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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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16/42

16.いらない手紙

 婚姻届に署名するようにと王家の名で手紙が届いているが、サブルはヤーナに知らせずに全て送り返している。ヤーナはジリタニス侯爵家の養子になってしまったが、生家としての権威を奮いたいファルコ男爵家も同じように手紙を送っている。一週間も続けば、いい加減、諦めて欲しいが、王国としては帝国からの優遇を更に得たいため、何としてもヤーナを嫁がせたい。


「王家と男爵の手紙は無視をしても良いが、この手紙は難しいな」


「サブル?」


「ヤーナは、どうしてる?」


「バルコニーでお茶をしているわ」


「そうか。この手紙なんだが、どうしたものかと思ってね」


 サブルは届いた手紙の内容から妻のフリジットを呼んでいた。手紙の封蝋と差出人を見て、フリジットは珍しく険しい顔をする。ビリワナ王国のことならフリジットの機嫌を損ねたくないという理由から撤回させることもできる。


「マクガレー公爵家としてではなく、個人ですのね」


「あぁ。それもヤーナと話をするから訪問するという一方的な内容だ」


 国力の下の侯爵家なのだからマクガレー公爵家の申し出を拒否するはずが無いと断定した手紙だ。それでも手紙を出したのは、他国の公爵家を迎えるための準備が必要だからという、ある意味で貴族の常識に則ったものだ。


「これ以上、国を空けることはできないから公爵夫妻が帰国するらしい。その時にご子息も連れて帰ると明言されているから、この話をするというのは、番としてヤーナを連れて行くとみて間違い無いだろうね」


「ヤーナは、番ではないと、告げられて着の身着のまま帝国から捨てられたようなものです。あの時、ナイドンが、エルザとシュリナが一緒でなければ死んでいてもおかしくないのですよ」


「分かっているよ。ヤーナが王国に入ってからも国境付近に公爵家の紋章をつけた兵たちが彷徨いていたからね」


 貴族の私兵が観光ではなく、武装した状態で出国すれば正規の理由が求められる。流石に王国に入ってまで任務を遂行するつもりは無かったのか、しばらく彷徨いて帰って行った。

 これが何を意味するのか、番について王国の夢物語とは違う認識でいるジリタニス侯爵家は、正確に推察した。何の罪もない他国の令嬢を暗殺しようとするなど、王女として清濁併せ呑んできたフリジットでも理解しがたかった。


「それを番だったから結婚だなんて、ヤーナをどこまで虚仮にすれば気が済むのかしら」


「この手紙はヤーナに見せる」


「サブル!」


「決めるのはヤーナだ。だが、もし会うのなら私たちも同席する。向こうの夫妻も、だ。こんな二人きりなどと許せるわけない」


 手紙の日時は明日の昼一番だった。ヤーナが会わないと判断するなら王城に早馬で届ければ、今日中には検閲を終えてマクガレー公爵家の手元に届く。

 バルコニーでお茶をしているヤーナに伝えるのは、フリジットが引き受けた。


「ヤーナ、少し良いかしら?」


「もちろんです」


「挨拶は良いわ。母娘(おやこ)になっていくのに、堅苦しいのは減らしていきましょ」


「はい」


 エルザは新しいカップにお茶を注いだ。一口飲んでからフリジットは手紙を差し出す。紋章を見てヤーナはドレスの裾を握り締めた。


「読むのが辛ければ、わたくしが読みますよ」


「おね、がいします」


「時候の挨拶やご機嫌伺いなく、明日の昼一番に侯爵家に来るとのことよ。二人きりで話をすると、書かれているわ」


「二人きり、ですか?」


 ヤーナは不安からドレスを更にきつく握った。フリジットは優しく肩を抱き寄せてヤーナの頭に頬を寄せる。

 少し震えているヤーナをフリジットは強く抱き締めた。王国から連れ出されたとき、ヤーナは優雅に手を引かれたわけではない。痛みを感じるほどに強く手首を握られて転びそうになりながら家から出された。


「会うか会わないか、ヤーナが決めて良いのよ。でも、二人きりなんて許すはず無いことだけ忘れないで」


「会うのは怖いです。目の前で、アティカス様が倒れて、また誰かが……」


「分かったわ。お断りの連絡をいれるわね」


 手紙を出すためにフリジットはサブルの元に向かう。ヤーナは知らないが、ローベルトの番と偽ったキリアについても触れられていた。ただ、婚約を破棄したから安心して欲しいと、短く書かれている。

 最初に読んだときにフリジットは手紙を握り潰さないようにするために理性を総動員した。まるで別れてやったのだから感謝しろと言わんばかりの文面だったからだ。


「フリジット」


「分かっていますわ。ヤーナとわたくしは違う。それでも、振り回されて良い理由にはなりませんわ。ヤーナの同じ年の娘たちは、学院でおしゃべりをしたり、夜会で婚約者を探したり、それなりに貴族令嬢として楽しんでます。十二歳で親元を離れて、公爵夫人となる教育を完了することを求められる。どれだけの重圧か、なのに貶めるなど、あってはならないことです」


「自分の派閥、自分の子が苦労しなければ、それで良いという貴族が多すぎる。貴族の責務と言いながら本当に責務を果たせる者は、何人いるだろうね」


 王城にヤーナとの対面を断る手紙を出すと共に、物見遊山気分で手紙を送っている貴族たちにも、断りの手紙を出す。番の破棄をされたヤーナの顔を見たいと、婉曲に書いている手紙と帝国からの新しい甘い汁を吸いたいがために、ヤーナに貴族令嬢としての心得を教育したいと申し出る手紙が半分ずつ毎日のように届く。


「少し王都を離れるよ。辺境伯に会ってくる」


「叔父様に、ですか?」


「この国ではヤーナを帝国との交渉に使うことしか考えていないからね。辺境伯はビリワナ王国を許していないだろう? この手紙たちが、有効活用される気がするんだ」


 タルルダ王国の辺境伯は、フリジットの父親である国王の弟だ。ビリワナ王国の国境を守る王弟は、姪のフリジットを溺愛している。いの一番に駆けつけるために辺境伯に志願した。国防に関わるため、辺境伯領は世襲ではなく、就任となっている。


「宜しいのですか?」


「フリジットがビリワナ王国に恩情をかけてくれたから今があるんだ。優遇しているのは、何も帝国だけじゃない」


 フリジットが嫁いで来るときにも騒ぎはあった。それもビリワナ王国有責でのことだ。戦争になってもおかしくないくらいのことをしておきながら、王家を筆頭に貴族は、フリジットを侯爵家に嫁いだ王女と揶揄していた。タルルダ王国が沈黙を貫いてくれたから成り立つ関係だと言うことをいい加減思い出して欲しい。


「ヤーナのこと、頼んだよ」


「もちろんです」


 サブルの出立の日に、フリジットとヤーナは揃って見送りをした。誰かを見送るという初めてのことにヤーナは少し照れながら手を振った。

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