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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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13/42

13.噂が生んだ罪

 ヤーナが三日後に除籍されている事実を知ってローベルトは、顔を青くした。それは、貴族として生きてきた令嬢が平民となった苦労を慮ったからではない。帝国の番に対する唯一の法を思い浮かべたからだ。

 何かを言おうとする前に、ヤーナは国王の問いに答えるために口を開いた。


「帝国より戻りましたら、詐欺師を家に置くわけにはいかないと、ファルコ男爵当主の署名が入った除籍申請書を差し出されました」


「どういうことだ? 男爵」


「わ、私は差し出しておりません。そうだな? ヤーナ」


「ファルコ男爵家の執事より差し出されました」


 国王にとっては除籍申請書を本人たちが書いたのか、誰かが偽造したのかが重要だ。ヤーナが詐欺師であろうとなかろうと関係が無い。


「ファルコ男爵家の執事を召集しろ。追って沙汰を言い渡す。それではヤーナを貴族籍に戻す手続きを」


「さ、さっきゅうに、すす、めます。ヤーナ、お前からもお願いをしろ……」


「お待ちください」


「なんだ? 神官」


「除籍申請書は、偽造を防止するために申請書を持って来た者にも署名を求めています。つまり、受理された時点で偽造ではないと証明されています」


 神官が正論を述べると、ファルコ男爵は睨み付けた。執事ひとりに罪を背負わせれば、男爵家は被害者となる。ヤーナが帝国に嫁げば、再び栄光を取り戻すことができると考えていた。余計なことを言ったと神官を逆恨みしている。


「へ、陛下。私は男爵家を守るために泣く泣くヤーナに除籍を申し渡したに過ぎません。ヤーナを男爵家に戻すことに否を唱える理由はございません」


「僭越ながら、ファルコ男爵家にヤーナを戻すことはできません。どのような理由であっても()()除籍申請書に署名した場合は、生家であっても戻れません」


 自ら署名することは、貴族の責務を放棄したと判断され、生家に戻ることはできない。昔は戻れたが、これを悪用して相続する財産を増やそうとした者が後を立たなかった。実子と養子では明確に引き継げる財産に違いがある。これは、養子による家の乗っ取りを防ぐためだ。

 養子だけならば、その限りではないが、実子と養子がいる場合に適応される。ヤーナはファルコ男爵家の養子になることはできない。目論見の外れた男爵は、ヤーナを忌々しげに見た。


「身分としては平民であるが、元は貴族令嬢であった身だ。国のために責任を果たすことに否はあるまい。どこか適当な家の養子にするように手続きをすれば、問題無い」


「では、陛下。ジリタニス侯爵家として名乗りを上げさせていただきます」


「そうか! よし、よくぞ名乗り出たな。すぐに手続きを、宰相」


 国王はヤーナを帝国に嫁がせられるなら何処の家からでも構わない。だから相手が公爵家であってもヤーナは男爵令嬢のままだった。

 ヤーナは急いで用意された養子縁組の書類を見つめたまま動こうとしない。何一つとしてヤーナの意思は確認されていない。国王は苛立たしげに肘掛けを指で叩いた。


「ヤーナ、帝国に帰ろう」


「帝国に? 帝国に行って何をするのです?」


「結婚しよう。ヤーナが平民になったと知って絶望したが、貴族になるなら問題はない。他国の平民だけは連れて行けないからな」


「署名はいたしませんわ。それとも、いち平民に王命を使われますか?」


 国王が平民に命じるときは、お触れという形を取る。それでも各領主が代弁する。今回はヤーナはペリグレイ領に在住しているため、命令するならペリグレイ侯爵当主からだが、息子が死んだ原因のひとつであるヤーナが帝国に嫁ぐように命令することは、心情的にできない。

 ペリグレイ侯爵夫人のマイラはヤーナの処刑を求めているくらいだ。いくら国益が関わることでもヤーナが罰らしい罰を受けていないことを受け入れて命じるのは難しい。


「陛下、一度休憩にしましょう。ヤーナ嬢もいきなり聞かされては判断ができないでしょうから。直接、()をしようと思います」


「そうか。では、休憩にしよう」


 サブルは立ったままで謁見をしていたヤーナの手を取って退出を促す。歩き出そうとサブルが体の向きを変えると、ローベルトが立ち上がった。両手を握りしめサブルに殴りかかりそうになっている。サブルはローベルトを冷ややかに見据えた。


「私のことも切り捨てるか? 我が甥にしたように……私はそれでも構わんよ」


「いえ……」


「切られた方が良かったかもしれないな」


 ローベルトはヤーナに縋るような目を向ける。視線を背中で感じながらヤーナは知らないふりをした。廊下にはエルザとシュリナが心配そうな顔で待っていた。


「ヤーナ様」


「こちらに、少し休みましょう」


 謁見の順番を待つための控え室がある。サブルは、その部屋に案内するように城勤めの使用人に伝える。温かいお茶を飲んでヤーナは漸く状況を整理するために冷静になった。


「閣下、声をかけていただきありがとうございます。ですが、養子のお話は、お断りをさせてください」


「そうだろうね。受けてくれるとは思っていないよ。あれは、時間稼ぎだ。あのままだと陛下は法も何もかも無視をしてファルコ男爵家に籍を戻しただろうからね」


 謁見の間の話は、通話管を通して書記官が記録している。同時に、話を聞く部屋には同行者も入ることが許されていて内容を知ることができた。エルザとシュリナが廊下で待てたのは、そんな事情からだ。


「話をしたいのは事実だ。ヤーナ嬢を養子にしたいのは何も帝国に嫁がせたいからじゃない。むしろさせないためだ」


「そんなこと……」


「できないと思っているかい? 他の家では無理だろうね。だけど、ジリタニス侯爵家はできるんだ。詳しいことは箝口令が敷かれているから話せないが、妹への贖罪のために君を利用しようとしている」


 後悔を含んだ自嘲する笑みでサブルは本音の一端を話した。箝口令は今も有効だ。だが、それで過去に囚われたままの人がいる。


「妹様……ペリグレイ侯爵夫人には、申し訳なく――」


「いや。そっちの妹ではなく、ミアナの方だ。正直なところマイラに贖罪の気持ちは欠片もないよ」


「ミアナ様、ですか?」


「あぁ。ミアナが君にそのブローチを託したのなら、その意味に答えたいと思ってね」


 向かい合って座っていたが、サブルはカップを持って別のソファに座り直す。ヤーナが考える時間を作るためだ。同時にサブルは帝国にいるミアナのことを考えていた。


「ヤーナ! 署名しないとは、どういうことだ!」


 ヤーナを自分の家から嫁がせられなくなったファルコ男爵は、帝国の公爵家に釣り合うように他家に養子に出したという筋書きを実現させるために控え室に入る。手には養子縁組の書類が握られていて無理やりヤーナにペンを握らせた。そのままヤーナの手を動かし署名しようとするが、エルザに腕を掴まれて引き剥がされる。


「使用人が無礼だぞ!」


「私どもはヤーナ様の安全を守るように厳命されております故に、ご容赦を」


「何が安全だ。ヤーナは娘だ。親が娘を好きにして何が悪い」


 控え室は共用の場であるから特段指示されていなければ誰が入っても問題はない。だが、控え室は複数あるため全部埋まっているという特殊な事情がない限り空いている部屋を使うのがマナーだ。

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― 新着の感想 ―
うわあ……侯爵閣下が同じ室内に居るのに、男爵が馬鹿やってるぅ(笑)
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