5.S-18.275 恋人の色
思わずシンたちを追い出してしまったシャリィ。
少し落ち着いてきたところで、初めて近くで顔を合わせた『恋人』の姿を思い返す。
それはシャリィの心を激しく揺れ動かすものであった。
シン、、、わたしのこと、嫌ってなかった。
シャリィの魔眼は他人の感情を正確に読み取ることができる。
そしてシンはシャリィに対して、全く悪感情を抱いていなかったのだ。
将軍から感じる『色』は、いつもと同じ『嫌悪』の『赤』と『恐怖』の『エンジ色』。
けれども残りのメンバーは、今までシャリィが決して向けられることのなかった『色』を見せていた。
ドラゴン少女2人は『無関心』の『白』。
勇者の少女はわずかに『怯え』を含んでいるが、基本的には『親近感』と『共感』の『水色』。
そしてシンに至っては、なんと『好意』を示す『青色』である。
こんなことって、本当にあるの?
見間違いじゃないよね?
シン、わたしのこと『シャルラリィ』って気付いてないのに。
『べドベダルの魔女』だって知ってるのに!
それでもわたしのことを怖がらないの?
嫌わないの?
それどころか好意すら抱いてくれてるなんてっ!!
あり得ない反応を目にして、混乱しきりのシャリィ。
しかも、、、
シン、わたしを見て綺麗だって!!!
今までシャリィの容姿だけは認めてくれる人間もいなかった訳ではない。
けれどもそれらはあくまで『美しい化け物』に向けるものである。
だけどシンは純粋に自分を『美人』だと思ってくれていた。
心の中でだけとはいえ、最愛の人が褒めてくれたのだ。
天にも昇るほどに舞い上がってしまうくらいの嬉しさだった。
もしかしてシンなら、わたしのことを受け入れてくれるのかな?
魔女であるシャルラリィ・べドベダルを愛してくれるのかな?
浮かれた心がズキュンズキュンと胸を叩く。
けれども頭の中の冷たい魔女が、そんなことはあり得ないと釘を刺す。
それにどっちみちシンには、既に恋人がいるのだ。
至近距離から魔眼で観察して、シンたち3人の恋愛関係が疑いようのないものだとはっきり分かった。
シンの愛情が自分に向けられることは決してない。
妄想の世界に旅立ちかけたシャリィだったが、ようやく冷静さを取り戻す。
すると部屋の外の騒ぎ声が耳に入ってきた。
『キサマの首を差し出して、魔女姫に赦しを乞うしかあるまいっ!さぁっ、首を出せっ!』
『いやっ、ヤダけど』
あのクソボケジジィっ!
わたしのシンになんて暴言をっ!!(怒)
と、これまでの自分への態度も合わせて、ナパウド将軍に軽く殺意を抱くシャリィ。
けれども外の騒動は冗談では済まないほどにエスカレートしつつあった。
『喧嘩売ってるニャミュ?喰い殺すよ!』
『やっぱりムレビトは皆殺しにする方がいいかな?』
シャリィですら太刀打ちできない伝説のドラゴンが、暴れ出そうとしていたのだ。
幻獣種の怒りのオーラが、部屋の中にまで伝わってくる。
シャリィのように魔眼を持たない一般人でも、はっきりと感じ取れる程だ。
メイドたちは白目を剥き、口から泡を吹いて気絶しそうになっている。
護衛隊長や補佐官も顔面蒼白で、ふらつきながらシャリィを見つめていた。
「まずいっ、たいへんなことになってるっ!?わたしのせいでっ!!」
こうなっては、シンに正体がバレることを恐れている場合ではなかった。
「すぐに呼び戻してきてっ!早くっ!!」
補佐官の男にシンたちを呼びに行かせる。
おかげで騒動は一旦収まったようで、再びシンたちが入室してきた。
一度追い出してすぐに呼び戻した気まずさを誤魔化すように、シャリィは平静を装って声をかける。
「みなさまとのお話を断る理由などありませんもの」
けれども『最愛の人』を目の前にしては、冷静になるなど無理な話だった。
どうしてもシンのことを目で追ってしまう。
すると、、、
シンもわたしのことを見てくれてるっ!
しかもその視線は相変わらず親愛の『青』色だ。
嬉しさで舞い上がりそうになり、ニヤついてしまうのを抑えきれない。
バレたらダメなのにっ!
こんな態度では、いつ自分がシャルラリィだと気付かれるか分からない。
せっかくこれだけ親密になれたのに、シンに自分の『右手』の持ち主が魔女だと知られてしまう。
毎晩恋人のようにあんな♡ことをするまでになった関係が壊れることになるのだ。
そう考えを巡らせたところで、シャリィは思わず昨夜のプレイ♡を思い出してしまう。
わたしっ!!
昨日、シンの指先でもてあそばれてあんな♡ことにっ!!!
昨晩感じた絶頂感を思い返して、ますます顔を真っ赤にさせてしまうシャリィ。
わたし、あんなとんでもないことになっちゃって、、、
シンもわたしとおんなじくらい気持ち良かったのかな♪
この人がわたしの胸やあんな♡ところを触ったんだ!
わたしのことシンはどう思ってるのかな?
って、、なんてこと考えてるのっ!!
いまわたし、どんな顔してるんだろ?
うわぁっ、顔を合わせるのがすごく恥ずかしいっ!
恥ずかし過ぎて目を合わせられないよぅっ!!
と、ピンク色の思考で頭の中がいっぱいになるシャリィ。
人類を超越する天才的な頭脳を持つはずの魔女姫は、いまやただのポンコツ色ボケっ娘に成り果てていた。
そうしてシャリィがアワアワしているうちに、会話は自己紹介の流れに入っていく。
我に返ったシャリィは、慌てて口を開く。
ダメダメ!なに考えてるの!
しっかりしなさい、王女でしょ!
ちゃんと上品に名乗らなきゃ!
「はじめまして、わたしが、、、」
冷静さを取り繕って、王族たるべき態度で自己紹介を始めるシャリィ。
だがその瞬間、恐ろしい状況に気付いて凍りつく。
って、『わたしがシャルラリィ・べドベダルです』なんて、名乗れるわけないでしょっ!!
まずいっ、浮ついてたせいで、ぜんぜん考えてなかった、、、
焦るシャリィだったが、不自然に言葉に詰まったせいで、注目を集めてしまっている。
何か言わないわけにはいかない。
「、、、わたしがべドベダルの第一王女です!」
咄嗟にそう宣言して口をつぐむが、こういう場ではフルネームを名乗るのが作法だ。
将軍と補佐官が戸惑いの表情を浮かべ、変な空気が流れる。
するとあろうことか補佐官の男が余計な口を挟んできた。
「そこはフルネームですよ、シャルラリィ殿下」
「ひゅぃぃぃっ!」
いきなりの暴露に息が止まりそうになり、思わず悲鳴を上げるシャリィ。
「何で言っちゃうんですかっ!!!」
補佐官を怒鳴りつけつつ、恐る恐るシンの顔色を窺う。
するとシンの表情に理解の色が広がっていく。
「シャルラリィ?君がシャルラリィ?」
完全にシンに正体がバレてしまったのであった。