5.44.235 脳筋対決
真一たちが準備をしているうちに、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
お互いに一定のペースで歩み寄っていたカイチとニャグメッツが、間合いの1歩手前で同時に足を止める。
「異世界勇者か?」
「あぁ、一騎打ちと行こうぜ」
「お主では力不足に見えるが?」
ニャグメッツはカイチの実力を見抜いて、冷静にそう判断する。
だが一方のカイチも余裕の表情を崩していない。
いくら脳筋とはいえ、カイチも馬鹿ではないのだ。
歩み寄っている途中で、既にニャグメッツのステータスは鑑定済みであった。
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名前:ニャグメッツ
種族:魔族
レベル:162
HP:3578
MP:3239
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魔王軍の幹部つっても、この程度かよ!
と、相手を鼻で笑う余裕すら見せるカイチ。
とはいえ対するカイチのレベルは93。
同じレベルなら勇者の方がステータスが遥かに高いとはいえ、これだけレベル差があるとさすがに分が悪い。
事実、素のステータスだと、カイチはニャグメッツの半分ほどしかなかった。
とはいえ今のカイチは『おにぎりの加護』により、攻撃力と防御力が5割ほど向上している。
しかもそれは3つあるうちの、1つ目のバフでしかなかった。
「これを見てもそう言ってられるかな?」
自信ありげにそう言ったカイチは、2つ目のバフを発動する。
「肉体強化!タフネス!体障壁!」
それは肉体属性の魔法の、基本強化3点セットである。
攻撃力を向上させる『肉体強化(※肉体(上))』、防御力アップの『タフネス(上)』の2つの上級(4階)魔法。
そして全身をガードする魔力障壁を展開する中級(3階)魔法の『体障壁』。
肉体属性に適性があれば、誰もが使用するお馴染みのものだ。
真一も習得済みの魔法もあるが、カイチのそれはレベルが違う。
レベル64以上の勇者は『上級勇者』となり、上級魔法が開放されるのだ。
中級の勇者である真一が使えるのは中級(3階)止まりだが、カイチが使ったのはそれより1段階上の上級(4階)魔法。
とはいえありふれた魔法であることは変わらない。
使えるのも当然ながらカイチだけではなかった。
「まさかその程度か?第1層適性なら、こんなもの基本中の基本だぞ。肉体強化!タフネス!体障壁!」
ニャグメッツも全く同じ肉体強化魔法を唱える。
しかもレベル162に達するニャグメッツが使うのは、カイチよりさらに1つ上の特級(5階)魔法であった。
「馬鹿か。この程度のわけがないだろ!」
とはいえカイチには3段階目のバフがあるのだ。
それこそが転生特典にカイチがもらったチートスキルである。
「暴虐の英雄っ!!」
そう叫んだ瞬間スキルが発動し、カイチの全身が暗黒のオーラに包まれる。
見た目だけなら、どちらが魔族か分からない姿だ。
とはいえ3重のバフを積み上げたカイチは、誰が見ても尋常ではない強者感を漂わせている。
第三者目線で見れば、カイチの力は明らかにニャグメッツを凌駕しているように映った。
「なんだと、、、?」
「ふっ、おめぇに1つ教えといてやるぜ。『なん、だと、、、』とか言っているうちは、まだ本当の驚愕を知らねぇんだよっ!」
「意味がわからんが、なるほど、少しは出来るようだな」
「おめぇ、もはやそんな余裕ねぇだろ」
完全に立場が逆転したことを確信したカイチ。
3つのバフはどれもHPを上げるものではなく、そこにはまだまだ開きがある。
MPに至っては、むしろどんどん消費してしまっている状態だ。
それでも攻撃力と防御力に関しては、今ではカイチの方が大きく上回っているはず。
鑑定スキルでは、相手のHPとMPまでしか見えないので絶対とは言えない。
それでも普段は2500程度のカイチの攻撃力と防御力は、今では7000を軽く超えているのだ。
「さぁ、最初の1発は好きに打っていいぜ。それで自分の立場ってもんを分からせてやるよ」
「ふっ、いいだろう、異世界勇者。一撃で殺してやる。剛拳っ!!」
カイチの挑発に乗ったニャグメッツは、右拳に恐ろしい程の魔力を込める。
肉体属性の強化魔法を攻撃に乗せる最強の一撃だ。
過去に何度もビドヌウズ《対魔族砦》を1発で半壊させたものである。
そうして一足飛びに間合いを詰めると、一気に剛腕を振り抜いた。
ダーンっ!!!
破裂するように空気が震える。
砦にいる真一たちのところまで、衝撃波が届くほどの一撃だ。
だというのに、、、
「痛ぇじゃねぇかよぅ、、、」
カイチはニャグメッツの攻撃を完全に受け止めていた。
両腕をクロスさせるように組んで、必殺のはずの一撃をガードしている。
最初は胸で受けようと高を括っていたカイチだったが、さすがにヤバいと全力ガードに切り替えたのだ。
全身に衝撃が突き抜け、両腕がジンジンと痺れる。
踏ん張った両足が20センチほども、岩盤のような硬い地面にめり込んでいる。
だが、それだけであった。
やはり3重バフをかけた今のカイチの防御力は、ニャグメッツのステータスを大きく上回っているのだ。
そしてもちろんそれは、防御力だけではない。
「今度はこっちの番だな」
すかさず反撃に出たカイチは、相手と同じく右腕に強化魔法を乗せて拳を振り抜く。
難なく受け止められたことに驚いていたニャグメッツは、咄嗟にガードするのが精一杯だった。
そしてカイチの右拳はあっさりとニャグメッツのガードを打ち破り、みぞおちに深々と突き刺さった。
「ぅがぁあっ!」
カイチの一撃が、ニャグメッツの巨体を軽々と吹き飛ばす。
それは魔王軍にとっても信じられない光景だった。
砲弾のように宙を舞ったニャグメッツの身体が、凄まじい速度で魔王軍の隊列に突き刺さる。
そのまま何十という魔族を道連れにして、スピードを緩めることなく一直線に魔界の門へと激突した。
ドガァーーーン!!
下敷きになった不運な兵士たちがミンチになり、大量の血しぶきが舞う。
そして、、、
「すげえぞぉっ!!!」
「うぉぉぉっ!」
「あの勇者、やりやがったぁ!!」
「8指将を倒したぞぉっ!!」
城壁の上の兵士たちが一斉に大歓声を上げたのだった。