5.45.236 新たなる四天王
カイチの一撃に驚いているのは、ナパウド将軍たちも同じだった。
「あの勇者、口だけではなかったのか」
「青鎧も何人か巻き添えにしてる。これなら勝てるぞ!」
「あっさりと8指将を倒したのか!」
そんなセリフを聞きながら、これってフラグじゃないの?と呑気に考える真一。
そして実際にそれはフラグでしかなかった。
「肉体修復、、、」
血みどろの死体に見えたニャグメッツの身体が、そんな言葉を発する。
すると間をおかずして、ニャグメッツの傷が修復されていった。
肉体属性の上級(4階)で習得できる、第1層の適性者でも使える治癒魔法だ。
HPを回復する効果はないが、大抵の傷は修復が可能なのである。
すぐに追撃をしていれば、カイチがそのままトドメを刺すこともできただろう。
だが自分の有利を確信していたカイチは、せっかくのチャンスを無駄にしてしまった。
兵士たちの死骸の山から、ゆっくりと立ち上がるニャグメッツ。
相手が戻ってくるのを、カイチは呑気に見守るだけであった。
「まだ生きてんのかよ。もう力の差は分かっただろうに、無駄に足掻いてくれるぜ」
「無駄だと?戦いの何たるかも知らん無能が」
「ぁあん?まだやる気なのか?」
「だが何より許せんのは、キサマごときに油断して無駄に兵を失ってしまった自分自身だな」
静かな口調の中に、燃えたぎるような激情を秘めた8指将。
その怒りの半分以上は、カイチではなく自分に向けられていた。
「安心しろよ、お仲間もまとめてあの世に送ってやるぜ」
「あの世?というのが何かは知らんが、それは無理な話だな。ここからは一方的に嬲らせてもらう」
「はっ、やれるもんならやってみぶっ!…
カイチは最後まで言いきることはできなかった。
顔面にニャグメッツのパンチを受けたからである。
一瞬にして距離を詰めたニャグメッツが、油断しきったカイチの顔面を撃ち抜いたのだ。
とはいえその攻撃はカイチの防御力の前には、大きなダメージとはならない。
カイチはわずかにのけぞっただけで、1歩たりとも後退してすらいなかった。
「てめぇっ!」
すぐさま反撃しようとするカイチだったが、、
「うっ!?」
勇者の全力パンチはむなしく空を切る。
そして難なく躱されたカイチの今度は腹に、ニャグメッツの拳が突き刺さった。
それでも反撃しようとするカイチだったが、全く当てられないままニャグメッツの攻撃を食らい続けていく。
確かに攻撃力と防御力では、カイチの方が上回っている。
けれども格闘技術には絶望的なまでの差があるのだ。
長い年月を前線で戦い続けた熟練の戦士と、ステータスにかまけて楽な狩りでレベルを上げただけの素人。
正面から撃ち合えば、当然の結果であった。
カイチの本気の実力を知るリカナが、それでも勝ち目はないと予想した理由がこれである。
当たりさえすれば一気に勝ちに届くはずの攻撃を、一切当てられなくなったカイチ。
一方的に殴られ続け、ただでさえ負けているHPを削られていく。
何度も攻撃を重ねられれば、防御力で上回っていようと肉体のダメージも無視できないものになってくる。
もはやカイチの敗北は誰の目にも明らかであった。
「どうする、リカナ殿?助けを送るか?」
城壁の上から遠目に見守っていたセンゼン中将が尋ねかける。
だがリカナは落ち着いたものであった。
「まだ大丈夫です。水島さんにはまだ『強化アイテム』が残ってます。最悪でも私が隙を見て回復を送れば、まだまだ持ちこたえられるでしょう。ニャグメッツも決して余裕はないので、十分に足止めにはなっています」
そのリカナの言葉は決して見当外れではない。
確かに今はニャグメッツが一方的に攻撃を当て続けているが、それほど有利な立場にはないのだ。
何故なら1発でも反撃を食らえば、一気に形勢逆転だからである。
今度はカイチも追撃をためらったりしないだろう。
ニャグメッツからすれば、まぐれ当たりの1発でも受ければ意識が飛びかねず、その隙に続けて数発もらえば絶命である。
そんな綱渡りの上で、ニャグメッツはカイチの異常な防御力に守られたHPを少しずつ削っているのだ。
それに勇者側にも、そもそも援軍を送る余裕がなかった。
プラチナ冒険者たちも既に戦端を開いており、赤鎧や青鎧たちと激しい交戦状態にある。
それに続いて連合軍の部隊も、城壁を下りて出撃していた。
そんななかプラチナ数名をカイチへの援軍に出せば、攻守のバランスが一気に崩れかねない。
幸いにも今はカイチのおかげで敵の最高戦力を足止めできており、人類側が圧倒できている状況だ。
敵の精鋭である『色付き』たちの数を、少しずつ減らすことができていた。
この状況でカイチを助けに行けるとしたら、真一に頼むか、リカナ自身が出るしかない。
けれども力を隠している真一にこんな段階では頼めないことは、リカナも良く分かっている。
そしてリカナ自身は戦局を見極めるために、簡単には動けない。
というのもリカナには予感があったからだ。
精鋭の赤鎧たちに少しずつ犠牲者を出し始めているこんな状態で、魔王軍が黙って見ているはずはないと。
そしてリカナのその予想は、すぐに現実のものとなる。
「天翔ける光線っ!!」
魔術補助ブレスレットをはめた右腕を伸ばして、自身が持つ最速の攻撃魔法を発動するリカナ。
魔法のランクとしては中級だが、リカナの持つチートスキル『魔法の導き』により、上級レベルの威力が込められている。
並の魔族なら一撃で絶命させる威力を持つ光線は、空中で何かに命中して大爆発を起こす。
その正体はプラチナ冒険者の1人を目掛けて飛来してきた上級魔法の火炎弾であった。
攻撃してきたのは魔界の門から出てきた、杖を持つ魔族の女である。
見るからに特上品の防具を身につけており、間違いなく幹部クラスであった。
「センゼン中将、あれは?」
「見たことない魔族だが、あの装備なら間違いなく8指将の1人だ。恐らく右の4指か8指だろう」
「やっぱりっ!」
苦々しげに呟くリカナ。
そんななか真一は、右4指のストーカー魔族は自爆済みなので右8指の方だろうな〜、などと呑気に見物していた。
ちなみに真一の予想は正解である。
新たに出てきた四天王の女魔術師の正体は、右8指のミョフツァという魔族であった。