1.6.6 異世界に、生首だけでコンニチハ
■ここまで■
特典スキル説明の実演として全身をバラバラに切り刻まれた真一だったが、そのままの状態で異世界転移が発動してしまった。
「ふざけんなよっ!!!あのインチキヤロー!!!」
真一は絶叫した。
あのテキトーな自称神さまに対して、声の限りの罵倒を浴びせる。
もちろん相手はインチキっぽくても神、いや、たぶん邪神である。
この悪口を聞かれている恐れも多分にあった。
だがそれでも目の前にいない以上、真一はフツフツと湧き上がる苛立ちを抑えきれなかったのだ。
異世界に送られる瞬間、真一はかすかに期待していたのだ。
もしかしたら転送のついでに、バラバラの身体を元通りにしてくれるかも?と。
なのにいざ異世界に来てみたら、まさかの首だけ。
しかも周囲には頭部以外のパーツがどこにも見当たらない。
せめてさっきまでのパーツバラバラ状態そのままであれば、自分でくっつけることはできたのに。
現実は期待をはるかに下回る最悪の状況であった。
どうやら真一は、生首たった1つだけでこの異世界に送られてきたらしい。
最初はパニックだった。
まさかそんなはずないだろ?と焦りまくった。
だけど見渡す限りどこにも、他の部位はない。
真一が送られてきたのは、森の中のちょっと開けた場所だ。
草が生い茂り、木もまばらに生えている。
地面に横倒しになった首からでは、それほど遠くまで見えるわけではない。
だがそれでも見落としのないように、必死に目を凝らして探したのだ。
しかし無情にも見える範囲にそれらしいモノはなかった。
だけど首だけの真一に見えるのは前方だけ。
もしかしたら残りのパーツは背後にあるのかもしれない。
とはいえ首だけの身体である。
ウンウンと悪戦苦闘するが、顔の向きを変えることすらできない。
いや、そうだっ!
そこでふと思い付いた真一は、舌を伸ばしてみる。
実は真一の舌はちょっと珍しい形状で、他人よりもずっと長いのだ。
めいっぱい伸ばしていくと、なんとか先端が地面に届いた。
子どもの頃は『ベロベロお化け』とか気持ち悪いとかと散々バカにされて、トラウマになっていた。
今まで舌が鼻に届く芸をするくらいしかできなかった特技である。
それが初めて役に立った瞬間であった。
さっそく舌を伸ばして地面を押し、少しずつ回転してみる。
ただし何とか動けたものの、それは最悪の移動手段であった。
気持ち悪い土の味と、口の中が砂でジャリジャリになる不快感。
だがそれでも他に手はなかった。
「なんでこんな目に、、、」
ミジメな気持ちで半ば悔し涙を流しながら、必死で後ろを向いた真一。
だがそこまでして振り向いたにもかかわらず、やはり他のパーツはどこにもなかった。
悪戦苦闘して首を一周させたところで、真一はようやく受け入れざるを得なかった。
やはりこの異世界に送られてきた真一の身体は、この生首1つだけなのだ。
残りのパーツはあの白い世界に置き去りのままなのだろうか?
それとも転移の際にどこかの次元の狭間にでも落ちてしまったのだろうか?
最悪の場合、あのインチキ神さまに不要物として処分されてしまったことすら考えられる。
いや、だけどいま、ちゃんと呼吸できてるよな?
それはつまり、肺も心臓もどこかで動いているということである。
少なくとも消滅してしまったわけではないはずだ。
それに今さらながらに良く確かめてみると、首以外の全身の感覚も何となくあるのだ。
部位ごとに受ける刺激はいろいろ違う。
チリチリしたり、ヒリヒリしたり、ツンツンしたりと様々だ。
だが感じる痛みが1%に軽減される影響か、どれくらいの刺激を受けているのかイマイチ掴めない。
宇宙のどこかにパーツがあって何かの刺激を受けているのか?
それともただの気のせいで、幻肢痛のようなものを感じているだけなのか?
本当のところはここからでは分からない。
ともかくいま確実に分かっているのは、、、
真一は生首1つだけで、この異世界を生き抜いていくしかない。
ただそれだけである。
うん、、、
「ふざけんな、ボケぇえええぇぇっ!!!」
そりゃ、怒鳴りたくもなるだろう。
「異世界に生首だけでコンニチハさせといて、何が魔王討伐だよっ!そんなんできるわけねぇだろっ!!!」
大声で泣き喚く真一。
それが致命的な失敗であった。
ドスッ!!
何か大きくて重いものが着地する音がした。
真一の頭部に影が落ちる。
大声を出したせいで、何者かに目をつけられてしまったのだ。
恐る恐る真一が視線を上げると、、、
「グルルルルゥッ」
巨大なトラが獰猛な視線で真一を見下ろしていた。
いや、良く見るとトラではない。
トラどころではない巨大なモンスターだ。
形はトラっぽいが、三毛猫のような色をした、自動車くらいのサイズがある四足獣である。
そんな巨大トラと目があった真一は、、、
「ぎゃあぁあああぁっ!!」
自分でもビックリするくらいの大声で絶叫する。
その大声に巨大トラもビックリしたのか、反射的にといった様子で前足を薙ぎ払った。
「ぶごっ!」
哀れ真一の生首は、巨大トラの怪力で高々と宙を舞った。
村1つくらいは軽く壊滅させそうな巨大モンスターが繰り出した一撃だ。
普通ならこれだけで真一など即死だろう。
けれども転生特典のチートスキルのおかげでダメージは1だ。
蚊に刺されたくらいの痛みしか感じない。
そして、、、
「あー、やっぱ他のパーツねぇなぁ、、、」
感情のこもっていない平坦な声で真一は呟く。
上空から見てみれば、他のパーツがどこにもないのは明白であった。
いや、本当はそれどころではない。
それどころではないのだが、真一は半ば自暴自棄になっていた。
本来ならもっと危機感を覚えていてもいいはずである。
だけど焦ったところでどうなるというのか。
真一には現実から目を背けることしかできない。
何故ならこの状況はどう考えても『詰み』であった。
異世界に来たばかりの真一のレベルは、わずか『1』。
この巨大トラ型モンスターは、どう見てもレベル1で何とかできる相手ではない。
しかも首だけの真一では、攻撃も防御も逃走も、何もできない。
頼みの綱は転生時にもらったスキルだが、それも単に攻撃をダメージ1で受けられるだけ。
今の一撃は耐えられたが、20回攻撃されたらHPが尽きる。
その前にミニマムヒールで回復することもできるが、それもMPが切れたら終わりだ。
「ぶべっ!!」
宙を舞っていた真一の頭が落下して、後頭部から地面に叩き付けられる。
普通なら落下の衝撃で頭が割れて即死なんだろうが、チートスキルのおかげでこれもダメージ1だ。
顔面を上にして落下した真一は、軽く地面にめり込んでいた。
そのせいもあり全く身動きできない。
この体勢では舌をどんなに伸ばしても地面に届かないのだ。
「ぅぅああぁぁっ」
早く逃げなきゃと狂ったようにジタバタ暴れるが、完全にはまり込んで1ミリたりとも動けなかった。
もっとも多少動けたところで、最初から逃げられる可能性などあるはずもない。
そうこうしているうちに重い足音を響かせて、巨大トラがやって来た。
口からヨダレをたらしながら、真一を見下ろす。
これは間違いなく喰われて終わりである。
異世界に来てわずか数分。
真一の異世界人生は早くもゲームオーバーを迎えようとしていた。