5.4.195 巣立ちのとき
「だからアサカちゃんもバンリャガにさえ近づかなきゃ大丈夫よ」
「それに今のステータスなら並大抵の現地人じゃ相手にならないわ。何かあってもシンイチたちが守ってくれるはずだしね」
「うんっ!友だちのアシャヤをイジメる肉は、ぜんぶドリーが食べちゃうニャミュっ♪」
「ドリーちゃん、友だちを助けるためでも、やり過ぎだけはダメだからね!」
慌ててドリーを止める真一であった。
人間を食べちゃダメだというのは何とか教え込むことができたが、悪人が相手なら何をしても許されると思ってそうだ。
そもそも『肉』扱いしちゃってる時点でお察しである。
ともかく話し合いはまとまり、朝霞は真一たちとともに勇者として旅立つことになった。
ちなみにその際に真一は、朝霞だけを呼び出してこっそりと打ち明け話をしている。
もちろん、エピーとドリーの正体についてだ。
2人が本当は幻獣種のドラゴンだということを隠したまま、一緒に旅をするわけにはいかないからである。
旅立った後に話してやっぱりイヤとなったら困るので、伝えるならこのタイミングしかなかった。
秘密を打ち明けた後に拒絶されたら、真一たちとしては困ることになる。
だけど真一は朝霞なら受け入れてくれるだろうという気がしていた。
そして実際に、、、
「そんなのぜんぜん気にしないです。人間だって悪い人はいっぱいいますし、ドラゴンさんだって良い人もいて当然です。わたしは初めてお友だちになってくれた2人を信じます」
とヒロインに恥じない素敵な言葉をかけてくれた朝霞であった。
逆に真一の方がドリーを『良いドラゴン』だと信じきれていないくらいである。
なんせドリーは真一と旅に出て以降、もう既に10人ほど喰い殺しかけているのだから。
一応そのことも伝えてみたのだが、、、
「大丈夫です!わたしもドリーちゃんのこと、しっかり見張ってますから。いざとなったらヒカるんを使ってでも止めてみせます!」
と、心強い決意まで語ってくれた。
これなら今までよりも安心して旅ができそうなくらいである。
そんなこんなで『極秘確認』も終わり、さっそく出発することにする真一たち。
まずはどこかの街で朝霞の冒険者登録をすることから始めたい。
そこでユキたちのところに戻って、良さそうな目的地のアドバイスをもらう。
「シンイチたちの強さなら、シャーラ遺跡か幻狼の森がいいんじゃないかな?特にシャーラ遺跡なら近くに大きい街もあるらしいしね」
「いや、シャーラ遺跡は入場にランク制限のあるダンジョンよ。だから幻狼の森1択じゃないかな」
ユキたちが紹介してくれたのは、以前に話していたプラチナ(Sランク)推奨のダンジョンである。
真一たちの強さを見た今なら、ぜんぜん問題ないだろうとシドローも太鼓判を押してくれた。
シャーラ遺跡というのは地下迷宮型のダンジョンだ。
太古の魔導文明の地下都市に、凶悪なモンスターが棲み着いた場所である。
魔導文明の遺産が大量に眠っており、超高難度だが『稼げる』ダンジョンなのだ。
そのため隣接するクジュスタットという街が厳格に管理している。
ダンジョンへの入り口は1箇所だけで、許可を得た冒険者しか立ち入りを許されない。
プラチナ(Sランク)推奨だけあって、許可を得るには基本的にクロム(Aランク)以上が求められる。
例外的にシルバー(Bランク)で認められるとしても、相当な実績と信頼がある場合の話だ。
真一たちもダクザギャッデスを倒したことをギルドに報告すれば、プラチナやクロムへの昇格も可能だったかもしれない。
けれどもこのマヌングル《人間界》で最強とされるモンスターを倒したなんて、歴史を変えるような一大事である。
下手に報告すれば、どんな面倒事になるか見当もつかない。
真一が幻獣種のドラゴンを連れ歩いていることもバレかねなかった。
そもそもダクザギャッデスの死体は謎の黒い渦に呑み込まれて消えてしまったので、倒したことを証明できるものは何1つない。
そんな訳で真一も朝霞も、ダクザギャッデスを倒したことは隠しておくことに決めていた。
ナローズも山兄弟も老夫婦も、目撃者はみんな協力してくれたので、真相がバレる心配はない。
先日クッソフォ農園に冒険者ギルドの調査が来たときにも、朝霞の偽装工作とシドローの嘘報告のおかげで誤魔化すことができた。
そんな訳でシャーラ遺跡に潜る許可を取るには、地道にレベルを上げるしかないというわけだ。
だがしかし異世界勇者に対しては、ランクが十分でも許可が出ることはないらしい。
このあたりは、いかに勇者がこのミグルに迷惑をかけてきたかということの表れだろう。
真一は何とか誤魔化せるとしても、朝霞は完全にアウトであった。
それに対して幻狼の森は1つの森全体がダンジョン化したものらしい。
出入りを制限できるような場所ではないそうだ。
ちなみにプラチナ(Sランク)推奨ならもう1つタタルの大穴という場所があるが、こちらはさらにオススメできないという。
モンスターのレベルより、危険な地形による高ランク認定らしく、ドロップアイテムは美味しいが、レベリングには向いていないのだ。
「幻狼の森は街からは遠いんだが、嬢ちゃんたちは空を飛べんだから問題ねぇだろ」
「それに拠点となるゲッシュフトって街なら、いろんなレベルのダンジョンが近くにあって、やりやすいと思うわ」
「それならアサカさんが慣れていくのにもちょうどいいかな?」
「はい、わたしも簡単なところから少しずつ練習していきたいです」
こうして真一たちの行き先は幻狼の森に決まった。
まずは最寄りのゲッシュフトという街に行って、朝霞の冒険者登録をすることにする。
そうと決まれば、さっそく出発である。
真一たちが去る日に合わせて、朝霞は既に準備も終えていたのだ。
荷物は小さな肩掛けのカバン1つと、極めてコンパクトである。
それも防水バッグに仕舞って、溜め袋に収納した。
そんな訳でさっそくゲッシュフトに向けて出発することにする真一たち。
運ぶのは朝霞1人だけなので、空を飛んで行くことにする。
朝霞もダクザギャッデス戦のときに、抱えられた状態での高速回避飛行を経験している。
あのときに比べれば、優雅な空の旅など怖くも何ともないとのことだった。
老夫婦やナローズのみんなが見守る中、エピーは背中の翼を大きく広げて軽く浮き上がる。
そうして両腕で朝霞をお姫さま抱っこして抱え上げた。
この持ち方は真一の指示である。
友だちを溜め袋に飲み込んで運ぶのは、当然ながら却下だからだ。
それにドリー1人に持たせたら、またしても空中で放り出しかねない。
エピーの左腕とドリーの右腕で同時に持てば、ドリーがやらかしても安心だという真一の配慮であった。
俺だって、こんな見え見えの地雷に突っ込むほど馬鹿じゃないって!
とフラグのようなことを考える真一。
その横では別れの時間が繰り広げられていた。
「それじゃコソフォさん、キョロフさん、長い間本当にありがとうごさいました」
「くれぐれも無理はするんじゃないぞ」
「たまには帰ってくるのよ」
「はいっ!もちろんですっ」
だから朝霞の言うべき言葉は、『さようなら』ではなく、、、
「行ってきますっ!」
それは第二の父と母に向けた言葉であった。
あえて口に出さずとも、朝霞の気持ちはしっかりと伝わっていた。
「えぇ、行ってらっしゃい」
「アサカは俺らの娘じゃ。ここはアサカの家じゃからの!」
「はいっ!」
笑顔と涙で見送る老夫婦に向けて、エピーたちの腕の中から手を振り続ける朝霞。
真一もユキやマコたちと挨拶を交わす。
そんな中エピーは少しずつ高度を上げていき、そして飛行体勢に入る。
ぐんぐんと遠ざかっていく中、朝霞は農園が見えなくなるまで手を振り続けていた。