子供の頃に、教えないといけないもんだからな。大人になって教えると結構難しい」
「感覚の問題ですからね」
「でも満足そうに帰って言ったよ、あいつらは。モンスターは倒せなかったけど、魔法が使えたのは嬉しかったって」
そう言われるとちょっと嬉しいな。と思いながら、食堂の隣にある台所に向かった。こちらも綺麗に片付いていた。
だが隅にあるものを見つけた。
「ちょっと! 先輩!」
「どうした?」
「なんで酒瓶があるんですか!」
私の言葉に先輩は目線を逸らして「えーっと、送別会の時に、ね」と答えた。
「ここ! 修道院ですよ! お酒とか禁止なのに!」
「細かい事、言うなよ」
「細かくないです!」
全くこの先輩は! と思いながら、私は説教を始めた。