6.73.366 魔女姫の完全犯罪講座
空を飛びながらシャリィは、どういう状況だったのかを詳しく説明してくれた。
ファノッサ迷宮は既に探索し尽くされたダンジョンのため、どこかの街の領主が管理してたりはしない。
崩落しても責任を追及してくる利権者はいないだろうという話だ。
せいぜいがダンジョンに棲息していたモンスターが、溢れ出してくるくらい。
それくらいなら周辺の冒険者たちで、十分に対処できる。
とはいえダンジョン1つを破壊したというのは、やはりバレるとかなりの大問題となりうる事態らしい。
特にシャリィは王族なので、さらに事態がややこしくなる危険性もある。
本人はベドベタル霊王家から離れたつもりでも、周囲の街がそう認めてくれるとは限らないのだ。
下手したら都市間の紛争の火種にすらなりかねない。
そんなわけであの場面では、シャリィは絶対に姿を見られるわけにはいかなかったそうだ。
巻き込まれた人が命の危機に関わる事態に陥っていれば別だったが、幸いそれほど大きな被害は出ていない。
ならば悪いことだと分かっていても、逃げる方が2次災害のリスクを減らすことができ、トータルで考えればベストなのだ。
確かに下手にドリーが罪に問われたりしたら、人類滅亡の危機を誘発しかねない。
そういう話なら真一としても、逃げ出すという結論には納得である。
それから1時間ほど飛行を続け、500キロくらいは距離を稼ぐことができた。
「このあたりまで来れば大丈夫でしょう。もうクーネル岳も見えない距離ですからね」
「食う寝るだけ?」
「ファノッサ迷宮のあった岩山の名前です」
そんな名前があったのかよっ!あの山!
ってか、なんてニートっぽい響きのネーミング!
などと、現実逃避気味にそんなどうでもいいことを考える真一であった。
「現場からは魔動車で数日かかる距離。これでわたしたちと事件を結びつけるものはありません」
「そう、、だね、、、」
「後は適当にこのあたりの街で目撃されて、アリバイを作っておくだけです」
異世界でもアリバイとかいう概念があるんだ〜と、遠い目になりながら考える真一。
確かに真一たちは今朝ホテルを出発したあと、誰にも行き先を告げていない。
ファノッサ迷宮に入るところも、誰にも見られていないはずだ。
前後関係から多少疑われはするだろうが、アリバイさえあれば追及は避けられるかもしれない。
下手に罪に問われたら困るし、ここはシャリィの提案に乗っておくしかなかった。
とはいえこの異世界に来てから犯罪行為をやってばかりなんじゃないか?と、落ち込んでくる真一であった。
そうこうするうちに街が見えてきたので、シャリィはようやく飛ぶスピードを緩める。
荒野を流れる小さな川沿いに、2つの街が隣接しているようだ。
1つは直径10キロメートルくらいの防壁で囲まれた、古びて寂れた感じの大きな街。
そこから500メートルほど離れたもう1つは、村と言っていいほど小さな街だ。
けれども何やらギラギラと色鮮やかでファッショナブルな建物が乱立している。
その小さい街の方が、賑わっているように見えた。
どちらに向かうか判断に迷う真一だったが、、、
「ミュイ〜、なんだか下の方が騒がしいよ」
エピーが街の外の荒野を指差す。
真一も上空から観察してみると、女の人が大声で泣き叫びながら必死に走り回っていた。
そしてその女性の周囲には、獣のような黒い影が何匹もまとわりついている。
猛獣系のモンスターに襲われていると見て間違いない。
「女の人が襲われてるっ!助けに行こう!!」
「そういうものニャミュ?」
「そういうものなんだよっ!!エピー、早くっ!」
もう一刻の猶予も無さそうな状況にも関わらず、相変わらず呑気そうなドリー。
ますます焦ってエピーに頼み込む真一だったが、、、
「ミュイ〜、だけどシン、もう終わったっぽいよ」
「はい、わたしの光魔法でモンスターは駆除しておきました」
ドリーと真一が騒いでいる間に、救助は完了していたようである。
真一が様子を見てみると、確かに黒い獣の影はいつの間にか全て動かなくなっていた。
「、、、さ、さすがシャリィ、、、」
シャリィが魔法か何かでモンスターを仕留めたのだろうが、全く気付かなかった真一である。
とはいえ襲われていた女の人も、地面に崩れ落ちて倒れてしまっていた。
心配になる真一だったが、何か言う前にシャリィが女性に向かって降りていく。
着地するなり朝霞がまず、女性に駆け寄って声をかける。
「大丈夫ですか?」
「あ、なた、たちは、、、?」
苦しげな声で問いかけてきたのは、20歳にも満たなそうな若い女の子であった。
服はボロボロでスラム街の住民っぽい感じだが、それにしてはビックリするほど可愛い容姿をしている。
言葉が途切れ途切れなのは、空から舞い降りた朝霞たちに驚いているせいではない。
負傷が激しくて、本当に危険な状態だったからだ。
少女はあちこちが傷だらけで、酷い出血をしている。
腕や足や腹にまで、噛みつかれた痕が見て取れた。
周囲に倒れている、狼っぽいモンスターの仕業と見て間違いない。
「大丈夫じゃないですね。かなりの怪我をしているようです」
そう冷静に口にしたシャリィは、すぐさま治癒の魔法を発動する。
すると少女の傷がみるみるうちに癒されていった。