5.S-4.255 孤独の魔女姫
『魔女の生誕祭』における犠牲者の数は、❶⓿⓿人(※256)を越えた。
重軽傷者の数は、その3倍ほどにも及ぶ。
ベドベダルの街の全人口のおよそ∧❶(※1/16)が、自身や身内への被害に遭った計算になる。
突然に家族を失った住民たちの怒りは激しかった。
不幸な事故とはいえ、その責任を追及する声が出るのは当然のことである。
何よりほとんどの人間が、何故こんな大惨事が起きたのか、全く分かっていなかった。
怒りの矛先が向かったのは、もちろん領主の霊王家である。
暴動の気配すら漂うなか、霊王であるミシャルリィは心労で心神喪失状態に陥った。
夫であるランドットが一時的にミシャルリィに代わって街を治めることとになる。
そして極限状態に追い詰められたランドットのとった行動は、、、
弾圧であった。
歯向かう住人は容赦なく拘束し、場合によっては死罪も辞さない。
反乱の目を根こそぎ摘んでいく。
当然民の不満は膨れ上がっていくが、不幸中の幸いは、それを向ける格好の『ターゲット』がいたこと。
ランドットは非情にも、とある噂を流すことにしたのだ。
あの事件は全て、シャルラリィがやったこと。
あれは悪魔に取り憑かれた娘である。
人を焼き殺すことに愉しみを覚える魔女なのだ。
霊王夫妻ですらも被害者でしかない。
そして逆らう人間は、悪魔の子によって生きたまま焼き尽くされることになる、、、と。
見せしめに反乱分子を城壁の上で火あぶりの刑に処し、それをシャルラリィの仕業だと喧伝する念の入れようである。
こうしてミグル《内側》中にとある王女の悪名が鳴り響くことになった。
シャルラリィ・ベドベダル。
とはいえその本名は、実はあまり知られてはいない。
不吉で鮮烈な『あだ名』の方が、遥かに広く知れ渡ることになったからだ。
『ベドベダルの魔女』。
規格外の魔法を駆使し、領民を焼き殺すことを何よりも好む、人の心を持たない悪魔のような姫君。
あちこちの街へと広がっていく噂は、尾ヒレ背ヒレをつけて際限なく膨らんでいった。
そんなわけで事件の後のシャルラリィは、ただひたすらに孤独だった。
父と母だけでなく、全ての人間から距離をおかれる。
もはやまともに視線を合わせてくれる相手など、1人もいない。
城の奥に幽閉され、部屋の外に出ることすら許されない。
けれどもシャルラリィは、その境遇をあっさりと受け入れた。
ぜんぶ自分が悪いのだから、、、
地球年齢でわずか3歳ほどの幼女には、自分のしでかした事態の深刻さなど、理解できるはずもない。
『死』という概念すらまだ、よく分かっていないくらいなのだ。
ただ現場の被害者たちから立ち昇る苦痛と絶望の色は、シャルラリィの魔眼にはっきりと映っていた。
さらには家族や周囲の人間から向けられる恐怖と悪意が、かつてないほどに膨らんでいる。
自分が何か大きな失敗をしでかしたことには、はっきりと気がついていた。
悪いことをしたんだから、怒られるのは仕方がないよね?
だけど大人しくいい子にしていれば、きっといつか母さまも父さまも許してくれるはず。
そう考えて健気に待ち続けるシャルラリィ。
けれども幼い少女のそんな淡い願いは、決して叶うことはなかった。
まず唯一の味方だったミシャルリィは、あれ以来娘と会うことが一切無くなっていた。
シャルラリィの姿を目にしただけで、ミシャルリィは発作を起こすようになってしまったのだ。
目の前で領民たちが生きたまま焼け落ち、蒸発していく様を見せつけられたのである。
精神を病み、トラウマを植え付けられてしまったのも無理はない。
それを行ったのが自分の娘であることを、心が受け止めきれなかったのだろう。
一方で父ランドットは、シャルラリィに全ての罪をなすりつけておきながらも、シャルラリィを罰することはなかった。
というよりもむしろ、ひたすら放置していたというのが正しい。
ランドットは怯えきっていたのだ。
シャルラリィの放った未知の魔法は、ミグル《内側》に知られている魔法に換算すると、上級(第4階)どころか特級(第5階)に及びかねないように見えた。
特級の魔法など、熟練の魔術師を何人も集めて、大規模な術式を時間をかけて組み上げて、ようやく使えるような代物である。
個人で使えたとされるのは、歴史に名を残すような英雄ばかりだ。
それを魔法を初めて目にした幼子が、容易く使いこなしたのである。
しかもあれほどの威力の魔法を放ちながらも、まだまだいくらでも余裕があるように見えた。
全力で魔法を行使したらどれだけのことができるのか、恐ろしすぎて聞くことすらできない。
簡単に街1つを滅ぼすほどの力を持っていたとしても、何ら不思議はなかった。
そんな我が娘の機嫌を損ねるようなことなど、ランドットには怖くてできるはずもなかったのである。
そこでランドットはシャルラリィを城の奥に閉じ込め、放置することにした。
ただし出来る限り贅沢な環境を整え、表向きには機嫌を取り続けた。
シャルラリィの要求には可能な範囲で応える。
ただし自分が娘の前に出ることは、極力避けていた。
王女に必要とされる教育は、教師を手配するだけ。
身の回りの世話は、使用人に任せきり。
どうしてもシャルラリィに会わざるを得ないときは、目を合わせることもなく、一方的に一言二言を告げるだけだ。
とにかくシャルラリィが怖くて仕方なかったのである。
だがそんなランドットがシャルラリィに抱いていたのは恐怖だけではない。
自分勝手にも全てを娘のせいだと決めつけた挙げ句、激しい嫌悪感を胸の奥でくすぶらせるようになっていったのだ。
そんなランドットが程なくしてたどり着いた結論は、、、
魔女の暗殺であった。




