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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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39.鳩の役目

 塞ぎ込んだヤーナは、朝起きると惰性で食事をして一日中、部屋のソファに座るようになった。リュシアレーデはヤーナが呟いたアティカスと言う名前をフリジットに訊ねた。


「フリジット叔母様」


「リュシアレーデ、何かしら?」


「直接、ヤーナに聞ければ良いのでしょうけど、アティカスというのは誰でしょうか」


「そうね。ヤーナが偽物の番だと言われて、婚約破棄した後に仲を深めた令息よ。ヤーナの目の前で、あの貴族令息に、殺された夫の甥っ子……リュシアレーデと同じように斬りかかられて、貴女は反撃できたけど、あの子は即死だったそうよ」


 ヤーナは再び目の前で人が死ぬ場面を見せさせられるところだった。リュシアレーデが剣を持っていて、不意の暗殺にも対応できるだけの技量があったから事なきを得ただけのことだ。


「それでヤーナは、あんなにも塞ぎ込んだのか。当然だな」


「ヤーナがアティカスに恋心を持ったのかは分からないわ。でも、友人を殺した男に結婚しようと言われて頷く女がいたら驚きよね」


「いくら何でも非常識すぎる。戦時中でもあるまいし」


「戦争で負けて、人質として王女が嫁いだと言う話には枚挙に暇が無いけど、ヤーナが好き勝手されるのは見ていられなかったの」


「ヤーナの側に居たいと思います」


 単純な性格のリュシアレーデはヤーナの側で護衛をしながら懸命に話しかけた。少しずつ言葉を返すようになったが、それでも座っている時間の方が圧倒的に長い。フリジットの説明に疑問を残していたマルガレータは、リュシアレーデがヤーナに構っている間に質問することにした。


「フリジット様」


「あら、どうしたの?」


「ヤーナ様を庇護している理由ですが、少々腑に落ちない点がありまして」


「貴女なら気づくと思ったわ。少し、あちらで話しましょう」


 人の目が無い場所ということでフリジットの私室が選ばれた。マルガレータはフリジットに勧められてソファに座る。


「どこから話そうかしらね。あの時は本当に色々あったから。そうね、始まりは、夫の妹のミアナ様が帝国貴族に番だと言われたことかしらね」


「ヤーナ様のようにですか?」


「ええ、そうよ。ヤーナのように、少し違うわね。ミアナ様は──目の前で婚約者を殺されて、殺した男の妻にされたのよ。血塗れの手で引かれて、馬車に乗せられて、帝国に連れて行かれて、一切の交流を絶たされた。順番は違うけど、ヤーナはミアナ様のようになった。お怒りになっているでしょうね。自分のようにするな、という意味を込めて黒い宝石だけのブローチをヤーナに持たせたのに、防げなくて」


「黒いブローチには、そんな意味があるのですね」


「ああ、違うわよ。黒いブローチというより、ミアナ様が持たせたことに意味があるの。あのブローチは着の身着のまま連れ出されたミアナ様が持っていた唯一の装飾品。婚約者から贈られたブローチ、謂わば形見の品ね。ヤーナを自分のようにするのか、という問いかけよ」


「それで、ヤーナ様をお助けになったのですね」


「ミアナ様を見捨てた、わたくしたちなりの贖罪よ。ただ、政治的なこともあって上手くいかなかったけど。いえ、思いの外、ローベルトが愚かだったということにしたいわね」


 フリジットが話したことに納得したマルガレータは静かに頭を下げた。特に口止めはされていないが、リュシアレーデにフリジットの語ったことを伝えないことを心に決めた。今はヤーナに対して同情的なリュシアレーデだが、フリジットの話を知ったときに別の思い込みが生じたときに面倒なことになる。ヤーナもリュシアレーデに対しては少しだけ心を開いていた。


「ヤーナ、リュシアレーデ」


「フリジット叔母様」


「もうすぐ暑くなるでしょ? 新しい服を仕立てようと思うの。一緒に見ない?」


「それは良いですね。ヤーナ、手を」


 リュシアレーデに促されるように立つと、ゆっくりと歩く。座っている期間で少し筋力が衰えていた。庭を歩いたりしながら回復を待っているところだ。フリジットがヤーナを呼んだのは、応接室に帝国からの客人が来ていたからだった。今のヤーナが帝国の人を見てどこまで平静を保っていられるか分からなかったからだ。


「楽しみだわ。そうそう、リュシアレーデもこの際にドレスを仕立てなさいね?」


「はい」


「あら、素直ね」


「ヤーナとお揃いのドレスを着てみるのも良いかと思っただけです」


「とびっきりのを選ばないといけないわね」


「ほどほどにお願いします」


 商人が呼ばれて、多くのドレスが舞踏会が開かれる部屋に運び込まれた。布だけやすでに型になっているものと全てを見るだけでも時間がかかる。フリジットはヤーナとゆっくり話をしながら見ていく。その間に応接室では、ナディックとサブルが帝国から来たザービスと相対していた。


「それで、国王陛下……ああ、今は空席だから前国王陛下から命じられたため会うことにしたが、用件を簡潔に願いたい。前国王陛下を断頭台に乗せる訳にはいかないのでな」


「会っていただき感謝する。これをヤーナ嬢に渡して欲しい」


「手紙? 内容は?」


「私の番がヤーナ嬢に手紙を出したいと望んだ。内容は私も知らないので答えられない」


「…………そんなことのために、帝国から来たのか? 手紙一通のために、出国禁止命令を解除してまで来たのか? よく私の前に顔を出せたな。家族に手紙のひとつも許さなかったお前が!」


 ミアナの願いを叶えるべく皇帝に説明し、さらにタルルダ王国に対して交渉した。身分からすれば護衛をつけて移動するが、一切無しにした上で身につけるものは全てを検疫を受けた。侍従も帝国からではなく、タルルダ王国から借り受けた。


「サブル、落ち着け」


「申し訳ございません。取り乱しました」


「気持ちは分かる。私も家族との連絡が取れない状況だったからな。さて、この手紙がサブルの妹君からの物で安全だと言う保証はどこにある? もっと言えば、その手紙が妹君が(したた)めたものだという保証は?」


「それは、字を見てもらえば分かるかと」


「どうだ? サブル」


 ナディックに促されて手紙の宛名を眺めるが、記憶にある字とは似ても似つかない。大人になるにつれて筆致は次第に変わる。今のミアナが書く字をサブルは一度も見たことがなかった。

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