5.S-24.290 神霊の御子
「愛し子?」
突然聞こえてきた声に、驚き戸惑うシャリィ。
けれどもその謎の声はシンたちには聞こえていない。
それどころか、、、
シャリィはいつの間にか真っ暗な闇の中にいた。
ただしその闇の世界には、いくつもの亀裂が走っている。
そしてその暗黒の牢獄の殻に出来た無数のヒビ割れの向こうから、眩い光が差し込んできていた。
直感的にシャリィは理解する。
ここは自身の精神世界か何かなのだと。
そして謎の声は亀裂の先にある光の世界から話しかけてきていた。
〘そうです。あなたはわたしと彼の祝福を受けた愛し子なのです〙
確かにその声からシャリィは、どこか母の愛情のようなものを感じた。
けれどもシャリィの母ミシャルリィは、既にシャリィに心を閉ざしてしまっている。
だったらこの声はいったい何者なのだろう?
「あなたは誰ですか?」
〘わたしはシューリュウ《神霊》〙
「シューリュウ《神霊》?」
〘もともとこの星に住んでいた、神に類するもの。そしてあなたの半身の母たる存在です〙
「半身の母?」
〘えぇ、あなたの半身は人間ですが、残り半分はシューリュウ《神霊》なのです。ですが今までのあなたは神たる半身を封じられたままでした〙
それはシャリィが初めて聞かされた、自らの生い立ちであった。
今まで自分は他人とは違う化け物だと思い知らされてきて、、、
けれどもシャリィは何故自分がそんなふうに生まれたのか、全く知る由もなかった。
だがその答えがいま、ついに明かされようとしていたのである。
〘全てはあなたが否定され続けて育ったことが原因です。あなたの心の中で自分という存在への疑念が形成されてしまい、健全なリビド《魂》の成長が阻害されたのです〙
シューリュウ《神霊》と名乗る謎の声が、知られざるシャリィの真実を事細かに説明してくれた。
〘普通の人間としてならそれでも何とかなったでしょうが、シューリュウ《神霊》の力を受け入れるには、あなたのリビド《魂》は器として不十分だったのです〙
その言葉にじっと耳を傾けるシャリィ。
〘ですがあなたは自分を認めてくれる存在と出逢い、ようやく自身を肯定できるようになりました。あなたの心を閉じ込めていた呪縛が綻び、わたしの声が届くようになったのです〙
シャリィを安心させるように、シューリュウ《神霊》が優しく語りかけてくれる。
〘今ならばもう大丈夫でしょう。さぁ、目覚めなさい。あなたは神霊の御子。この世界を導く、祝福されし愛し子なのです〙
その声に導かれて、、、
シャリィの視界いっぱいに、どこまでも広がる光景が映し出される。
それは『神霊の瞳』に映る、この星の記憶。
そして時を遡るようにして、次々と様々な情景が描き出されていった。
この景色は、、、?
いつもの部屋に、しゃがみ込んでいるわたし、、
シンと出会った日の光景ですねっ!
場面が変わった?
これは、、、
べドベダルの街の外ですね、、、
街を囲むモンスターの群れと、、
たった1人で戦う、幼い頃のわたし、、
また違う光景です、、、?
この日は、、、
人がいっぱいで、賑やかで、、、
って、生誕祭!!?
いやっ!もう見たくないっ!!
切り替わってくれた、、良かった、、、
これは城の室内のようですが、、
あの産まれたての赤子は、、、わたし?
母さま、あんなに笑顔で、、
この活気ある街は、、、
べドベダルなのですか?
いまと姿がぜんぜん違う、、、
民がみんな笑顔で、、
中心にいるあの人は初代さまでしょうか?
これが街が生まれた頃の景色、、、
初代さまが戦ってる?
シュニグマ《暴狂霊》との死闘の様子、、、
だけどまだ終わってないんですね、、、
若かりし頃の初代さまと、、、
あの霊体が神霊なのでしょうか?
運命の勇者との出会いの光景、、
これは、、、
はるか昔のこの星の景色、、、
リューイン《創世神》の来襲、、、
シュニグマ《暴狂霊》の猛威、、、
人間のいない、シューリュウ《神霊》の世界、、、
歪められる前の、この星の本来の姿、、、
❶⓿⓿⓿⓿⓿⓿日(※約6万年)もの長きに渡るこの星の歴史を、我が事のように体験したシャリィ。
星の記憶が一瞬のうちに脳内にインストールされたのである。
そうしてシャリィは過去の全てと、自らが何者であるかを知る。
初代べドベダルとシューリュウ《神霊》が交わした約束。
17代目に生まれる『祝福の御子』の存在。
神霊の御子が果たすべき使命。
初代から託された想い。
自分が待ち望まれて生まれてきた希望の子なのだと、シャリィは初めて正しく認識できたのであった。
シャリィの両親は霊王ミシャルリィ・べドベダルとランドットの夫妻である。
けれどもそれはあくまで人間としての肉体の両親でしかない。
本来のシャルラリィ・べドベダルは、言うなれば人間とシューリュウ《神霊》の融合体なのだ。
そしてその半神半人のうちの神たる半身の両親こそが、初代べドベダル霊王と、その契約者であるシューリュウ《神霊》であった。
2人の約束により、17代目の子孫として生まれることになる祝福の子。
だがシャリィにとっての不幸は、その約束が長き時を経るにつれて忘れ去られてしまったことである。
そのせいでシャリィは幼い頃から『不気味な化け物』として育てられてきた。
それは幼女の心に自分は魔女だ、怪物だという認識を植え付け、健全な精神の成長を阻んできたのだ。
そしてそのような不完全なリビド《魂》では、シューリュウ《神霊》の力を身に宿すのに耐えられない。
精神と肉体の崩壊を防ぐため、シャリィの身体の防御機構がシューリュウ《神霊》たる半身を封印してしまったのである。
わずかに表に現れていたのは、異質すぎる魔眼と常人離れした能力だけ。
シャリィはあくまで『変わった人間』として、これまで育ってくる羽目になってしまったのだ。
けれども初めて自分を認めてくれた恋人の存在により、シャリィの自我はここ数日で飛躍的な成長を遂げていた。
そしてシャリィの心と身体に『自由』をもたらした真一の言葉によって、『魔女の束縛』が一気に解放されたのである。
それにより『母なる神霊』の声がようやくシャリィに届くことになり、、、
シャルラリィ・べドベダルはついに『神霊の御子』として覚醒するに至ったのである。
こうしてシャリィは全てを知った。
この星のこと。
シュニグマ《暴狂霊》の誕生。
追い詰められるシューリュウ《神霊》たち。
招かれざる来訪者。
初代べドベダルとの出会い。
その戦いの行方。
そして自身に課せられた使命。
自分が生まれた意味も。
これから成すべきことも。
〘さぁ、これであなたは自由です。好きに生きなさい、わたしの愛し子〙
もう1人の母の優しい声に導かれて、、、
目覚めた神霊の御子が瞳を開ける。
精神世界から戻って、、、
目の前には、、、
元の世界の姿があり、、、
自分を解放してくれた愛する人がいた。
大好きな恋人の顔を見つめながらシャリィは口を開く。
「ありがとう、シン。わたしは今初めて、、、わたしを知りました」