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2.使用人たちの愛情

 ヤーナが五年間、生活していた部屋からは荷物が運び出されていた。その陣頭指揮を取っていたのは、ナイドンの後継者と言われているノーダスだ。細かく指示を出しながら本当に部屋のものをひとつ残らず持ち出している。


「ノーダス」


「ナイドンさん、ローベルト様のお言いつけ通りに部屋のものは全て出しています」


「・・・そうか」


 忙しなく動いている者は、皆、隠してはいるが泣きそうだった。ノーダスも悔しさを滲ませながら指示を出す。ただ、決意のようなものを瞳に宿していて、何かを企んでいるのは明白だった。


「はい。明日には内装業者が来ますので、カーペットと壁紙が剥がせます」


「はぁ。やりすぎだ」


「ローベルト様の指示で全てと仰せつかりましたから」


 急に出ていくことになり、それも一週間以内という横暴に使用人たちは、腹を立てていた。番だからと言って、まだ親の庇護が必要な年齢のときから、たった一人で異国の地で頑張ることになったのだ。しかも今さら間違いだったと判明したから返すという。

 人族の国の文化に疎くとも、十代の前半に婚約者を決めて、十代の後半で結婚する、または学院の卒業と同時ということくらいは知識としてある。ヤーナが国に帰っても貴族令嬢としては行き後れで、まともな嫁家が無いことも少し想像すれば分かることだ。


「ヤーナ様、お荷物は全て馬車に積んでおりますので、ご安心ください」


「ええと」


「ローベルト様をお止めできず、ヤーナ様を追い出すことになり、申し訳ございません」


「そんな、みんなには良くしてもらったもの。顔を上げて」


「・・・準備に時間がかかります。今夜は客間をお使いください」


 ヤーナの帰国の準備に一週間と言っているが、今日にでも追い出すつもりだったローベルトは、時折、ヤーナの荷物が運び出されているか確認に来る。ここで顔を合わせれば、居座るつもりかと言い掛かりをつけかねない。

 皺になることは分かっているが、ヤーナはドレスを握り締めることで泣くのを我慢した。ナイドンの案内でローベルトの部屋から一番遠い客間に入る。


「・・・本当に、番の破棄なのね」


「ヤーナ様」


「好きだったのよ。ちゃんと、好きだったの」


「はい。知っておりますよ」


「シュリナ。私の何が駄目だったの? 番じゃなかったって。番ってなに? 私はなに? うっ、ううっ、うわぁ」


 ソファに座るヤーナの隣にシュリナは座って肩を抱き締める。背中を優しく撫でるしかできないが、それでもヤーナの側に黙って寄り添う。

 今日は、次期公爵夫人としての教育を終えた日だ。あとは、夫となったローベルトと一緒に実地で、現公爵夫妻から仕事を引き継ぐことになっていた。


「ヤーナ様、お側におりますよ」


「うっ、うっ、っ」


 公爵家の実情を知っているヤーナが国に簡単に返されることはない。ナイドンは帰国のための準備もなく返すローベルトの意図に気付き、侍女二人ーーシュリナとエルザーーを付けた。ヤーナは知らないが、元軍人の二人は護衛としてうってつけだった。


「・・・眠ってしまっていたのね」


「お目覚めですか? ヤーナ様」


「エルザ」


「目が赤くなってしまいましたね。少し冷やしましょう」


 泣き疲れたヤーナを着替えさせてベッドに運んだのは、シュリナとエルザだ。番の破棄を告げられた心労もあったヤーナは、半日以上眠っていた。交代で休憩を取りながらヤーナを見守っていた。


「ついて来なくても良いのよ。ビリワナ王国は人族の国だもの。エルザやシュリナは目立ってしまうわ」


「何をおっしゃいますやら。私もシュリナもヤーナ様のお側にいますよ」


「でも・・・」


「初めてお会いしたときのことを覚えていますか?」


「覚えてるわ。だって、忘れられないくらい衝撃だったもの」


 番となったヤーナを一日でも早く連れ帰りたいローベルトは、帰国の行程を短縮させた。そのせいで、公爵家に着いたのは夜更けも良い時間だった。大変だったのは、ローベルトの番が人族の十二歳の少女ということで、急遽、年の近いエルザとシュリナが専属侍女に選ばれる。


「夜も遅くに旅慣れしていない少女のお世話を仰せつかりました」


「お風呂に入れて貰いながら寝てしまったわ」


「はい。シュリナが支えて、私が御身を洗いましたね」


 何という強行をしたのかとローベルトは、起きてきた公爵夫妻に叱られる。そんな事情も知らずにヤーナは寝仕度を整えてもらい寝ようとベッドに入った。エルザとシュリナも一度、使用人部屋に戻った。


「わたくし、エルザとシュリナの怒鳴り声で目を覚ましたのだったわ」


「怒鳴り声を上げたくなりますよ。ローベルト様は、夜這いをしていたんですから」


 ヤーナは十二歳の少女だったが、ローベルトは、二十六歳の青年だった。年相応の欲もあれば、獣人族特有の番への欲求もある。

 たまたま水差しを忘れていたと、エルザとシュリナが戻って来なければ、初夜を迎えていた。


「後で聞いて驚いたのよ」


「確かに獣人族は、早いうちの妊娠を推奨されてますが、十二歳は無いです。せめて十五歳です」


 手紙で番を連れて帰ると知らされた公爵夫妻は、正規の手続きを、と連絡をする前に迎え入れることになった。つまり、婚約の手続きの前に既成事実ができるところだ。また起こされた夫妻は息子の所業に怒り狂い、エルザとシュリナの同席無しに会うことを禁じた。


「シュリナと誓い合ったのです。ヤーナ様がきちんと結婚式を迎えてから初夜を終えていただこうと。こちらの事情で何の準備もなく連れて来られたのですから、せめて人族の風習で嫁いで欲しかったのです」


「ありがとう」


「もう少しお休みください」


「手を握ってくれる?」


「もちろんです」


 二時間ほど寝たヤーナに出発の準備ができたとナイドンが伝えに来た。執事服ではなく、旅装であるナイドンにヤーナは、目を丸くする。驚くヤーナにナイドンは片目を瞑ってみせた。


「昨日の今日ですので宿が取れませんでしたので、知り合いの家で改めて身仕度をいたしましょう」


 ローベルトは、見送りもせずにヤーナが出発したことを報告だけ受けた。

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