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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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24.家格の威厳

 黙っていたサブルは穏やかな笑みを消して男爵夫妻に向き合う。態度が変わった夫に気づいたフリジットはヤーナの手を優しく握った。

 ナイドンは軽く頭を下げて壁際まで下がる。ヤーナだけが言っているならいくらでも否定できるが、流石に他国の上位貴族に命令することが非常識だとは認識していた。


「それで、個人的に親しくしている訳でも無いのに、侯爵家に何用だ?」


「私どもの娘に会わせて、」


「ふふふ、ごめんなさいね。笑ってしまって」


「いえ、」


「言葉が通じていないみたいで、つい笑ってしまったわ。夫は、名乗りも無いが、侯爵家より上なのか? と聞いていたの。だって社交界に出なくとも爵位を継いだのなら、いの一番に気を遣うところだもの」


 恥をかかされたと顔を赤くするが、初対面の貴族なら名乗り合いを経てから本題に入る。夜会なら場を盛り上げるために世間話をすることはある。だが、相手の邸宅に押し掛けている以上は礼儀を忘れることは致命的だ。


「失礼ではないか? 夫人。私は社交界に参加している。それを出ないなどと」


「気にするのは、そちらなのね? わたくしは名乗れと言っていますのに、それともビリワナ王国とわたくしの祖国のタルルダ王国とは使う言葉が違うのかしら? ごめんなさいね。気づかなくて、ふふふ」


 フリジットは笑みを絶やさないが、ようやくファルコ男爵は目の前の夫人が他国の王女だということに気づいた。男爵夫人は口元を隠そうと扇を取り出そうと、ドレスの裾に手をやるがフリジットに視線で止められる。部屋に入る前から手に持っておくのがマナーだ。今から出すなど、隠し事をしますと宣言しているようなものだ。


「それで……どちら様かしら? ごめんなさいね、この国の文化に不慣れで」


「いえ…………私はファルコ男爵家の当主のゼネジ。妻のエレーベラです」


「それで、ファルコ卿は何故、先触れも出さずに当家へ?」


 儀礼的に訊ねたサブルにゼネジは顔を真っ赤にして反論しようとしたが、相手が格上だと思い直し咳払いで誤魔化す。仕切り直そうとカップを持ち上げたが、空であることに気づいて再度、咳払いで誤魔化した。


「娘に会わせてもらいたい」


「娘というとファルコ男爵には嫁いだ娘が()()いたな。会わせて欲しいというなら嫁家へ行くべきではないか? もちろん先触れを出してだが」


「分かっていてはぐらかすのは止してもらおう。三女ヤーナのことに決まっている。少し誤解があったが、親子喧嘩など良くあること。それを大袈裟に騒ぎ立ててみっともない。いい加減、拗ねるのは止めて戻って来なさい。侯爵家に迷惑をかけるな」


「そうよ。私たちは貴女のためを思って厳しくしただけで、本当に除籍するつもりは無かったのだから。ほら、誤解は解けたわね? 家に戻ってらっしゃい」


 ヤーナが自分たちの言うことに反発するとは欠片も考えていない男爵夫妻は聞き分けの無い子に対するように叱責する。その様子をサブルとフリジットが冷めた目で見ていた。


「お金のためじゃない」


「ヤーナ、何を言ってるの?」


「お金のためだと言ってるのよ! 私がいなくなれば、公爵家から宝石が貰えないから! 国から報奨金が貰えないから! 帝国の公爵家と親戚だと自慢できないから! 出来損ないの子を持つと大変だ、と同情を買えないから! 全部全部自分たちのためでしょ」


「いい加減にしなさい、他所様のお宅で騒ぐんじゃないの!」


「その通りだな」


「ほら見なさい。侯爵も言っているのだから……」


「騒いでいるのは夫人だろう」


「えっ?」


 親として正しいことをしていると思っていたエレーベラはサブルの言葉が理解できずに呆然とした。妻を守ろうと口を開きかけたゼネジだが、何も言わずに引き下がる。フリジットがエレーベラを見つめていたからだ。


「そのブローチ」


「えっ?」


「そのブローチ、とても素敵ね。蔦と三日月の意匠は珍しいわ」


「ええ、とても気に入ってますの」


「お気に入りになっても仕方ないですわね。マクガレー公爵家の家紋ですもの。でも、たかだか縁戚というだけで着けることを許すとは、かの家も落ちたものね」


 フリジットは、残念だという態度を隠さずに溜め息を吐いた。家紋入りの装飾品を身に着けるのは、その家紋の名を持つ者か、庇護下に置くことを認めた者だけだ。ヤーナは、グルベンキアン公爵家の庇護下にあるから家紋入りのブローチを着けることが許された。

 エレーベラは、反論したかったが夫のゼネジが腕を掴んだため機会を逃した。ゼネジはフリジットが言葉の裏に隠した意図に気づく。高位貴族の家紋入りの宝飾品を身に着けることは、庇護を意味するが、同時に問題を起こせば、家紋の家に泥を塗ることになる。


「まあ、縁戚でもないわね。マクガレー公爵家はファルコ男爵家との婚約を破棄したもの。かの家が他国の男爵家が勝手に威を借りたことを黙っているかしらね?」


「約束の無いお客様がお帰りだ。お見送りしろ」


 ヤーナを連れて帰れば、マクガレー公爵家ひいては帝国の威を使うことができると考えていたゼネジは、思惑が外れたことに顔を青くする。いくら番の生家であっても男爵家が、公爵家の権力を勝手に振りかざしたことを見逃してくれるとは思えない。現状はブローチを着けていただけで、まだ誤魔化せた。


「ヤーナ。よく言えたわ。頑張ったわね。さすが私の娘」


「良くやった。疲れただろう。ゆっくり休みなさい」


 思いの丈を言ったところでヤーナを下に見ている彼らが心を入れ替えるはずもなく、またほとぼりが冷めた頃に言ってくることは目に見えている。サブルがビリワナ王国を離れていたのは、分かりやすく権力を見せても喉元を過ぎれば忘れてしまうファルコ男爵対策のためだ。

 ヤーナは、シュリナに付き添われて応接室を出る。扉が閉まり、声が届かないくらい離れたことを見計らってからフリジットは口を開く。


「……本当に困った方たちだこと」


「爵位というものを軽んじているようだ」


「あまり私を怒らせないで欲しいわね」


 もう一度、先触れもなく来れば、憲兵に引き渡すつもりでサブルは私兵を待機させたが、マクガレー公爵家の不評を恐れてファルコ男爵夫妻は屋敷に引きこもった。こちらに来ないのならと、ヤーナをビリワナ王国から一時的に出す手筈を整えた。

 フリジットを溺愛しているクラナスト辺境伯は、ビリワナ王国を許していない。むしろ、憎んでいると言ってもいい。だが、王弟という立場もあるため個人的感情で戦争を仕掛けるような節操なしでは無かっただけだ。


「私がタルルダ王国にですか?」


 昼食を摂ってからお茶をするのが日課になり、フリジットはヤーナに叔父のことを話す。サブルが帰国のときには国王の孫娘からの手紙を預けられた。ヤーナの七つ上になるが、お転婆という言葉では片付けられないほどの行動力がある。


「ええ、わたくしのお兄様の娘、つまりは王太子の娘なのだけど、話し相手を探しているの。ただ、国内では見つけられなくてね」


「同年代の方がいらっしゃらないのですか?」


「そうね。いない訳じゃないのよ。ただ、会えば分かるわ」


 フリジットはビリワナ王国を出ることがない。姪っ子のことも手紙で知っているだけだ。

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