5.14.205 ミグル《内側》の魔法
そして3つのコマンドの最後の1つが『ノイン《魔法》』。
魔法の習得メニューである。
「それじゃ『ノイン』って唱えてみろ」
「、、ノインっ!」
朝霞が思い切って呪文を唱えてみると、表示がパッと切り替わった。
空中に浮かんでいた『ノイン《魔法》』の文字が消え、代わりに黄色く光る4桁の数字が浮かび上がる。
そしてその数字の上に、下から湧き上がってくるように、青色の単語が表示された。
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『水』
『 ❶ ❶ ⓯ ❿ 』
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もちろんその単語は現地語で書かれている。
けれども異世界語翻訳機能のおかげで、真一も朝霞もその意味が理解できた。
さらに『水』に続けて、いくつもの単語が下から下からせり上がってくる。
映画のエンドロールのような感じだ。
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『水』
『水(下)』
『水球』
『水流』
『水矢』
『水(中)』
・
・
・
『 ❶ ❶ ⓯ ❿ 』
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「ほらっ、習得できる魔法が出てくるだろ、、、嬢ちゃんは水魔法が出てるから、適性は2層だな」
朝霞の魔法適性は第2層であるらしい。
このミグルの魔法の適性は、4つの層に分かれている。
1層(物層)、2層(液層)、3層(気層)、4層(動層)の4つである。
このあたりの知識は、真一も朝霞もマコから聞いていた。
それぞれの層にはいくつかの属性が含まれている。
2層(液層)なら水魔法や治癒魔法などといった感じだ。
朝霞の場合は冒頭に水属性の魔法名がずらっと並んでいるので、適性は2層だと判断できるのである。
だがそれにしても、表示される魔法の名前が多い。
もう既に10個は超えていて、しかもまだまだ終わりが見えない。
後から後から新しい魔法名がせり上がって表示されてくる。
この石柱の表示は映画のエンドロールと違って、スクリーンに上端はない。
出てきた魔法が上へ上へと高い位置まで登っていき、そのまま表示され続けている。
それらが積み上がって、見上げるような高さになっていた。
これが普通なのか分からない真一と朝霞だったが、、、
「って、多いなっ!どうなってんだよっ!!」
さすがに多すぎたようで、男が大声でツッコむ。
「そんなにスゴいんですか?」
「当たり前だっ!普通は初級魔法が出るだけなのに、これっ!中級魔法まで出てんじゃねぇかっ!」
初めて神殿で魔法を習得するときは、初級魔法しか覚えられないのが普通なのだそうだ。
朝霞のように適性が2層(液層)なら、水の初級魔法『水』だけという具合だ。
だが実際には朝霞のリストには、水魔法だけでも何個もの魔法が表示されていた。
「だいたいどんだけリル《価値》を貯め込んでんだよっ!」
「リル?」
「あぁ、ここに『❶ ❶ ⓯ ❿』って書いてんだろ!これがいま貯まってるリルの値だ」
男が積み上がった魔法名の下に浮かんでいる4桁の数字を指差す。
そこには16進数で『❶❶⓯❿』と表示されていた。
十進数に直すと5千弱くらいの数字である。
1リルはお金に換算すると5千円ほどの価値なので、朝霞の持ちリルは軽く2千万円を超える額であった。
当然これらは全て、幻獣種の最強モンスターであるダクザギャッデスを倒して得たものだ。
勇者の場合、モンスターを倒して入手したリル《価値》は、その場でレベルアップのために全て自動で消費される。
しかしマコの話ではそのうちの一部が、魔法の習得だけに使えるリルとして『キャッシュバック』されるらしい。
そのオマケ分だけで2千万円超えなのだから、ダクザギャッデス討伐の経験値がいかに多かったかという話であった。
「魔法ごとに必要なリルが決まってるから、足りる範囲で習得するものを選ぶんだが、、、」
朝霞の画面に表示されている、見たことないような大きさの数字を見て、男が目を白黒させる。
「こんだけリルがありゃ、全部選べるんじゃねぇか?まるで幻獣種でも倒して来たような量のリルだな!」
「は、ははっ、、」
「ま、まさか、そんなわけないですよ、、、」
鋭いツッコミに、冷や汗を流す朝霞と真一であった。
「水魔法だけじゃなく治癒魔法も中級まで出てるな、、、こりゃ、2層のほとんどの属性が得意なんじゃねぇか?」
「得意な属性ですか?」
「あぁ、適性が2層でも、普通は全部の属性なんて使えねぇ。適性の層に含まれる属性の中でも、得意不得意があんだよ。初級なら多少苦手な属性でも取れることもあるが、中級以上はよっぽど得意な属性じゃねぇと覚えらんねぇ、、、ハズなんだけどな、、、」
「確か2層だと水とか治癒なんですよね」
「あぁ、人気あんのはそのへんだな。それにほらっ、他にもあるだろ。血魔法、毒魔法、光まほぉぅ、、、えっ!なんで光っ!?」
だが朝霞の魔法リストを指差していた男が声を裏返して素っ頓狂な叫び声をあげる。
今まででいちばんビックリした様子であった。
だが今回は真一にも何が変なのかはすぐに分かった。
「あれ?光って確か4層なんじゃ??」
光属性は4層(動層)の魔法なのである。
適性が2層(液層)の朝霞には、習得できないはずの属性であった。
そこから導き出される結論はただ1つ。
「おめぇ、2適性持ちかよっ!!!」
どうやら朝霞は2層(液層)と4層(動層)の2適性を持っているらしい。
とはいえ真一にはその理由がうすうす分かっていた。
おそらく『ヒカるん』の影響だろう。
その証拠に朝霞の魔法リストにある4層(動層)の魔法は光属性だけだ。
火属性といった他の4層の魔法は初級魔法ですら載っていない。
朝霞本来の適性が2層で、さらにユニークスキル『ヒカるん』の影響で光属性だけ使えるということだろう。
「勇者サマってのは、本当にご立派なもんだぜ!!そりゃ、俺らじゃ相手にならねぇわけだよっ!」
感心するような、それでいて拗ねたような様子を見せる係員の男。
「2適性ってやっぱりスゴいんですね、、、」
「当たり前だろっ!ミグル《内側》の人間は全員適性1つだからなっ!」
「だけど、全適性の人も2人いるんですよね?1人は勇者だけど、もう1人はミグルの人なんじゃ?」
このあたりの話は、前にマコから聞いたことがあった。
「いや、『べドベダルの魔女』は人間じゃねぇよっ!あんな化け物と『リカ様』を一緒にすんじゃねぇっ!!」
全適性の魔法使いの1人はミグル人で、住民を焼き殺すのが趣味のヤバい王女らしい。
『べドベダルの魔女』として、ミグル中から恐れられている。
そしてもう1人が『完全魔術師』という2つ名を持つ女性勇者であった。
確か『タカナシ リカなんとか』って名前だったっけ?と、記憶を呼び起こす真一。
嫌われまくっている異世界勇者の中で、彼女だけはとても人気があるという話だった。
『リカ様』なんて呼んでいるあたり、目の前の係員の男もどうやらファンのようである。
「リカ様?」
「あぁ!リカ『様』としか呼びようがねぇぜっ!なんせこの街はリカ様に救われたんだからな!優しくて、美人で、強くて、本当に素晴らしい人なんだよっ!」
この男がリカ様好き♡好き♡なのは、どうやら街を救ってもらった恩があるからようだ。
ここで勇者が嫌われていないのも、そのあたりが関係してそうである。
この街ではリカ様の写真やグッズなども売られているらしく、まるでアイドルのような扱いであった。
この男のように熱心なファンもたくさんいるみたいだ。
もっともこの男はデレデレと鼻の下を伸ばしきっているあたり、このわずか数分で目の前の美少女勇者アサカに鞍替えしそうな勢いであった、、、