5.53.244 特別任務
ドンドドンドドンっ!
魔女姫について話をしていると、部屋の扉がリズミカルに叩かれる。
「はーい」
サツキがドアを開けると、外にいたのは冒険者ギルドの調整官であるジュンゴウだった。
ちなみにジュンゴウはただのギルド職員で、ナパウド将軍たちほどの実力はない。
普通の職員よりは遥かに強いものの、その仕事はあくまで現場の冒険者たちの事務的サポートである。
「実はエンプレス・ギドリー・シンイチ殿にお願いがあって参りました」
そのジュンゴウの用事の相手はどうやらシンイチたちらしい。
「ナパウド将軍が特別任務を頼みたいとのことで、話だけでも聞いてもらえないか相談に来た次第です」
そうして真一たちは、司令室へと案内された。
パーティーメンバーということで、朝霞も同行している。
部屋の中ではナパウド将軍とセンゼン中将が待っていた。
「良く来てくれた、エンプレス・ギドリー・シンイチ君、アサカ君。まずは先の戦闘での大活躍に、改めて心から感謝する」
「あぁ、諸君の力が無ければ、我々の命は無かっただろう」
「ドリーはスゴいニャミュっ!♪」
「もちろんだともっ!ただあれほどの活躍の後で非常に心苦しいのだが、少し特殊な任務を頼みたいのだ」
言い出し難そうに話を切り出すナパウド将軍。
よほど危険な任務なのだろうと身構える真一だったが、、、
「ぜんぶドリーに任せるニャミュっ♡」
「ドリーちゃんは少し黙ってようね!」
おだてられて調子に乗り安請け合いをするチョロゴンを、慌てて止める真一であった。
「内容によります。運搬と防衛だけという約束で来ていますから」
「もちろんそこは把握しているとも。お願いしたいのは運搬だけだ」
「運搬ですか?」
「まぁ、簡単に言えば、、、『魔女』を壁の向こうに捨ててきて欲しいのだ」
確かに簡潔な説明だが、あまりにも酷い話であった。
後ろで聞いていたセンゼン中将まで、ギョッと目を剥いているほどである。
「将軍!?その言い方は少し、、、」
「ここにいるのは我々だけだ。言葉を濁しても仕方あるまい」
気まずそうにするセンゼン中将に対し、ぶっちゃけまくるナパウド将軍。
ただし心の中に抱いている魔女姫への嫌悪感は、2人とも同じのようだ。
氷の少女に何故か親しみを感じてしまう真一としては、少し気分が悪い。
「『魔女』には先ほど作戦を伝えて了承は得ている」
「明日の作戦はこうだ」
そこからはセンゼン中将が詳しく説明してくれた。
連合軍は明日、こちらから打って出るらしい。
簡単に言うと、前後からの挟み撃ちである。
砦からは『天剣』を始めとするプラチナ冒険者たちを中心にして、進軍を開始する。
それと同時に、『べドベダルの魔女』が単騎で『魔界の門』の向こうに殴り込み、前後から魔王軍を挟撃して壊滅させるのだ。
そうして最終的には魔界の門を人類の手に取り戻すことが目標となる。
この作戦にはメリットがあって、魔女姫は周囲に味方がいない方が、巻き込む心配がなく全力で戦えるはずだと言うのだ。
「問題は魔女姫にどうやって壁を越えてもらうかなのだが、その運搬をお願いしたいのだ」
魔界の門は高さが500メートル以上もある。
魔女姫の力なら自力で越えられる可能性もあるが、無用なリスクは負いたくない。
そこで真一たちにこっそり空から運んでもらいたいという話であった。
「話は分かりましたけど、その作戦って敵が門から出てこなかったら、魔女姫さんがたった1人で取り囲まれることになるんじゃ、、、」
それに満身創痍のプラチナ冒険者たちに、こちらから攻めに出る程の余力があるかも疑問である。
だがナパウド将軍の答えは、あんまりなものであった。
「別に構わんだろ。そういう作戦だという名目で魔女には納得してもらえたからな。敵が出てこないという『想定外』の事態になって、壁の向こうで潰し合いになるなら、それは仕方のないことだ」
それってぜんぜん想定外じゃねぇだろ!
話を聞いてかなり不愉快になってくる真一。
この様子だと、本気で冒険者たちを表から出撃させるかも怪しいものである。
魔女姫を騙して、壁の向こうに廃棄して、それで魔王軍と潰し合わす狙いなのだ。
共倒れになれば人類の脅威がどちらも消えて万々歳!という魂胆が透けて見える。
もしべドベダルの魔女が、住民を焼き殺すのが趣味の極悪人なら、そういう作戦も悪くないのかもしれない。
けれども真一にはどうしてもあの氷の少女が、そんな悪しき存在には思えなかった。
だから、、、
「分かりました。だけど1つ条件があります」
「条件だと?」
「えぇ、まず先に魔女姫さんに合わせてください」
「どういうことだ?」
真一は自分の目で魔女姫がどんな人かを確かめたかったのだ。
もし真一の印象通りの良い人だったら、騙されていることを何とかして伝えてあげたかった。
けれども魔女姫の味方をしていることがバレるとマズいので、他の言い訳を考える。
「それは、、、えぇと、明日会っていきなり焼き殺されたらたまりませんから。運んでも問題ない人か確かめておきたいです」
「なるほど、、、まぁ、当然の用心か、、、」
真一の答えに納得するナパウド将軍。
こうして真一と朝霞は魔女のいる個室へと向かうことになった。
わざわざナパウド将軍が自ら案内してくれる。
1つの街の王女であるべドベダルの魔女には、将軍くらいの格の人物でなければ、軽々しく面会することもできないのだ。
「いいか、面会の許可を求めるまではするが、会ってくれるかまでは分からんぞ。許可が出ても軽々しく話しかけるな。くれぐれも言葉遣いには気をつけるように」
「分かりました」
「間違っても本人の前で『魔女』などと口にするなよ。怒りを買って焼き殺されるぞ。『王女殿下』とお呼びするように」
裏ではさんざん悪口を言いまくっていたくせにどの口が言うのか?と、少し呆れてしまう真一であった。
とはいえ王族と会うのだと改めて考えると、かなり緊張してくる。
少なくともドリーには、1言も喋らせないようにしておくべきだろう。
真一は問題児にきつく言い聞かせておく。
だが魔女姫の部屋まであと少しというところで、ナパウド将軍が立ち止まる。
そうして真一たちに向き直ると、真剣な表情で口を開く。
「あとこれは忠告だが、絶対に魔女の眼を見るな。出来れば顔を上げん方がいい」
それは悪意からとかではなく、本当に真一たちのことを心配しての忠告のようであった。
「どういうことですか?」
「魔女の瞳は『魔眼』らしいぞ。悪魔の力を持つ呪われた眼だ。目を合わせると下手すれば魂を奪われるそうだ」
心の底から怯えきった将軍の言葉に、背筋にゾクっとしたものを感じる真一であった。