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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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32/42

32.初めての友

 事前に知らせるという約束通り、リュシアレーデはヤーナを町歩きに誘った。常に騎士団が見回っていて安全が確保されたクレメント領だからできることだ。ヤーナの護衛にシュリナとエルザが付き添うのは勿論のこと、リュシアレーデとマルガレーテが一緒となると、これ以上の安全は無いと言える。


「さて、ヤーナ嬢。お手をどうぞ」


「はい。リュシア様」


 ヤーナが素直にリュシアレーデを愛称で呼ぶまでに、一通りのやり取りが行われた。敬称を付けずに呼ぶことができないヤーナに、ひとつずつ理由をつけて愛称する形に持っていった。


「まあ! とても美味しそうです」


「貴族の令嬢がお忍びで来ても困らないように、一口で食べられるようになっているんだ。これは、大叔父様がフリジット叔母様を喜ばせるために考えたんだが、今では密かに令嬢たちに人気で隠れた店になった」


「食べるのがもったいないくらいです」


 全てが初めてでヤーナは目を輝かせた。服も自分で見て選ぶという経験になかなか決めかねたが、そこはリュシアレーデが助言をして、いくつか購入に至る。服装こそ男性のものだがリュシアレーデは女性だ。ヤーナも気兼ねすることなく町を一緒に歩けた。


「次は一緒に観劇でも観に行こう。タルルダ王国では、冒険ものが流行っていて楽しいと思う」


「ビリワナ王国でフリジット様と観たのは、恋愛ものでしたの。違うのも面白そうですわ」


「迎えに行くから次は、今日買ったドレスを着てくれると嬉しい」


「はい」


 ヤーナは長時間歩いたことに疲れてしまい夕食までの時間、眠ってしまっていた。今までできなかった友人との買い物に思いがけず、はしゃいでいたようだ。このまま年相応のときにできなかったことを経験して笑顔を取り戻して欲しいというのが、シュリナとエルザの願いだ。


「ヤーナ様、そろそろ起きてくださいね」


「あら?」


「随分とお疲れでしたが、一度、起きていただく方が良いと思いまして声をかけました」


「ありがとう。エルザ」


「辺境伯閣下がヤーナ様と夕食を共にできたらと仰っていました」


「それは、もちろんよ。お世話になっているのに到着のときにお会いしてから挨拶もしていないのだもの」


「それでは、そのようにお返事をしておきます」


 エルザは優しく微笑んでヤーナの乱れた髪を整えた。夕食のためのドレスをシュリナがクローゼットから選ぶ。まだ時間があるからヤーナの身支度のために湯浴みとマッサージの準備も進める。


「外に出ていますので、湯浴みをしましょう。ヤーナ様」


「そうですね。足もお疲れでしょうからマッサージもして備えましょう。ヤーナ様」


「えっと、お手柔らかに?」


 ヤーナは全身を磨かれて、しっかりと髪を結い上げられる。ドレスは食事をするためということで、コルセットが無いものが選ばれた。それでも格式を保ったもので、出来映えにシュリナとエルザは満足していた。


「クラナスト辺境伯閣下。本日まで挨拶もせずに失礼いたしました」


「ゆっくり休めたのなら何よりだ。気にしないで良い。さあ、夕食にしよう。あと、リュシアレーデとは、どんな話をしたのか聞かせてくれると嬉しい」


「ありがとうございます」


 ヤーナが席に座ると、温かいスープとパンが運ばれてきた。メインの魚料理になったところで辺境伯が口を開いた。ヤーナがクラナスト辺境伯領に着いたときに、名乗りを上げたのはヤーナだけだ。


「ここで、改めて挨拶を返しておこう。クラナスト辺境伯のナディックだ。国王の弟でもあるが、兄には子どもも孫もいるから王族としての公務はしていない。ただの貴族として思ってくれて構わない。ナディックと呼んでくれ。そしてリュシアレーデに剣技を教えた師匠でもある」


「まあ。リュシアレーデ様が団長でお強いのだと思っておりましたが、教えた方が辺境伯だとは思っておりませんでした」


「そうだな。普通は騎士団が教えるだろうし、そもそも女性騎士は代々家系が騎士を輩出している家から出ることが一般的だからな。リュシアレーデは特殊だ。王女に教えるのも難しいし、王女が剣を握ることもない」


「それではリュシアレーデ様はなぜ覚えられたのですか?」


「護身術を教えていた騎士がリュシアレーデが男であったらと悔やまれるくらいに素質があると褒めたことが発端だ。王族に教えられるというのは、それだけで誉れだ。さらに、教えた王族が頭角を現せば、さらに評価に繋がる。だが、護身術は秘匿性から分かりやすい評価はない。そもそも護身術が使われるような事態になることが騎士団全体の失態だからな」


 暴漢に襲われて王族が剣を握らなければならない状態は異様と言える。戦時中や国内の情勢が不安定ならあり得るが、今はタルルダ王国の時勢は安定している。騎士すら武功を上げることができない状況だ。


「リュシアレーデは、それなら分かりやすい評価になってやると啖呵を切って今まで女性騎士というのは男と二人きりになれない令嬢に対して聞き取りのときに同席するのが仕事だったが、リュシアレーデに雑用をさせることはできないとして、急遽編成を変えて第二騎士団を作ったんだ。そのお陰で、娘を騎士にしたくとも、その腕を埋もれさせることに二の足を踏んでいた騎士家系から多くの入団者があり、反対に腕もないのに箔付けに入団していた息子の選別にもなった。私ばかり話してしまったな。リュシアレーデとは、どんなところに行ったんだ?」


「お茶をいたしましたわ。ナディック様がフリジット様が街歩きをできるように作られたお店でケーキを食べました。とても美味しかったので、食べ過ぎてしまいました」


「リュシアレーデは余計なことを。まあ、楽しかったのなら良かった」


「今度は観劇に誘っていただきました」


 タルルダ王国では、ナディックのフリジットへの溺愛は有名だった。王弟ではあるが、かなり年の差があり王太子よりも年下だ。その年齢差と身分から生涯独身を宣言しており、子どもがいないことで甥や姪をここぞとばかり甘やかしている。その筆頭がフリジットで本人も叔父に甘やかされていることを理解して利用していた。


「リュシアレーデも立場から友人を作るのが難しい。良かったら一緒に出掛けてやってくれ」


「王女殿下と友人というのは烏滸がましいですが、誰かと一緒に出かけることをしたことがほとんどありませんので、とても嬉しく思います」


「今日は疲れただろう。ゆっくりと休んでくれ」


 ナディックはヤーナの体調を考えて長く引き留めることはしなかった。今まで常に公爵夫人となるべく行動を律していたため体調が悪くても表に出すことはなかった。頑張りすぎて倒れるくらいになって初めて休むことが許される生活だった。それも時間が空くというのは自分が許可した人以外と会うことができるという考え方をローベルトがしていたからだ。


「ヤーナ様、たくさん召し上がりましたね」


「たくさん歩いたからかしら」


「これから毎日、庭を散歩いたしましょう」


 部屋に戻ると、食後のお茶を飲みながら読書をして体を休める。ランプのオイルが少なくなると、エルザはヤーナから本を取り上げた。思わず本を取り返そうと手を伸ばすが身長さで届かない。


「さぁ、ヤーナ様。お休みの時間ですよ」


「もう少しだけ。ね?」


「ダメですよ。今日は眠ってください」


「とても面白いところなのに、残念だわ」


「楽しみにしていたらすぐに朝が来ますよ」


 シュリナとエルザがヤーナの服を着替えさせるとベッドに押し込む。二人がかりで眠るまで見張られると、ヤーナも太刀打ちできない。仕方なく目を閉じるが一向に眠気は来ない。夕食前に休んだということもあるが、神経が高ぶっていた。何度も寝返りを打って、一時間ほどしてから眠気が来た。その波に乗り遅れないようにヤーナは身を委ねた。

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