12.手に入らない
既製品のドレスを少し手直しして、ヤーナは迎えの馬車に乗った。王城までは無言で、同乗している文官がヤーナに批判的な視線を向けては、エルザとシュリナに睨まれるというのを繰り返す。
「ヤーナ様、こちらを」
「ありがとう」
黒いレースの手袋を受け取ると、ヤーナは静かに嵌める。黒い首元まで隠すドレスに黒いヒールと、王族が崩御したときの装いで登城していた。ここまで喪に服す必要は無いが、味方のいないヤーナは一挙手一投足が監視対象だ。胸元には、ナイドンが勧めたブローチが輝いていた。
ドレスを着ているときにナイドンが宝石箱を差し出した。中には喪に服すときに着けられる装飾品はない。ヤーナは苦笑して首を横に振った。
『ナイドン、それは着けられないわ』
『この宝石箱は、別名がいくつもございまして、鍵のかからない宝石箱、壊れた宝石箱、曾祖母の宝石箱などと呼ばれています』
宝石箱の中に鍵が一緒に入っていた。だが、鍵穴が壊れているのか施錠できない宝石箱だった。
『この宝石箱は蓋を開けたまま鍵をかけるのです。そうすると』
鍵が開く音と一緒に引き出しが飛び出てくる。ゆっくり引き出すと、中にはブラックオパールとブラックオニキスが散りばめられたブローチが納められていた。石の大きさは小さく貴族が使う大きさでは無いが、隠すように入れていたということは、何か意味がある。
『箝口令が敷かれております故に詳しいことは話せませんが、こちらを着けることはヤーナ様のためになります』
『黒い宝石だけのブローチって珍しいわね』
『はい。だからこそ、分かる人には分かるというものです』
ナイドンが何か確信を持って勧めている。ヤーナはブローチを受け取った。
謁見の間に入ると、国王と王妃の向かって右側に、ペリグレイ侯爵夫妻、ジリタニス侯爵当主のサブル、そして、ファルコ男爵夫妻が並んで座っている。向かいには、帝国から来たマクガレー公爵夫妻とローベルトが座っていた。
ヤーナの姿を見たローベルトは、すぐに駆け寄ろうとして、公爵夫人に腕を掴まれた。誰もが沈痛な面持ちだった。
「ヤーナ・ファルコ男爵令嬢。前へ」
罪人の扱いかと思うようにヤーナの両脇には槍を持った兵士が追随する。息子が死んだ原因だとしてペリグレイ侯爵夫人は、ヤーナを殺意の籠った目で見る。手を下したのが、ヤーナで無くとも帝国貴族の嫡男に殺意を向けられないからこその代替案だった。
「ペリグレイ侯爵令息殺害の罪で国外追放とする。何か申し開きはあるか?」
直答を許されていないヤーナが答えないことを分かった上で、国王は問いかけた。初めからヤーナに発言を許すつもりが無いのが分かりきっている。本当ならヤーナを処刑して欲しいと思っているペリグレイ侯爵夫妻だが、このあとの帝国との関係のためにヤーナは生かしておかなければならない。
「陛下。私から確認したいことがひとつ」
「何だ? ジリタニス侯爵」
「ヤーナ嬢。そのブローチは、誰からもらった? 答えて欲しい」
「お兄様? 何を言っていますの? 国を騙した悪女なのです! アティカスを殺した悪女なのです! もらったのではなく、奪ったに決まってるではありませんか! お姉様と同じ――っ」
「マイラ! その話を陛下の御前でするのか!」
サブルとペリグレイ侯爵夫人は兄妹だ。ジリタニス家に子どもがいないため、次男であったアティカスが養子に行くという話の縁で、サブルが呼ばれていた。
何かを言いかけてサブルにきつく止められた。失言をしたということは気付いて、口を噤んだが、ヤーナを睨むのは止めなかった。
「話が、逸れてしまったな。答えてくれるか?」
「お答え致します。このブローチは、グルベンキアン公爵夫人のミアナ様よりいただきました」
「……そうか。陛下、ジリタニス侯爵家はヤーナ・ファルコ男爵令嬢の嫌疑を否定します」
「王家の判断に逆らうつもりか?」
「意見を変えるつもりは、ありません」
ヤーナが罪人となり、国外追放の罰と合わせて帝国に引き渡す手筈が整っていた。二度と王国には足を踏み入れさせないことで、ヤーナに近づいたという理由で殺されることを防ぐつもりだ。
「お兄様! わたくしの子がっ、殺されたのですよ! お兄様は、甥が、アティカスが可愛く無いのですか!」
「陛下、私からの確認は終わりました」
「……ヤーナ・ファルコ男爵令嬢は国外追放とする。ただし、帝国のマクガレー公爵家から番である言う申し出があった。慶事による恩赦にて婚姻を以て、施行したとみなす」
国王の宣言に事前に聞いていたローベルトは、一人嬉しそうに笑う。同じようにファルコ男爵夫妻も喜びを隠しきれないでいる。五年前はヤーナが成人も社交界にも出ていない年齢であったため婚約となっていた。今のヤーナならば婚姻届に署名しても問題の無い年齢だ。
文官がヤーナに書類とペンを差し出した。ヤーナが王国において犯罪者であろうともローベルトには関係が無いし、ファルコ男爵家もヤーナが帝国の公爵家に嫁ぐというなら再び王国から報奨金を貰えると考えている。
半年前のことなど、忘れていた。
「めでたいことであるな」
「国王陛下。ファルコ家として、王国の役に立てたことを誉れと心得ます」
「うむ。そうだな。これからも国のために仕えてくれ」
報奨金の話にしたいが、ヤーナが書類に署名をしていないため交渉できない。書類を見つめたまま動かないヤーナにファルコ男爵は、期待と怒りの入り交じった視線を向ける。
ゆっくりと名前を書いたヤーナはペンを文官に返した。待機していた神官がヤーナとローベルトの名前を貴族名鑑で確認する。
「ローベルト・マクガレー公爵令息とヤーナ・ファルコ男爵令嬢の婚姻は不成立です」
「なに?」
「何かの間違いだ。ヤーナと私は、番なのだ」
「ファルコ男爵家にヤーナという令嬢は、いません」
「どういうことだ?」
五年前の婚約のときも貴族名鑑で確認し、書類が作成された。当時は、ヤーナが未成年であったため父親が代理で署名をしている。それでもヤーナがファルコ男爵家の三女であることは確認された。
「ファルコ男爵家の三女ヤーナは、二ヶ月前に除籍されています」
「除籍? どういうことだ? ファルコ男爵」
ヤーナに本邸から出ていけと言ったが、除籍した覚えはない男爵だ。何かに使えるかもしれないと手元には置いておくつもりだった。高位貴族の後妻か特殊趣味の男に高く、貸し出すことを計画していた。
「わ、私にも何がなんだか。何かの手違いです」
「手違いではありません。理由が名鑑には記載されています」
「読み上げろ」
「はい。除籍はヤーナ当人より申し出があり、それを父である当主が承認し、貴族院にて受理された、と。また、正確な申請日は、ヤーナが帝国より帰国した三日後になります」
当主の承認があるとして、国王はファルコ男爵を冷えた目で見下ろす。だが、記憶にない男爵は嘘の申告をしたつもりがない。これ以上、問うても明確な答えが得られないと見切りをつけて国王はヤーナに初めて直答を許した。




