22.戦いの続き
険悪になった場を和ますためにネリーは休憩を提案した。もちろん善意からではない。ヤーナが自分で反論できるようにするためだ。
「どうして大事なことを黙っていたの?」
「……王国に戻りました日に、家より出ていくように言われましたので、住むところも決まらず、その日暮らしをして、ようやく落ち着いたのが、最近のことですので、……ファルコ男爵よりお聞きで無いことが不思議ですわね」
男爵家よりヤーナを除籍したことを父親が知ったのは、国王との謁見の最中だ。だが、知ってからはベーチェとネモファルナに知らせることはできた。むしろ、ヤーナが帝国に番として嫁いでいることに対しての報奨金の一部を送っているのだから、その財源が無くなったことを知らせなければ、二つの伯爵家から催促が来てしまう。
「わたくし知っていますのよ」
「な、にを?」
「お姉様たちが、国からの報奨金を数えて、公爵家からのドレスを着て、宝飾品を持って嫁いだことを」
「そ、それが何よ。お父様もお母様も、喜んでたわよ。役立たずの三女がようやく家の役に立ったって」
「そうよ。ベーチェお姉様の言う通りよ。喜びなさい」
自分たちを正当化するためにヤーナを貶める。ほんの少しでも家族としての気持ちがあれば、仕方ないと思えたかもしれない。
「だいたい、番じゃなかったってどういうことよ。お陰で私たちまで詐欺師だと言われるし」
「私たちが嫁家で苦労してることに詫びても良いくらいね」
「そのブローチ……良いわね」
「オッドアイの鷲のブローチは、珍しい。お詫びに貰ってあげるから寄越しなさい」
「ネモファルナ! まずは、姉の私が貰うべきでしょう」
ヤーナに贈られた物を勝手に自分の物にして使うことが日常になりすぎて、二人は麻痺している。意匠は少しだけ流行から外れているが、ベーチェとネモファルナが着けている髪飾りは、五年前にヤーナに贈られた物だ。
売って新しい髪飾りを買おうとしたところ伯爵家に出入りしている商会では買い取りしても販路が無いということで断られた。物は上質ということで使っているが、同じものを使い続けることは社交界で軽くみられてしまう。
「このブローチは、わたくしに贈られた大切な物です。お姉様たちに渡しません」
「生意気なことを言わないで渡しなさい! ヤーナ!」
「いいえ。渡しません。お引き取りを。サモンシュ伯爵夫人、ゼーラリオ伯爵夫人」
「このっ、こっちが下手に出れば付け上がって! いい加減にしなさい!」
ベーチェは思い切り振りかぶってヤーナの頬を打った。音が大きく響き、小さな噴水で水を飲んでいた鳥たちが飛び立つ。ちょうど様子を見に来ていたネリー夫人たちは、ヤーナが叩かれるところを見ていた。
「何をしているのです?」
「ネリー様。大したことではありません。妹が我が儘を言って聞き入れないので、姉として躾をしていただけのことです」
「伯爵夫人が侯爵令嬢に躾だなんて、偉くなったものですね」
「っ、」
三姉妹は、元は男爵令嬢だがヤーナは公爵夫人となるための教育を終えている。その点からでもベーチェとネモファルナが教えることはない。
「わたくしのお茶会で騒ぎを起こして、あまつさえ礼儀もなっていないとは」
「ネリー様は良くお分かりですわ。私たちが何度言ってもヤーナは学ばずに」
「わたくしが言っているのは、伯爵夫人のお二人のことよ。挨拶もなく、言葉遣いも下位貴族のまま。一体、何をしに参加されたのか不思議に思いますよ」
「も、申し訳ありません」
頭を下げているが、視線はヤーナに向けていて不本意であることを隠していない。ヤーナは視線を伏せてベーチェとネモファルナの視線から逃げた。
「こちらに。話を聞かせてもらうわ」
このお茶会でネリーに気に入られるつもりで参加していた二人は、予定が狂ったとヤーナに恨みを募らせていた。五年前から苦言を呈していたネリーにどうして気に入って貰えると思えるのか不思議だが、ベーチェとネモファルナは、強く信じている。
「先ほど我が儘を言って聞き入れない妹に躾をしたと言っていたけど、ヤーナ、貴女は何を言ったのかしら?」
「わたくしの着けているブローチを渡すように言われましたので断っただけですわ。これは、さる公爵夫人から友好の証として贈られたもの。それを他人に渡すということは、その友好を拒否するということ。それを我が儘だと言われても困りますわ」
「そ、それは知らなかったからよ」
「そうよ、そうよ。ヤーナがちゃんと話していれば良いだけのことでしょう」
「いつものように公爵家から男爵家に送られたものだと思ったのよ」
「いつものように? マクガレー公爵家から宝飾品が送られたのは、わたくしが婚約をしたときだけと思っていましたけど、違いましたのね」
婚約が決まったときの支度の一部としてヤーナに宝飾品が贈られたのは間違いない。その全てがヤーナの手に渡らず、そして、娘たちの強欲さを知っていた男爵は少しずつ渡し、大半を自分たち夫妻が使用していた。
「知らなかった、では困るわね。もっと言えば、断られていながら、なお渡すように迫るのは淑女としてどうなのかしらね」
「ヤーナは何も私たちに話さないので、つい咎めてしまうだけです」
「そう。でも、伯爵夫人という立場から男爵令嬢にブローチを差し出すように迫った、とも見れるのよ」
ヤーナの今の身分が侯爵令嬢であっても、ベーチェとネモファルナは、三女としてヤーナを見て話をしていた。伯爵家が男爵家に圧力をかけたと言われかねない行動だった。
「今日は、ここまでかしらね」
「お招きいただきありがとうございます。さあ、ヤーナ、帰りましょう」
「はい」
完璧な礼を見せたヤーナとフリジットは、静かに退席した。高位貴族のお茶会の退席の仕方を知らないベーチェとネモファルナは、視線を合わせて立ち上がろうとする。
「五年ぶりに会う姉妹だから積もる話もあると思ったのだけど、違ったのかしらね? お帰りになって結構よ」
「それでは…………」
「ええ、ご機嫌よう」
ベーチェとネモファルナは、少し駆け足で玄関に向かう。お茶会が長引くと勝手に思って、それぞれの家の馬車は帰してしまっている。仕方なく大通りで貴族用の辻馬車を手配した。
「まったくヤーナのせいで、とんだ恥をかかされる羽目になったわ」
「お姉様に何も言わずにいるなんて、帝国に行って勘違いしたのよ」
「あそこは、“お姉様の言う通りです”って、我が儘を謝罪するところでしょう」
「黙ってるなんて、まるで私たちが悪いみたいに、お陰で礼儀知らずだと思われてしまったわ」
「出来損ないの妹を持つと苦労するわ。ネモファルナ、確か新しいカフェを作ったのよね。今からそこに行きましょう」
ベーチェはゼーラリオ伯爵家が新店舗として開店したカフェに目的地を変更した。高級志向の店で庶民はいないものの、多くの貴族で賑わっていた。
今からでは、すぐに入れないのだが、ベーチェはネモファルナに何とかさせるつもりで話題にした。ネモファルナも伯爵夫人でありながら夫から利用を控えるように言われていて、これ幸いにとベーチェの案に同意する。




