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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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25/42

25.策略の落涙

 フリジットはタルルダ王国の王女としてビリワナ王国の王太子に嫁ぎ、ゆくゆくは王妃になることが決まっていた。国としてはタルルダ王国の方が上で、国の約束であっても反古にされたくないビリワナ王国は、フリジットを単身で留まらせることを要求する。十五歳のときに留学という名目で来てから一度も帰国できていない。


「それにビリワナ王国に居ては余計な訪問があるでしょう? 王家の使者がヤーナの登城を命じたら少し面倒だもの」


「その点、タルルダ王国に居れば、彼らは手出しできないよ。それは王家であってもね」


 二人の笑顔に後押しされてヤーナはタルルダ王国に向かうことにする。落ち着いて考えたくても周りがそうさせてくれない。ヤーナには一人で考える時間がまだまだ必要だった。

 部屋に戻ると、シュリナとエルザは荷造りを始めた。身一つで追い出された頃を思えば私物が増えている。全てを持っていくことは難しいから選ばないといけない。


「シュリナとエルザは一緒に来てくれるのね」


「もちろんです」


「私たちはどこまでもついて行きますよ」


「この薄紫のドレスは絶対に外せないわね」


「こっちの深い青でしょ」


「ふふふ」


 二人の言い争いを聞いてヤーナは声を出して笑う。塞ぎ込むことが多いヤーナが笑ったことにシュリナとエルザは密かに視線を合わせて会話する。

 友人のところに遊びに行くという建前であるためナイドンは留守番をすることになった。ジリタニス侯爵としてはナイドンの扱いに困るところはあるが、ヤーナが信用しているから受け入れているように見せていた。


「気をつけて行っておいで」


「楽しんでらっしゃい」


「はい。行ってきます」


 馬車は軽快に走り検問所へ真っ直ぐ向かう。事前にタルルダ王国の通行許可証があるためヤーナたちは足止めされることなく入国できた。隣同士ではあるが他国のため簡単に行き来することはできない。フリジットもビリワナ王国の王都に行くよりも里帰りする方が近いのだが、それはビリワナ王国が許さない。


「さて、話をしなくてはいけないね」


「そうね。ナイドンには色々と聞いて置かなくてはならないわ」


「嘘偽り無くお答えします」


 サブルは見送りの中に静かに控えていたナイドンに声をかける。ヤーナには見せることの無い冷たい無表情だった。フリジットも王女としての風格を滲ませる。そんな二人を前にナイドンは焦る様子もなく静かに答えた。

 人払いをした応接室に三人は向かい合う。使用人であるからとナイドンは座ることを固辞した。サブルとフリジットは、それ以上勧めようとはせずに口火を切る。


「マクガレー公爵子息を我が家に押し入らせたのは君の手引きだろう?」


「はい。その通りでございます」


「なぜ、そのようなことを? 我々にマクガレー公爵子息と同じことをさせたかったのか?」


「いいえ。都合が良いと思われることを承知の上で申し上げます。マクガレー家は良くも悪くも上位貴族でございます。悪政を敷く訳ではありませんが、下の者は従って当然と思ってございます」


「まあ、それは上位貴族である我々も似たようなものだから強くは言えないが」


 ジリタニス家は侯爵で、フリジットは王女だ。ファルコ男爵家に対して身分を笠にきた対応で追い返した。ナイドンの言葉に苦笑を滲ませる。


「身分が悪いとは申しません。ですが、ヤーナ様には公爵夫人としての教養や品格を求めますが、ローベルト様には公爵当主として必要なことを求めたことが無いのでございます」


「どういうことだ?」


「上位貴族としての教養は修められています。ですが、足りない部分は下の者に補わせる。この場合はヤーナ様です。公爵当主として不適格だと周りに思われないようにヤーナ様に全ての重圧を背負わせていました」


「途中でごめんなさいね。その全てというのは?」


「文字通りでございます。当主がおこなう執務全てをヤーナ様がまとめて最後の確認をローベルト様がする。雑事というのは上の者がする仕事ではないという教育係の言葉を過大解釈したようです」


 ナイドンは直立不動で淡々と語る。貴族という者は、領主は、そこに住む民たちが恙無く暮らせるように管理する役目だ。その対価に平民より豪勢な暮らしをしているに過ぎない。

 サブルは眉間に皺を寄せている。フリジットは生まれたときから上の立場だが、他人任せにはしない。その危険性を誰よりも教えられているからだ。


「当主夫妻がローベルト様の考えに気づかれた時には手遅れでした。遅くにできたお子ということもあり、手を差し伸べ過ぎたということも要因のひとつではあります」


「公爵家という立場を考えれば、頭を下げるのは皇家か公爵家……いや、公爵家も対等だな」


「頭を垂れるべき相手がほとんど居ないということもあり、自分の思い通りにならないという考えに至らないのでございます。わたくしの立場であれば、語ることは許されないことではありますが、ローベルト様の行動ひとつで帝国が諸外国と戦争になりかねません。それだけは避けたく、愚考いたした次第にあります」


「帝国のため、と言えば聞こえは良いが、そのためにビリワナ王国とタルルダ王国を利用したというなら話は変わってくる。そこはどうだ?」


 サブルは足を組み直してナイドンに再度問う。帝国が越権行為をしたというなら明日にでも宣戦布告を出すことになる。


「利用したことには変わりありません。しかし、帝国のためという意図はございません。ただ、個人的にヤーナ様に幸せになっていただきたかった。それだけです」


「どういうことだ?」


「これからの話は侯爵の胸の中に秘めていただきますようお願いします」


「分かった」


「わたくしも」


「……生きていれば、ヤーナ様と同じ年の孫娘がおりました。十年前、婚約者の番に殺されました。ローベルト様と同じ理由で、番に触れたからだと」


 ナイドンの告白にサブルとフリジットはかける言葉を失った。ヤーナと同じ年だというならナイドンの孫娘は七歳だ。まだまだ可愛い盛りで未来もあった。

 帝国では番のための殺人は罪にすらならない。寧ろ番への愛情表現として捉えられているくらいだ。当事者となった者の悲しみは計り知れない。


「孫娘の婚約者は同じ年でしたが、番の方は十七歳上の二十四歳でした。女性軍人で配属されてからの初警邏中のことで、孫娘は逃げることもできずに…………帝国では婚約者が番ではない場合、相手の番が見つかれば身を引くようにと教えられます。大抵は番だと分かると抱擁から始まるので離れることが可能です。ヤーナ様や孫娘のようなことは稀であります。だからこそ最大限の愛情表現と言われているのですが――」


「そうか。いや、辛いことを話させたな」


「ご配慮痛み入ります。今でも孫娘の婚約者が番であったならと思うことがあります。同じ年のヤーナ様を見たときに孫娘が成長したのなら、このような少女になっていたのかもしれない、と。孫娘は助けられませんでしたが、ヤーナ様は生きていらっしゃる。あの時のような後悔はしたく無いものです」


「いや、そんな話を聞くと私たちが打算めいてしまうな」


「そうね。実際そうだもの。仕方ないわ」


「ナイドン。君の立場は難しいが、ヤーナのために頼むよ」


「かしこまりました。失礼します」


 背筋を伸ばして何も無いようにしているが、瞳には涙が滲んでいた。帝国にいたときは純粋に孫娘を悼むことができなかったはずだ。サブルとフリジットは名前も知らない少女へ黙祷を捧げた。

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