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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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23/42

23.戦いの結末

 馬車では目を閉じて何も言わないヤーナを痛ましげに見ているフリジットと重い沈黙が場を支配していた。もう少しで侯爵家に到着する頃にヤーナは目を開ける。フリジットは一瞬で表情を隠し、優しい笑みを浮かべた。


「フリジット様、私は一言、謝って欲しかった。ただ、それだけなんです」


「そうだったのね」


 十二歳で離れるまでは家族なのだからとヤーナは、自分への扱いを正当化しようとしていた。だが、男爵家に訪れる数少ない他家の家族の在り方を見て、違うのだと嫌でも認識させられた。


「よく頑張ったわね」


「私のことは家族じゃなかったんですね」


 ヤーナの小さな呟きにフリジットは答える言葉を持っていなかった。貴族なら家のためになることを求められる。時には家族としての情を捨てなければならないときもあった。それでも成人もしていない少女が求められることではないことも確かだ。

 家族としての関わりが薄くても幼い頃からの意識は簡単には変えられない。侯爵令嬢という立場からファルコ男爵家を見る必要があった。大きく変わった関係性にヤーナの心は整理が追いつかず、四阿に座って花を眺める日が続いた。


「ヤーナ」


「フリジット様」


「きちんと耳に入れた方が良いと思って、落ち着いたら読んでね」


 貴族の関係図や婚約などが月に一回、新聞で知らされる。多くは高位貴族のことが書かかれる。帝国から戻ってきたヤーナが男爵家から侯爵家に入ったことが詳しく載せられていた。


「私が除籍を強要されたことは書いてないのね……アティカス様……――どうして殺されなくてはいけないの?」


 ペリグレイ侯爵家の次男が不慮の事故で死亡したことが知らされた。さすがに帝国公爵の長男に殺されたとは書けなかったようだ。この新聞には王家の検閲が入っているため、不都合な真実は隠されている。


「事故を目撃したであろう令嬢の行方を探している……私が事故を起こしたとでも言うのかしら? …………そうね、間違ってないかもしれないわね」


 帝国から戻って男爵家から籍が抜けたことを理由にアティカスとの繋がりを避けていれば良かった。あの時点では仮平民だったのだから、貴族と、それも侯爵家の次男と会話などできる身分ではなかったのだから。


「私に罪を着せて、国外追放の名目で帝国に渡したいのね」


 小さく書かれていたが、ベーチェとネモファルナの二人が公爵夫人主催の茶会で、マナーの無さを披露したことが明らかにされた。ヤーナは知る前に帝国に行っていたから影響力を知らないが、ネリーの一言は家の命運を左右するほどに重要だ。


「ヤーナ」


「フリジット様」


「読んだのね」


「はい。読みました。私が番を破棄されたことは、何一つ書かれていませんでした」


 むしろ、ヤーナが番として力不足であったかのような書き方だった。跡継ぎを生むことができないから婚約の破棄をされ、王国に戻ったことにされる。十二歳の少女が子どもを産んだのなら、諸外国から非難されるということには考えが至らないようだ。


「王国は諦めていないようね」


「私は命令されたから帝国に行ったのに、帰って来たら犯罪者扱いでした。それなのにまだ私に忠誠を求めるのですね」


「サブルがもう少しで帰ってくるの。その時に考えましょう」


 フリジットの叔父の家に行っていたサブルから帰国の連絡が届く。サブルの帰国の日はフリジットとヤーナで出迎える。ただ、間が悪いことに先触れもなくヤーナの生家の男爵家が侯爵家に来た。


「お帰りなさい、サブル」


「お帰りなさいませ、サブル様」


「ただいま。お土産を買ってきているから後で見てね」


「ええ、楽しみだわ」


 馬車からの荷物を運ぶために玄関が開け放たれていた。だから、門の前での騒ぎの声が離れていても聞こえる。一際大きな声のファルコ男爵当主の声に、ヤーナは肩を震わせた。

 フリジットが然り気無く肩を抱いて部屋に連れて行く。分かりやすく顔を顰めたサブルに気づいた執事が玄関で騒ぐ夫妻に帰って貰おうと対応に出た。


「ヤーナ、大丈夫?」


「フリジット様」


「温かいものでも飲んで落ち着きましょう」


 フリジットの私室にヤーナを案内し、ソファに並んで座る。シュリナがハーブティーを淹れて、二人に差し出した。


「フリジット、ヤーナ、大丈夫かい?」


 扉を叩いて向こう側からサブルが声をかける。控えていたシュリナにフリジットは合図を出す。静かに扉を開けた。


「すまないね」


「大丈夫ですわ」


「追い返すつもりだったのだけどね。王家からの嘆願書があり、面倒なんだ。ヤーナは養子に出したが、子であるから会わせろ、と」


「まぁ! 本当に王家は、ろくなことをしませんわね」


 フリジットは少しだけ目を細めた。当時もだが、悪知恵だけは働く王家のことだ。ジリタニス侯爵家が表立って断れない理由をつけてきた。ヤーナがファルコ男爵家で冷遇されていたことは侯爵家では周知の事実だ。

 だが、他の家から見れば、生家の男爵家の者と会わせようとしない非道な家と見られてしまう。ヤーナが直接、断っても同じことだ。


「会わないということは難しいが、先触れを出さなくても良い訳ではない。いくらヤーナの養子先であっても親戚では無いのだからな」


「サブルもまだ旅装を解いていないのよ。待たせれば良いの。わたくしたちも準備をしなくてはね」


 フリジットはヤーナを連れて衣装部屋に向かう。サブルは執事にまだ玄関先で待たせているファルコ男爵夫妻を一番格の低い応接室に案内するように命じた。旅装を解いたサブルは、風呂にも入って軽食を食べて休憩してから応接室に向かう。


「いつまで、待たせるつもりだ」


「これでも急いだのだがな。なんせ外交から帰ってきたばかりだ。それとも侯爵家より偉いのか?」


「んんっ」


 サブルが来て初めてお茶が運ばれてきた。待たされて喉が乾いていたファルコ男爵夫妻はお茶を一気に飲み干す。控えていたシュリナに目配せをしてお代わりを要求する。視線に気付きながらもシュリナは無視した。


「ヤーナに会わせてもらおうか。私たちは親なのだから」


「今、支度をしている。何せ先触れもなかったもので準備できなかった。ジリタニス侯爵家としては不甲斐ない格好で出迎えては沽券に関わる」


 それから一時間近くしてからヤーナはフリジットに付き添われて応接室に入って来た。待たされたことに文句を言おうと夫妻は立ち上がったが、フリジットに微笑まれて尻込みする。


「ヤーナ、なぜ()()に籍を離れたのだ?」


「なぜ? 帝国から戻った私に、死んでから来いと言って、屋敷から出せと言ったことは覚えていないの?」


「覚えていないも何も言っていないことを覚えているはず無い。何を言っている」


「すでに、署名された除籍申請書を用意していたのに?」


「それは、イドゥーヤが勝手に用意したものだ。良いから早く帝国に嫁ぐんだ。お前も貴族の娘だろう」


 ヤーナの身分が侯爵令嬢となったとしても男爵家が生家である事実は変わらない。帝国に嫁いだことを理由に他の家より上だと思い知らしたいだけだ。


「差し出口を申しますが、ヤーナ様が署名された除籍申請書には、すでに男爵家当主の署名があったように見受けられました」


「使用人風情が口を出すな」


「申し遅れました。わたくしは、ナイドンと申します。帝国で伯爵位を賜っております」


「は、はく、いゃ、そちらの見間違いではないですかな? ははは」


 ナイドンを執事だと思って見下したが、ファルコ男爵家と違ってジリタニス侯爵家は高位貴族だ。使用人であっても貴族籍を持っている。さらにナイドンは帝国公爵家に雇われている。男爵家が雇っている使用人とは訳が違う。

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