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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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34/42

34.芽吹いた仕掛

 フリジットはサロンにお茶を用意させると、向かい側にリュシアレーデを座らせる。お茶を二口飲んでからフリジットは、ゆっくりと口を開いた。


「直接会うのは初めてね。リュシアレーデ」


「はい。フリジット叔母様」


「お兄様から手紙で次女が騎士になったと知らされて驚いたのよ。でも、とても筋が良いって褒めてらしたの」


「お父様が私のことを? とても嬉しいです」


「素直ね。だけど、心配もなさっていたの。思い込んだら、それをやり遂げようとするから困ってもいたのよ」


 微笑みを浮かべながらフリジットはリュシアレーデのことが書かれていた手紙の中を思い出す。父親として娘を思う言葉もあったが、基本的には王族としての振る舞いが身に付かないことを嘆いていた。


「剣の腕も確かでしょうし、騎士としてなら問題はない。でも、本当かしら? 貴女が令嬢たちに誘いをかけた時に、欠片としても王族の権力を使わなかった?」


「それは――」


「否定できないでしょ? 王女だから、そう言って何度も人気のカフェや劇場を貸し切りにしたでしょ? 別にそれが悪いとは言わないわ。警護の関係で貸し切りにすることはあるもの。でも、それは何ヵ月も前から段取りするものよ。貴女のそれは、ただの傲慢。ヤーナに王族としての在り方を求めるのも、同じこと。貴女に求めるのは、ヤーナを令嬢として扱うのみ。胆に銘じなさい」


「はい」


「お兄様もずいぶんと甘やかしていらっしゃるのね。リュシアレーデが騎士となり分かりやすく教育係を懲らしめたのなら、そこで後任に譲らせたら良かったのよ。王女教育が嫌いだから騎士の道を進むというのは、逃げ続けているとしか見えないのだけど、それは違うと思うの。だからね、覚悟を決めなさい」


 大人しく座るよりも体を動かす方が好きなリュシアレーデは騎士であることを選びながらも王族としての権力も捨てていなかった。実際にリュシアレーデには、兄と姉がいてそれぞれが結婚していて兄夫妻には来年子どもが産まれる予定だ。弟もいるため国王の候補に困っていない。


「騎士としてあるならば、城を出て騎士爵をもらい貴族社会から離れなさい。王太子が即位すれば、貴女は国王の娘。掠り傷でも負えば周りが罰せられるわ。良かったわね。選べるわよ。王族としての責務か騎士としての責務か」


「しかし、大叔父様は王弟のまま騎士であるのに私だけというのは納得できません」


「有事の時に、その首をかけて前線に立つ。王族として国の威信をかける。貴女にできて? それに、任務で護衛相手が危険になったときに命をかけて守ることができて? それともマルガレータに守らせるの? そんなお飾りの隊長では心許ないわね」


「いくら叔母様でも、その言葉は聞き捨てなりません。私は実力で隊長になりました。これからも騎士として誇りを持って職務に就きます」


「そう。そこまで言うなら騎士としてヤーナを護衛しなさい」


 リュシアレーデはフリジットの言葉に反応して返した。騎士としてあり続けようとするのは、姉の存在が大きい。王女の一人として外交に参加し、女性の社交界で発言力もある。リュシアレーデにも同等のことが常に求められ、そのことが反発心を生む結果となり、内政に興味を示さなくなってしまった。


「叔母様に言われずともやり遂げます」


「それを聞いて安心したわ。ヤーナは、わたくしの娘だもの。親として心配だったのよ。分かってちょうだいね」


 フリジットは扇で口許を隠して笑う。広げた扇を閉じるとフリジットの後ろに控えていた侍女がサロンの扉を開けた。リュシアレーデは侮辱されたことに怒りを覚えながらも啖呵を切った手前、ヤーナの護衛を遂行しようとマルガレータに予定の調整を命じる。サロンにフリジットは残り、新しく淹れられたお茶を楽しむ。


「会ってもいないのに良く動かせたな」


「あら、ナディック叔父様。城に居たのでは?」


「リュシアレーデが予定日でも無いのに来た、と連絡を貰ったから戻ったんだ」


「それは賢明な判断でしたわね。リュシアレーデは王族としての在り方を他者に求めすぎますもの。会ったことは無くとも手紙の内容で分かるものよ」


「リュシアレーデが女王になることは無いが、もしそんな日が来れば暴君になるな」


 ナディックはリュシアレーデの在り方に危機感を感じていた。騎士として実直に任務を遂行するなら問題ないが、リュシアレーデに誘われた令嬢から苦言が出ていた。面と向かって指摘できるほどリュシアレーデは寛容ではない。それは、王家と貴族の間に溝を作る要因となる。


「お兄様はリュシアレーデを王女として嫁がせたかったようだけど、あの子では無理ね。当主の決定に王女であることを理由に反古にしかねないもの」


「勝手に当主代理として動きそうだからな」


 王族としての品格を損ねないなら好きなことをできる立場にあったリュシアレーデは、自分で決めるということに疑いを持っていない。下の者の意見を取り入れることを幼い頃は教えられたはずなのだが、自分の意見と違うことを言われると、延々と理由を訊ねるだけで曲げようとしなかった。次第に教育係も面倒になり、指摘することもなくなった。


「騎士として優秀だと言うからヤーナの話し相手にしたのに誤算だわ。万が一、帝国から何か来ても、ここは国防の要であるクラナスト辺境伯領、辺境伯は王弟、友人枠は第二騎士団団長、武力に対しては何も心配は無かったけど、リュシアレーデがヤーナに仕出かすとは思っても見なかったわ。あれでは、ヤーナと違ってフリジットは家族から気にかけてもらえる存在なのよ。私情で国を動かすくらいに愛情深い祖父だと言っているようなもの」


「そんな解釈をするかな?」


「するわ。ヤーナはアンダルト帝国で公爵夫人となるべく教育を受けたのよ。言葉の裏を考える癖が付いているの。それが本当かどうかは関係ないわ」


「リュシアレーデにその能力があれば、今回のことは防げたな」


「それもこれも甘やかしたお兄様が悪いのよ。わたくしが何のためにビリワナ王国に残ったのか理解していないのだもの」


「今回、フリジットが帰国したことで何かあるとは思っているようだよ」


 ナディックが王太子の様子をフリジットに教えるが、溜飲が下がることはない。どこか抜けているフリジットの一番上の兄が王太子なのは、政治的に繋がりが強くなるはずのビリワナ王国のやらかしが大きな要因だ。誰も国の決め事を簡単に反故にするような人が王族で、さらにそれを許してしまうような国王が君臨する時代に王になりたいとは思わない。


「わたくしが女王になろうとしているとでも思うのかしら? それよりも飛び越えて王子の誰かが即位する方が現実的よ」


「今回の帝国の返答次第だな。いくら何でもあの男を自由にさせ過ぎている。あの男の入国は王太子が許可したそうだ。リュシアレーデのヤーナへの考え方は、その辺りの影響だな」


 消去法で王太子になっているリュシアレーデの父親は、フリジットがビリワナ王国の王太子に嫁いで、ゆくゆく王妃となればタルルダ王国の属国にするつもりだった。特に利益に繋がることでもないため、議会で承認されることは無いが、その系譜をしっかりとリュシアレーデは継いでいる。


「素直と言えば良いのかしらね。命令を聞いて遂行するなら騎士は打ってつけだわ」


「その命令も重要ではないと判断すれば、勝手に変更するから面倒だかな」


「それでも、あの男には有効だと思うわ。命令したくても相手は他国の王族、しかも女。ヤーナから引き離したくても言い訳が通用しない。万が一を考えてリュシアレーデを紹介したのだけど思っていたより早く事が起きそうね」


 ヤーナの側に男性の護衛を置くわけにはいかない。アティカスのように殺されかねない。さらに、ただの貴族では死すら無かったことにされる。実際に、アティカスが死んでも帝国からは謝罪も賠償もペリグレイ家に支払われず仕舞いだった。


「剣の腕は保証しよう。不意を突かれても反応できるように鍛えてある。元々は護身術を教えるつもりだったからな」


「叔父様に保証していただくなら安心ね」


「急所は()()ように教えているから相手が手練れならまず死ぬことはない。刺客なら生け捕りにして情報を吐かせたいからな。しかも最期の止めを請け負うなら誰が差し向けたか知っている可能性が高い」


「標的の最期を報告しなければならないもの。当人が知らなくとも、知っている誰かと繋がりは深いでしょうし、叔父様も酷なことをなさるわね。王位に就くには足りない娘を盾に仕上げるのだもの」


 結婚しても王族であり、王位継承権は放棄しない限り持ち続けることができる。その子どもにも与えられるから恐ろしい数の権利者がいる。基本的には国王の直系となるが変わることも往々にしてあった。


「陛下の──子どもたちだが、私の可愛い姪を味方のいない国に置き去りにした甥が許せなくてね。あの時、タルルダ王国に連れて帰ってくれれば私もこんなことはしなかったよ」


「そうね。わたくしが婚約破棄されて、高笑いしながら一人で国に帰った姿は忘れたくても忘れられないわ」


「一人で帰って来て、フリジットを悪し様に言っているのを見て良く殴らなかったと褒めてやりたいよ」


「まぁ」


 フリジットは気の置けない叔父との会話を久しぶりに楽しんだ。ヤーナと顔を合わせるつもりのないフリジットは、クラナスト領にある別荘に帰る。

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― 新着の感想 ―
ブリジットの兄、なにしてんの…と思ったけどそういうことでしたか…。まだ王ではなく王太子なのなんでだろ…と思ってたけどこんな状況なら誰も王様やりたくはないわなぁ…。 王弟が速攻手を挙げて辺境伯になったの…
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