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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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26.格上の身分

 人払いを解除してサブルはお茶を用意するように侍従に伝える。足音が聞こえなくなってからフリジットはサブルに問いかけた。


「あの話は本心かしら?」


「孫娘のことは本心だろうが、他は嘘ではないが、というところだな」


「そうね。嘘偽りは無い。ヤーナへの思いもあるけど、隠していることもある」


「少なくとも彼らはマクガレー公爵家の者だ。ヤーナを穏便に帝国に連れて来るようにと密命くらいは受けているだろうな」


 サブルはナイドンの腹の底の読め無さに警戒を示している。帝国公爵家の執事が雇い主の息子に解雇を言い渡されたからと国を出ていることに違和感を感じる。マクガレー公爵家を貶めたい者たちからすればナイドンは機密の塊のような存在だ。そんな存在がふらふらと他国を移動するなどあり得ない。


「ジリタニスとしては迎え入れたくは無いが……」


「ヤーナが信用しているから無下にもできないものね」


「純粋にヤーナを保護している訳では無いから、こちらも強く出られないしな」


「ビリワナ王国への牽制になるものね。でも、ヤーナまであんな思いして欲しくなかったわ」


「……そうだな」


 ビリワナ王国で番に関する騒動が起きたのは初めてではない。そして、そのことを記憶している者も多数いる。フリジットとサブルは、過去の騒動の時に渦中にいた。忘れたくても忘れられない痛ましい出来事だった。

 侍従が淹れたお茶を飲んでからフリジットは応接室を出た。屋敷の中では自由にしていたが、今は警戒をしなければならない。帝国に対して強気で出られないビリワナ王国はローベルトの入国を無条件で許す。さらに帯刀しての行動も不問にするだろう。


「フリジット様」


「叔父様は何と?」


「決断の時が来たとの仰せです」


「あらあら大変なことになったわね。ビリワナ王国は耐えきれるかしらね」


 フリジットはサブルについて帰国していた護衛騎士から伝言を受け取る。面白そうに笑い、これから起きることを想像した。内政も外政も不可よりの可を地で行くビリワナ王国は僅かな綻びで国があっという間に傾きかねない。


「フリジット様にお聞きしたいことがあります」


「何かしら?」


「アンダルト帝国の公爵子息がフリジット様に剣を向けたと聞いております。不敬罪で処刑されましたよね?」


「あら? 知ってて聞いているでしょ? 生きてるわよ。ただ、ビリワナ王国に対応を依頼したのだけど、のらりくらりなのよね。本当に昔から変わらないわ」


「今からでも遅くはありません。首を要求するべきです」


「でもね、彼の首が王族の命と同等だとは思えないのよ」


 フリジットは困ったように手を頬に当てる。万が一、フリジットの命が失われていた時と同じだけの損害がローベルトの死で起きることはない。あっても無くても何も変わらない。


「それに、わたくしの価値があの程度の子息と同じと言われるのも癪よね?」


「当然でございます」


「公爵子息が死ねば、ヤーナが悲しむわ。あの程度の男がヤーナの心に残る続けるのは許せないのよ。アティカスと同じところに……いいえ、きっとそれ以上の思いで残るわ。だから、生かしておくのよ」


「フリジット様のお心のままに」


 王族として生まれ育ったフリジットは政略のために自分の心を切り離す必要性を知っている。それでも権力者の戯れで振り回される理不尽さを知らないわけではない。


「もう十分だと思うのよ。ビリワナ王国の腰巾着もアンダルト帝国の傲慢さも。タルルダ王国が振り回される必要は何一つ無いわ」


 フリジットは窓から見える庭を見ながら小さく呟いた。部屋に戻ると叔父宛の手紙を書いた。今までタルルダ王国へ表立って連絡をしたことはなく、ビリワナ王国はフリジットが何の不満もなく過ごしていると信じている。


 他国への手紙は全て検閲されるが例外もある。他国に滞在している王族が自国に向けて送る場合だ。越権行為になるため開封はできない。その決まりを使って送られた内容はビリワナ王国を騒がせた。おかげでヤーナが出国したことへの目眩ましになった。


「フリジット。お茶でもどうかな?」


「あら、良いわね」


「タルルダ国王がビリワナ国王に抗議をしたことで我が家に登城命令が来たよ」


「まあ! 命令できる立場では無いというのに。残念ね」


「まったくだ。バンプリス公爵家と関わりを一切持たないことが条件のひとつだと言うのに」


 サブルは紅茶を淹れると先に口をつけた。それを見てからフリジットも紅茶を飲んだ。これもかつての事件を収束させるための条件のひとつだ。それを忘れてしまっているビリワナ王国へタルルダ王国が重い腰を上げた。


「本当に契約という物を軽くみていますわね。それは帝国も同じですけど」


「どうする? 登城してみるかい?」


「バンプリス公爵夫妻が城にいないなら行って差し上げてもよろしいと返事をしておいて」


「わかった」


 フリジットは少しだけ楽しそうにサブルに答えた。目の前のことにしか意識を向けられないビリワナ王国は、ヤーナのことも帝国からのことも記憶の彼方に追いやった。


 登城する日は結婚してから一度も社交界に現れないフリジットを一目見ようと多くの人が集まり、沿道には多くの貴族が並んだ。さすがに当主夫妻クラスは安全のためにいないが、それ以外の貴族全てが揃い踏みしたと思えるほどだった。国王の就任記念祭や王族の生誕パレードでもこれほどの人は集まらない。


「あれは……」


「あら、バンプリス公爵家の馬車ね。わたくしの要望は叶えられなかったのかしら?」


「本当にフリジットを軽くみているね」


「せめて隠すくらいはしてほしいわね」


 城の中に馬車で乗り入れると正門前で止まった。サブルのエスコートで馬車から降りると近くの貴族たちに向けて手を振る。フリジットは王族だ。国が違っても貴族は民という位置付けだ。


「フリジット、あちらを」


「あら、バンプリス公爵夫妻だわ。ここで話をするつもりかしら?」


「折角だ。良い機会じゃないかな?」


「そうね。今の若い方たちは知らないものね」


 フリジットは意気揚々と近づいてくるバンプリス公爵夫妻を冷めた目で見る。その視線を向けられながらバンプリス公爵は、フリジットに何かを乞うような視線を投げかけた。微塵も答える気のないフリジットは微笑を浮かべたまま微動だにしない。


「ここで会うなんて奇遇ね。あ、別に悪気は無いの。でも、社交界に出ない侯爵夫人が登城するって聞いて、これはきっと何かあると思って駆けつけたの。ね? ジョルジオ」


「あぁ」


「お気遣いありがとう。でも、外交官でもない一介の公爵夫妻に心配してもらわなくても大丈夫よ」


「何ですって! たかが侯爵夫人の貴女を私が気にかけてあげたのに、お高く止まってるんじゃないわよ」


「バンプリス卿。貴方の奥方は面白いことを言うのね。わたくしが、たかが侯爵夫人でもあるけど、それだけではないことを説明してあげて?」


 フリジットに笑顔で水を向けられたジョルジオは、怒り心頭の妻の肩を叩く。周りの貴族たちはフリジットの立場を理解している者が多い。バンプリス公爵夫妻を嘲笑っている貴族は多かった。

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