31.隠した爪
単刀直入に話を切り出したのはリュシアレーデだった。シュリナとエルザは覚悟を決めて向き合う。
「最初は視線だ。ヤーナ嬢のためにというには、何かを常に警戒をしているように辺りを見ていた。次に、これはマルガレーテが気づいたんだが、スカートの返しに何か重いものを隠している。裾の動きが不自然だったと報告を受けた。だから、確かめるために襲った。案の定、二人ともナイフを仕込んでいたな」
「申し訳ございません。処分は、わたくしたちのみでお願いいたします。ヤーナ様は何もご存じありません」
「処分も何も、私にそんな権限は無い。そんなことをすれば、フリジット叔母様に叱られてしまう。ただ、知りたかっただけだ。それだけの力がありながら侍女をしている理由を」
「少し調べれば分かることですので、お話いたします。わたくしとシュリナは同じ境遇ですので、代表でわたくしのことをお伝えします」
エルザはリュシアレーデにアンダルト帝国でのことを話し出した。シュリナは黙って目を閉じる。
「わたくしは侯爵家の三女として生まれました。政略結婚の駒として姉たちが上手くいかなかったときの予備としての役割のみが存在意義でした。姉たちは同じ侯爵家に嫁ぎ、子どもも産まれたことで、これ以上の繋がりが不要になり女性騎士育成校に入学させられました」
「それでも親族のどこかに嫁がせるものだと思うが、他家の方針に口を出すものではないな」
「王女殿下のお考えが一般的です。生家は政略にもならない娘の結婚に持参金を持たせるのを嫌がりました。修道院に入ろうにも寄附金は用意してもらえません。職業夫人になろうにも未婚ではなれません。女性騎士となれば、身柄は国預かりになります。そして、生家と同じ格の騎士爵が叙爵され、貴族として扱われます」
シュリナがなぜ女性騎士に就いたのかは説明がされた。成人するまでは家長の言うことに従わなければ平民になるしか道はない。貴族として責務を果たすから得られる特権だ。
「幸い仕えた家から親族で年の近い方を紹介され、婚約を結ぶことができました。ですがアンダルト帝国は番を優先する獣人の国です。結婚する予定だった年でした。相手に番が見つかり、婚約は解消され、元婚約者から殺されそうになりました」
「はぁ? 殺されそうに、どういうことだ?」
「番のためなら殺人すら赦されます。幼い番のおねだりのために殺されそうになり、逃げました。元婚約者からは、幼い子どもの願いすら叶えられない狭量な女と言われ、主家からは親族に迷惑をかけることになるからと暇を出されました。エルザも同じです。帝国では番が何より優先されます。番の願いを叶えることは最大の愛情表現で、それを祝福できないわたくしたちは、どこにも仕えることができませんでした」
当事者ではないから気軽に言える言葉を嫌というほど浴びてきたシュリナは当時の悔しさに唇を噛んだ。それでも侯爵相当の騎士爵はシュリナの身を守った。生家はシュリナをいないものとして扱っていて助けを求めることはできなかった。
「それでも侯爵相当の爵位があったので、まだわたくしは守られていました。同時期に暇を出されたエルザは生家が子爵ということもあり、物見遊山に高位貴族令息から命を狙われていました。番に会ったときのための練習とか、酷いのは元婚約者の友人たちが結婚祝いの品として差し出そうとしていた、ですかね。お互いに逃げているときに会って、もう亡命でもしようと考えていたときにマクガレー公爵家の家令の方に声をかけられました。嫡男の番に仕えて欲しい、と。番の側に男性がいるだけで機嫌が悪くなり、番自身を責め立てる。それでも護衛が必要だから侍女として側にいてくれ。最初は戸惑いましたが、ヤーナ様を守れるのは、わたくしたちしかいないと思いました」
いきなり知らない土地に十二歳で連れて来られて、公爵夫人として相応しい教養を身につけろと言われ、番のためなら何をしても赦される環境で味方もなく生きていかなければならないヤーナをシュリナとエルザは何をおいても守ろうと決めた。番のためなら、番に何をしても赦される。
「それで侍女をしているのか」
「雇っていただいたことは公爵家に感謝していますが、番のためというご子息の言葉を諌めなかったことには思うところがございます」
「番のためなら法すら無視できるというのは話には聞いていたが、実際は想像以上だな」
「番を生きている間に見つけられる者は少なく、政略結婚や恋愛結婚をする貴族も多いので、番婚は嫉妬の対象でもあります。番であれば身分差も関係無く結婚が許されますが、政略的に意味が無い場合は周りから反対されることもあります」
「皆が見つけられる訳では無いのか?」
「はい。番を見つけるのは難しく、ほとんどが番以外で相手を決めます。一年に二回、国が番探しのためのパーティーを開きますが、そこで見つかることも少なく、お見合い会場のようになっていて別の成婚は多いです」
国が変われば結婚事情も変わる。帝国は番という結びつきが存在するために他の国とは違う様子を見せていた。番が生涯見つからないままの者も多く、番婚は身分を越えて結ばれることのできる一種の希望にもなっていた。
「また、政略結婚が続いた家は、番婚に意味を求めます。自分たちは国益になるように婚姻を結んでいるのに、ただ、番だからという理由だけで結婚ができる。特にヤーナ様のように他国の令嬢となれば、外交的な意義を見出だそうとします。高位貴族としての教養もない、外交的な優遇ももたらさない。ヤーナ様である必要がなく、亡き者にしようと考える方は一定数います」
「意味は分かるが、番を守るのも愛情なんじゃないのか?」
「はい。ですが、高位貴族に嫁ぐなら自分で自分の身を守ることも教養のひとつだ、としてヤーナ様は護衛をつけてもらえなかったのです。これは、番に他の男性を近づけないための言い訳でもありましたが、番のためと言われると周りは引き下がるしかないのも事実です」
シュリナの説明にリュシアレーデは腑に落ちない部分を感じるが、ここで否定しても何も変わらない。目を閉じたまま唇を強く噛んでいるエルザの様子からも話は本当のことだと伝わる。
「番を失い、消失感から衰弱しているところに付け入るつもりで、いくつもの家が動いていました。貴族は政敵も多いですから。ヤーナ様はビリワナ王国の男爵令嬢という立場ならいくらでも言い訳が立ちます」
「まだ守られるべき年齢のときに引き離したのなら安全くらい保証するべきだ。しかも男爵令嬢のままならな遭遇するはずのない命の危機からは特に。……高位貴族の傲りだな。身分が高いと、それだけで守りにもなる。大国であるのも考えものだ」
「表立って護衛できない事情があったとは言え、武器を隠し持って入国したことは揺るがしようのないことです。処分は、わたくしとエルザに留めていただけないでしょうか。勝手な言い分であると承知はしております」
「いや、私から大叔父様に取り成そう。今、二人がいなくなれば、ヤーナ嬢が不安に思うだろう。それにフリジット叔母様に、ヤーナ嬢の侍女は丁重に扱うよう厳命されている。人の好き嫌いの激しい叔母様が気に入ったのだから何かあれば、叱られるのは私の方だ。そろそろ秘密の女子会はお開きにしよう」
リュシアレーデは聞きたいことの確認が取れたため二人に退出を促した。貴族令嬢として教育は受けているシュリナとエルザは黙認されたことを汲み取り頭を下げて部屋を出る。
「よろしかったのですか?」
「何がだ?」
「フリジット王女殿下の丁重にという意味を解釈違いをしていないかと心配になったのです」
「読んでみるか」
リュシアレーデはフリジットからの手紙をマルガレーテに渡した。中身にざっと目を通したマルガレーテは、前言を撤回した。
「解釈違いは無かったようです」
「そうだろ? 大叔父様に取り次ぎを頼む」
「畏まりました」
ヤーナの侍女が元騎士で武器を隠し持っていることに難色を示したが、フリジットからの手紙を見せると態度が一変した。辺境伯が姪を溺愛していることは有名な話だった。




