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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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5.休める鳥籠

 宿に入ると、泣き跡を残す貴族令嬢を見て誰もが目を逸らした。訳有りに関わって面倒を抱えたくない。入って来たのがヤーナだと分かれば、助けたかも知れないが今のヤーナを見て分かる領民はいなかった。


「ヤーナ様!」


「えっ、ヤーナ様?」


「あの髪の色はヤーナ様だな」


「帝国にいるんじゃないの?」


「おい、あれだよ、あれ」


 シュリナがヤーナに気づいて駆け寄った。そこでヤーナに気づいたが、領民の何人かは番の破棄の騒動を知っているようだ。知らない領民に説明している。


「お部屋に行きましょう」


「シュリナ……」


「ヤーナ様!」


 シュリナに抱き止められたヤーナは、気を失った。泣いたことが分かる顔に唇の端が切れているのに気づいた。下の騒ぎにエルザも気づいて、ヤーナがいる理由を聞きたいという気持ちを堪えてシュリナを手伝う。


「ヤーナ様……頬を打たれたんですね」


「やはり、一緒に行くべきだった」


「お湯を沸かしました。着替えは、申し訳無いですが、私のを持って来ました」


「起きたら事情をお聞きするとして、宿に一人追加の手続きをしてきます」


 精神的な疲れからヤーナは熱を出してしまう。シュリナとエルザは、心配そうに看病をした。目を覚ましたヤーナはベッドを占領してしまったことに焦る。


「熱が下がって良かったです」


「ごめんなさい」


「謝る必要なんて無いんですよ。ヤーナ様はお疲れなんです。休みましょう」


 エルザはハーブティーを入れた。ゆっくりと飲んだヤーナは、深く息を吐く。


「話してみませんか? ヤーナ様は、弱音をあまり教えてくださいませんから」


「私は、いらない子だったの。お父様は男の子が欲しかったのに、最後に産まれたのが私だった。お母様は私を見ないように、番だと言われるまで家族だと認めて貰えなかった」


 ヤーナが帝国に来たときに、公爵家の諜報部隊がファルコ男爵家に探りを入れた。使用人たちは、口を噤み、男爵家の者はヤーナが番に選ばれて誇らしいと良い、誉め称えているように見えた。


「私が帝国に行けば、国から報奨金が毎年貰えた。それが無くなるから打たれたの。私が番だって偽ったせいで、姉たちの結婚も駄目になるって」


「何ですか、それ。ヤーナ様におんぶに抱っこじゃないですか。それは、ヤーナ様に公爵夫人になることを強制した私たちが言える義理は無いですけど、無いですけど、あんまりです」


「どうして、エルザが泣いてるのよ、ふふ」


「ヤーナ様が泣かないからです!」


「私は、もうたくさん泣いたもの。泣いて泣いて泣いて涙も枯れたの。だから、好きなことをしようと思って」


 番の破棄を言われてからヤーナが泣いている姿しか見ていないが、十二歳で親元を離れて異国で頑張れるのだ。本質的には強く、賢さもある。目標が決まれば突き進む忍耐もある。そうでなければ、公爵夫人教育を五年で終えることなどできない。


「どこまでもお供しますから連れてってくださいね」


「エルザ、一緒に居てくれてありがとう」


 手を握って笑い合う姿は、友人同士にも見えた。冷めてしまったお茶を温め直そうとティーポットを持ち上げたところで、ヤーナの服を買いに行っていたシュリナとナイドンが戻って来た。既成で、かつ庶民が着る服なのをナイドンは気にしていた。


「そう言えば、ナイドンさんみたいな服を着た男の人が受付で揉めてましたね」


「ナイドンさんみたいな服?」


「執事服を着てるって意味です」


 宿としては高級な部類に入るが、貴族が泊まる宿ではない。お忍びで使うかもしれないが、そうなると醜聞になりかねない身元を晒す行為はしない。どこかの放蕩息子を探しに来た執事だと結論付けられた。


「食事はどうしますか? 何か買って来ましょうか?」


「あのね……」


 ヤーナは今までしたことない夢を語った。普通なら令嬢がすることではないが、気分が上がるならと外に食べに行くことにする。帝国にいる間は、屋敷から出ることを許されなかった。


「何を食べましょうか」


「選べるの?」


「分けたりもしますよ」


 貴族出身でも使用人として働き出すと庶民と同じ生活をすることがある。領民の生活を知ることが、領地を治めるのに欠かせないからだ。情報収集として領主直々にお忍びで見て回ることもあるが、ローベルトは話を聞くだけだった。


「ヤーナお嬢様。探しましたよ。手間をかけさせないでいただきたい。貴女は、どこまで男爵家に迷惑をかけたら気が済むのか。旦那様が心を痛めているのが、お分かりにならないのか」


「申し訳――」


「手続きもせずに家を出ることがいかに問題か。こちらに署名をしてどことなりともお行きください」


 貴族籍を自発的に離れることの同意書をファルコ男爵家の執事は差し出した。除籍の手続きは時間がかかるため簡易的手続きを先にしておくのが通説だ。本人が不在でも除籍することは可能だが、その手間すら惜しんだ。


「ファルコ男爵家から犯罪者を出す訳には参りませんので。私には男爵家を守る義務があります」


「変わってしまったのね」


「どうぞ。署名を」


 使用人に横柄な態度の父親たちとは違い、ヤーナは丁寧に接していた。だから、口には出さずとも嫌われてはいないと信じていたが、軽蔑する視線を向けられてまで縋りつこうとは思わない。差し出されたペンを受け取りヤーナは、名前を書いた。


「問題ありませんね」


 ヤーナがこの時点でファルコ男爵家から勘当されたことが分かる。平民は貴族に楯突けば不敬罪で処刑されることがあった。それでも真っ当な主張なら受け入れる領主もいるが、ファルコ男爵は平民が意見することを許さない貴族だ。

 不満の溜まっていた領民は、元男爵家のヤーナに矛先を向けることにした。番だと偽った詐欺師ということもあって、吊し上げることに躊躇いはないようだ。


「この宿は、犯罪者を匿うような低俗なとこじゃないからね。憲兵に突き出されないうちに出て行っておくれ。あぁ、なんて優しい女将なんだろうね」


「国を騙すような奴は国外追放にしたら良いのに」


「王家も優しいな」


 悪意の中に曝されたヤーナは、シュリナとエルザに支えられて一度、部屋に戻る。ナイドンは、明日の朝に出発することを女将に伝えると、先払いした宿泊代の返金を求めた。女将は最初は迷惑料だとして返すのを渋るが、ナイドンが貴族だと知ると手のひらを返して、急いで返金に応じる。

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