5.66.268 魔女の仲間
シャリィが胸を刺し貫かれるのを目にして、真一は焦りまくっていた。
早くシャリィを助けにっ!とエピーを急かす。
だがそんな真一を落ち着かせるように、エピーが冷静に状況を説明してくれたのだ。
「あの女はまだまだ大丈夫だし、マオビトたちも今すぐどうこうするつもりはないみたい」
エピーとドリーは魔王軍四天王たちの殺気が薄れていることを見抜いていた。
戦いが決着した今なら、まだしぼらくは時間に余裕があると。
だがそう言われても真一は、はやる気持ちが抑えきれない。
「だからって、、、」
「それに今は下手に急いでこっちが見つかる方がマズいニャミュ」
「ミュイっ、変に刺激したらすぐにあの女が殺されちゃうかも。それより今は気配を消して静かに距離を詰める方がいいよ」
2人にそう説得されて、真一もようやく冷静さを取り戻す。
確かにこの距離ではどんなに急いでも、シャリィを助けるのは間に合わない。
だったら気付かれないうちにギリギリまで近づいておくべきだろう。
真一と朝霞が息を潜めると、エピーたちが雰囲気を一変させる。
まるで闇に潜むかのように、存在感が一気に薄くなったのだ。
カミュリャム《至聖龍》の種族スキルには『隠密』なんてものはなかった。
なのでこれは野生の狩りやサバイバルにより、2人が自力で身につけた技術なのだろう。
エピーたちの隠密能力は、真一の首や抱きかかえた朝霞をも巻き込んでいく。
全員まるごと世界から消え失せるかのように、静けさを纏ったのだ。
そのまま上空からゆっくりと下降していく。
魔王軍の将軍たちは、そんなエピーたちの存在にこれっぽっちも気付かない。
幸いにしていまだ戦場に立ちこめる土煙が、上手い具合に煙幕となってくれた。
アグノニャイツたちは、シャリィを取り囲んで何やら交渉している。
かなり近くまで降りていくと、会話の内容が聞こえるようになってきた。
どうやらシャリィを魔王軍へと勧誘しているようだ。
すぐに割り込める距離まで接近したところで、エピーは移動を止める。
そんななかアグノニャイツは、シャリィに最後の選択を迫っていた。
ここでシャリィが魔族を選んだらどうしよう?と戸惑う真一だったが、、、
っ!?
右手に強い圧力を感じてハッとなる。
シャリィが腰の袋に手を入れて、真一の右手をキツく握りしめてきたのだ。
それだけでシャリィの気持ちは、痛いほどに伝わってきた。
想いを返すように、真一も繋いだ指に力を込める。
すると真一が予感した通りの答えを口にするシャリィ。
それは死を受け入れた、最期の言葉であった。
「もう、だいじな、ひとが、、できたから、、、」
シャリィの拒絶を受けて、アグノニャイツは静かに剣を振り上げる。
だが真一がエピーに何か言う必要はなかった。
かしこいエピーはすぐさま全速力で割って入り、アグノニャイツの振り下ろした剣を受け止める。
それと同時に、、、
「あぁっ、シャリィっ!俺が味方だっ!!!」
シャリィを安心させるように、真一は力強く宣言する。
そしてシャリィのために動いたのはエピーだけではない。
「ヒカるんっ!!」
ドリーに抱きかかえられていた朝霞が、地面に下ろされるやいなや胸の先端の『小窓』を開く。
「殺れっ!!」
アグノニャイツの命を受けて、残りの4人が一斉に攻撃に移る。
だがそのときには既にヒカるんの防壁が出来上がっていた。
朝霞と真一たち、そしてシャリィを囲む円柱状の光の壁だ。
壁の内部の瘴気が瞬く間に浄化されていく。
撃ち込まれた魔法が壁に触れて、ただただ消滅する。
エピーに掴まれていたアグノニャイツの剣も、途中でスッパリと切断されていた。
振り下ろされたデムナイツァの剣も、ヒカるんに触れた部分が消え失せる。
メガニョイッツは殴りつける拳を、ギリギリのところで辛うじて止めていた。
ヒカるんガードに触れたらどうなるかを、昨日既に思い知らされていたのだ。
5人の8指将は悔しそうに唇を噛みながら、手出しできずに苛立つことしかできない。
そんな魔族たちを無視して、すぐに動き出す真一たち。
「ミニマムヒールっ!!」
真一のショボい治癒魔法では、大した回復効果は得られない。
回復対象のステータスが高すぎるため、ミニマムヒールの回復量など微々たるものだからだ。
けれども真一もそんなことは最初から分かっている。
「ミニマムヒールっ!ミニマムヒールっ!!ミニマムヒールっ!!!」
MPの続く限り魔法を連発していく。
そしてこのパーティーのヒーラーは真一だけではない。
「ヒカるんっ、シャリィさんを治してっ!」
ヒカるんの補助効果に含まれる『治癒』は、自分以外にも効果があるのだ。
朝霞は円柱状のヒカるん防壁の一部を伸ばして、シャリィの傷口を近くから照らすようにする。
距離が近いほど回復効果がアップするからだ。
「シュクア《治癒》」
さらに朝霞は神殿で覚えたばかりの治癒魔法を使ってみる。
初めて発動するのだが、使い方は習得時に自然と頭に入っていた。
『シュクア《治癒》』は中級魔法だが、効果としては真一のミニマムヒールと全く同じだ。
真一たちの必死の治療のおかげで、シャリィの魔眼に光が戻ってきた。
胸を刺し貫かれた傷口は治っていないが、出血は収まっている。
何より瀕死だったシャリィが元気を取り戻していた。
「あり、がとう、、、」
倒れていたシャリィは、苦しげに身を起こしながら礼を言う。
そうして胸の傷口に右手を当てた。
すると白くてしなやかな手のひらから、黄緑色の光が放たれる。
それはミグル《内側》の魔法とは異質な、神々しい魔法であった。
あっという間に胸の傷口が塞がっていく。
さらには白いドレスを真っ赤に染めた血の跡が浄化され、ドレスの切り口までもが修復された。
「シャリィ、もう大丈夫?助けに来るのが遅れてごめん」
一安心した真一は、シャリィに優しく話しかける。
だが瀕死状態から回復したにも関わらず、シャリィの顔色は青いままだ。
それはもしかしたら精神的な不安のせいなのかもしれない。
「どうして?わたし、あんなに酷い態度を取ったのに、、、」
恐る恐るといった様子で、真一に問いかけるシャリィ。
腰の袋の中では、恋人繋ぎしたままの4本指の少女の指先が、怯えるように震えていた。
シャリィは真一のことを拒絶したつもりだったのだろう。
決して受け入れてもらえないと決めつけて、先に自分から希望を断ち切るために。
それほどの諦めを心に植え付けられるなんて、シャリィは今までどれほどの孤独と絶望の中にいたというのか。
そんな悲しすぎる運命をぶち壊すように、真一は思いのたけを熱くぶつける。
繋いでいる右手を強く握り返しながら。
「言っただろ。シャリィは俺の大切な仲間だって。どんなことがあっても、ずっとシャリィの味方だから!」
「なかま、、?」
「そうですっ!わたしもシャリィさんを仲間だって思ってますからっ!」
「あなたまで、、どうして?」
朝霞にまで温かい言葉をかけられて、シャリィはただただ困惑している様子だった。
そんなことを言われるとは、全く考えもしなかったみたいである。
けれどもシャリィの味方なのは2人だけではない。
「シンの命を助けてくれたんでしょ?だったらシャリィはドリーの友だちニャミュっ♪」
「友だち!?、、、ドラゴンさんも?」
「ミュイ〜、シャリィは恩人だからね。エピーも借りは返すよ。だけどシンは渡さないからね」
「ドラゴンさんたちなら、わたしの力が怖くなんてないのかもしれないけど、、、」
どうやらシャリィの『魔眼』は、ドリーたちの正体を見抜いているようだ。
幻獣種の至聖龍であることも、どれほどの力を持っているのかも。
リカナの『真実を見通す瞳』よりも遥かに強力な魔眼なのかもしれない。
「それでも、、この目が気味悪くないんですか、、?」
そしてシャリィはその魔眼に、ずっとコンプレックスを抱いていたようである。
きっと今まで出会った誰もが、シャリィの力と魔眼を異質なものと拒絶し、化け物としか見てくれなかったのだろう。
そんなのは許せない!と、真一はありのままの気持ちをシャリィにぶつける。
「とっても綺麗な目だと思うよっ!それにその力で俺のこと助けてくれたんだろっ!」
「っ!?」
「正直最初は少し怖かったですけど、シャリィさんが優しい人だって分かりましたから」
朝霞もシャリィの瞳をまっすぐ見つめて、素直な心境を真剣に告げる。
「ミュぅぅ、ムレビトの目と大して変わんないように見えるけどなぁ〜」
そしてドラゴン娘からすれば、人間の容姿なんて大差ないようだ。
「そうニャミュ?すっごい透き通ってて、食べちゃいたいくらい可愛いニャミュ♡」
ドリーはまぁ、、、安心の安定感であった。
悪い意味で。
「あなたたち、、、」
「信じてくれ、シャリィ。俺たちはみんなシャリィの味方だ。シャリィがどんなに拒絶したって、もう仲間だって思ってるからな!」
「なかま、、、わたし、こんな、、『魔女』なのに、、、」
綺麗な顔をしわくちゃに歪めて、苦しそうに言葉を洩らすシャリィ。
どこまでも自分は『魔女』でしかないと、頑なに思い込んでいるみたいである。
このか細い少女は、いったいどれほど報われない人生を送ってきたのだろう?
けれども真一たちの想いはしっかりと伝わった様子である。
何故なら、、、
『魔女の瞳』から、止めどなく涙が溢れ出していたのだ。
本編はまたここで一旦おやすみです。
明日からは再びシャリィ編に移ります。




