6.89.382 呪縛からの解放
「隷属:解放っ!」
ナーザムがその言葉を口にした瞬間、ミィクはずっと囚われていた忌まわしき呪縛が消え去るのを感じる。
知らず知らずのうちにその頬には、温かいものが止め処なく流れ落ちていた。
そんななかナーザムはスホンら残る女性従業員たちの前に順番に進み出ると、次々に同じコマンドを唱えていく。
すると奴隷たちは1人また1人と、隷属の呪いから解放されていった。
「消えた、、、!?」
「助かったの?」
「や、、やった!??」
バニーや猫耳のエロエロ衣装を着せられた女性たちが、信じられないといった様子で舞い降りた奇跡の味を噛み締めていた。
そんななかミィクはまだ感動に打ち震えながらも、よろよろと真一たちの前に進み出る。
「みな、さん、、、」
感謝の言葉を述べようとしているのだろうが、上手く言葉が出て来ないようだ。
「ミィクさん、、、」
思わずもらい泣きしたのか、朝霞の声も震えていた。
そんなミィクを勇気づけるように、真一が夢じゃないとはっきり言葉に出して事実を告げる。
「大丈夫だ、ミィク。『隷属』の状態異常はもう消えてる。これで自由だ」
その瞬間、ミィクの涙腺が崩壊した。
「ぅぅっ、、、あり、、ありがとう、ございますっ!!」
泣きじゃくりながら感謝の言葉を繰り返すミィク。
いや、ミィクだけではない。
そこら中からすすり泣く声が聞こえてくる。
ネコミミ&バニー姿の女性従業員たちの感激の度合いは、想像を絶するものであった。
よほど悲惨な生活を強いられていたのだろう。
そして中には自由になったことで、怒り狂う者までいた。
「このクソ野郎っ!お前のせいでわたしはっ!!」
バニー姿のスホンが、激情のままにナーザムに殴りかかる。
だがその前にスホンは周りの女性たちによって羽交い締めにされ、取り押さえられていた。
「落ち着いて、スホン!」
「暴力をふるったら、また奴隷に逆戻りだよっ」
「ここはまだハルミの結界の中なんだからっ!」
やはり勇者ハルミの結界の中で暴力をふるった人間は、その瞬間に奴隷になってしまうようだ。
その場合の隷属の主人は、勇者ハルミになるらしい。
今までは隷属の呪いのせいで口にすることはできなかったが、自由の身になった今は遠慮なく話してくれた。
そのまま真一たちはナーザムを連れて、部屋の外の奴隷たちの解放に向かう。
それ以外のハルミの手下も、ついでに捕獲していく。
ただしナーザムが解放できる奴隷たちは、この『キャッツバニーズ』の従業員だけのようだ。
というのも奴隷たちはもともとハルミの奴隷だからだ。
そしてこのホテルの従業員たちは、ハルミからナーザムにも主人の権利を貸与されていたのだ。
ステータスに『《主人:ハルミ、ナーザム》』と書かれていた通りである。
そして奴隷への命令権を持つナーザムは、奴隷を解放する権限も持っていたのである。
けれどもこの街の他の奴隷たちの主人は、ナーザムではなくハルミである。
元凶である勇者ハルミを倒さないと、彼らを解放することはできない。
だがそれでも少なくとも、これでミィクたちだけは助けることができたのである。
「ミィク、この街にいる限りは、また奴隷にされるリスクがあるんだよな?だったら今すぐ元の街に逃げた方がいいんじゃないか?」
ホテル中の奴隷たちの解放を終えると、真一はミィクの身を案じてそう提案する。
けれどもミィクは覚悟を決めた瞳をしていた。
「みなさんは、これからハルミと戦うつもりなんですよね?」
「えぇ、もちろんです。こんなフザけた街は見過ごせるはずもありません」
「だったらわたしも最後までお供しますっ!」
そう口にしたミィクは、何を言っても決意が揺らぎそうにはない様子であった。
「いいのか?危ないぞ」
「何の役にも立てないかもしれませんが、それでも少しでもご恩を返したいですから。それに、、、わたしの大切な人たちが、まだ囚われたままなんです」
そう言われれば、もはやミィクを止める気にはならない真一である。
そしてミィクには、どうしても引けない理由があるのだ。
「そして何より、、、みなさんを巻き添えにしようとした自分への罰ですから」
「気にしなくていいって!ミィクだって命令されて無理矢理やらされたんだろ」
「ごめんなさい。違うんです。わたし、、、本当は、、、」
そうしてミィクは自らの罪を告白する。
「心の醜い女なんです。みなさんがアイツらの奴隷になったら、わたしの身代わりになってくれるんじゃないかって、そんなヒドいことを考えて、、、」
泣きじゃくりながら懺悔を続けるミィク。
「幸せな未来を全て奪われて、毎晩身体を汚されて、初めてのときも、無理矢理、、、本当に生きてるのも辛くて、だから、、、」
聞いているだけでも辛くて、もう話さなくていいと、声をかけようとする朝霞。
けれども号泣するミィクの瞳には、絶対に最後まで告白をやめないという、強い覚悟が込められていた。
「みなさんを見たときに思ったんです。世の中にはこんなに綺麗な人たちがいるんだって。こんな美人を奴隷にしたら、もうわたしのことなんて興味が無くなるに違いないって」
ミィクがシャリィたちを宿に案内したのは、『良さそうな獲物がいたら連れて来い』というナーザムの命令を受けてのものだ。
けれども自分の身代わりになってくれたらという、暗い考えが潜んでいたことを、ミィク自身がいちばん良く分かっていた。
それくらいミィクは毎日の責め苦で心を蝕まれ、追い詰められていたのである。
だからこそミィクは、自分を解放してくれた真一たちに、感謝以上に深い罪悪感を抱いていた。
消えてしまいたいくらい激しい後悔の念。
そして自分のことなどどうなってもいいので、何か罪滅ぼしがしたいという強い焦燥感に揺り動かされていたのだ。
「こんな汚れきった女、みなさんが気にかける必要なんてない、、どうなったって構わないんです。だから何でもいいからお手伝いさせてくださいっ!!」
真一、朝霞、シャリィは、そんなミィクを次々に励ます。
「うん、ミィクが自分を許せないのは分かった。だったらその後悔がミィクへの罰ってことで十分なんじゃないかな?」
「ですね。助かりたいと足掻くのは当然ですもん。こちらには何の被害もありませんでしたし、誰もミィクさんのことを悪く思ってなんかないですから」
「わたしたちが許せないのは、人々を奴隷にして搾取している連中です。絶対に見逃すつもりはありません」
「みなさん、、、ごめんなさい、、ごめんなさい、、、」
恩人たちからの温かい言葉に、余計に泣きじゃくるミィク。
そうしてミィクは自分の身に起きた悲劇について、ポツリポツリと話し始めた。
次回から4話ほどは、ミィク編になります。




