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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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17/42

17.差し出された手のひら

 サブルがいないからと、フリジットはヤーナを衣装部屋に誘った。娘ができたらドレスを選びたいと思っていたそうだ。

 フリジットがビリワナ王国に嫁いだのは十代の頃だ。そのときのドレスが残されていた。


「これとか良いと思うの」


「フリジット様、それは……」


「エルザとシュリナも良いと思わない?」


「ヤーナ様にとてもお似合いです」


 華美なものを好まないが、同じ年の令嬢よりも着飾ろうとしないヤーナに、エルザとシュリナは虎視眈々と機会を狙っていた。フリジットに強く出られないヤーナは、しぶしぶドレスに着替える。


「着飾ることはね、戦うための準備なの。自分自身を守るための戦い」


「戦い……」


「そう。丸腰で戦場に立つ兵士はいないわ。武器の手入れをしない兵士も。わたくしたちの戦場は夜会やお茶会。少しでも自分の方が上だと見せるために着飾るの」


「でも……」


「ヤーナは、きっと夫人としての戦い方は知っていても令嬢としての戦い方は知らないと思うわ。令嬢としての矜持の守り方を知らない貴女に、王国は牙を向けている。ヤーナが何も知らないことを良いことに、従う以外の道を閉ざしているの。ゆっくりと考えて」


 ファルコ男爵家の三女として生まれて、どうして兄と同じ男では無いのか、どうして姉たちと同じように夜会に出ないのか、家に居るだけで何もしていない役立たずだと、散々言われ続けた。大金と引き換えに帝国に売られるようにして、送られた。

 どうしてヤーナだけが、与えなければならないのか。それが当然だと、どうして言えるのか。


「わたしは、公爵夫人となるために頑張ってきました」


「ええ、所作を見ただけで分かるわ」


「頑張ったのに、どうしてまだ頑張らないといけないの? それが許せない」


「怒っても良いのよ。恨んでも良いの。それだけのことをしたのだから」


「フリジット様」


 自分たちが得をするための都合の良い令嬢がヤーナだ。国として男爵家に命じて、税収に匹敵する金を渡せば、喜んで差し出す。帝国で生きていれば、貿易で有利に働く。自分の家の娘が選ばれないのであれば、特に問題はない。

 言葉にならない思いをただ吐き出す手段として涙を流す。ヤーナが泣き止むのを待ったフリジットは、お湯と化粧道具を持って来させる。


「家でならいくらでも泣いて良いのよ。そして、外では涙一粒も流さない。泣き方を覚えなさい。それがヤーナに必要なことよ」


「うっ……っ」


「顔を洗ったら化粧をしましょう。化粧も武器よ」


 ヤーナは成人の祝いの夜会に王国でも帝国でも参加していない。帝国では、ローベルトが邸から出すのを嫌がったため、豪勢な食事で祝うに留まった。

 フリジットは、エルザとシュリナに王族主催の夜会に出席するときの装いをするように指示した。


「夜会に出たときに失敗しないように、日頃から練習は必要よ。鏡をご覧なさい。戦いに赴く貴女は綺麗よ」


「これが、わたしですか?」


「ヤーナ、よく似合っているわ。さすが、わたくしの娘よ。忘れないでね。ジリタニス侯爵家の唯一の子が貴女なのだから」


 フリジットの言う唯一の子という言葉に応えようと、ヤーナは少しだけ服を変えた。飾りのない服から袖や裾に刺繍やレースが縫われた物になる。色味は落ち着いたものだが、気持ちを持ち上げるためにヤーナが選ぶようになった。


「ヤーナ様、お茶を用意しましょうか?」


「今は良いわ。ねぇ、エルザ、シュリナ」


「はい。何でしょうか?」


「わたし、ローベルト様に花をもらったこと無かったなぁって思うの」


 一番、陽当たりの良い部屋を自室にしてもらったヤーナは、バルコニーでお茶を飲むのがお気に入りだ。見下ろすと、色とりどりの花を見ることができ、落ち着ける場所として、一日の多くをバルコニーで過ごしている。


「いつも部屋に花は飾られていたけど、ローベルト様に贈られたことは無かった。ただ、公爵夫人教育が進めば、喜んだ顔をして、結婚ができると言われただけ」


「ローベルト様とお茶をされても領地の歴史の話が多かったですね」


「いずれ嫁ぐのだからと思っていたけど、わたしローベルト様の好きな食べ物も好きな色も知らないわ」


「ヤーナ様……」


 どんな会話をしてきたか、十二歳のときからのことを思い出している。年上ということもあるが、基本的にローベルトは外で仕事をして帰ってくる。そして、何をしていたかヤーナのことを聞くが、お互いに好きなことを話した記憶はない。


「ローベルト様は今から公爵夫人になれる令嬢を探すのが大変だから、わたしを番だって言い出したのね」


「それは……」


 獣人同士なら匂いで分かるが、人族となると簡単にはいかない。番と言っておけば、どんな身分でも貴族と結婚ができる。都合の良い相手を手元に置くための免罪符のような物だと、ヤーナは最近、理解するようになった。

 それは帝国での番の常識と大きくかけ離れているのだが、エルザとシュリナは否定することを控えた。


「きっと、キリア様、だったかしら? 公爵夫人教育が進まなかったのね。でも、男爵令嬢のわたしよりも上の方でしょ? 五年もかけることになったわたしとは違うと思うのよ」


「五年も、と仰いますが、普通は五年で終えられませんよ」


「そうなの? まぁ、わたしには時間がたくさんあったから」


 フリジットから毎日、お茶とお菓子を食べるようにと言われている以外は、好きなことをして過ごしている。あまり読んだことのない娯楽小説もエルザとシュリナが止めないと、ずっと読み続けるほどのお気に入りになった。

 読んだ本の感想を言い合うようになって、ヤーナは少しずつ笑うようになった。フリジットは、ヤーナの好きな本を新しく仕入れるように家令に密かに命じている。


「今は、こちらのお話を読んでいますの」


「あら、ヤーナも好きなのね。わたしも好きなのよ。舞台化したら見に行きましょ」


「舞台?」


「そう。本の中の主人公たちが動いて話すのは楽しいわよ」


 舞台紹介の雑誌を取り寄せたフリジットは、画家が描いた絵姿を指差しながら自分たちが思い描いた想像を話し合う。友人とおしゃべりをしたことがないヤーナは、フリジットを自分から誘うようになった。


「フリジット様、あのお茶をしませんか?」


「もちろんよ。たくさんお話をしましょう」


「良かった」


 アティカスの話になると、暗い顔をするが涙を流すことは少なくなった。お茶菓子だけでなく、普通の食事も少しずつ増えていった。

 血の気が薄かった頬にも赤みが戻ってきている。ヤーナに会おうとしていたローベルトは、断りの手紙を出してから何も言って来ない。あと、三日で帝国に帰ることになっているが、フリジットはヤーナに伝えていない。命令すれば会うことくらいはするだろうが、まだ心の整理はついていないのは一目瞭然だった。

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