1.2.2 事故死、そして、、、
◆◆◆ 数時間前 ◆◆◆
「ィギャァァアアァァァーーーッ!!!!」
真一は絶叫していた。
有り得ない程の痛みで何も考えられない。
あまりの痛みで失神し、そしてすぐさま激痛で叩き起こされる。
そんな地獄が延々と繰り返される惨状。
もはや助かりたいなんて思いはこれっぽっちも残っていなかった。
祈るように願うことは1つだけ。
ただただこの激痛から解放されたい。
1秒でも早く死にたい。
早く心臓が止まって欲しい。
神さま!!!
今すぐ俺を天に送ってください!!!
この世界から解放してくれ!!!
真一はただそれだけを願った。
脳が焼き切れる程に強く。
限りなく強く願った。
ーーーーー
次の瞬間。
いつの間にか真一は真っ白な世界にいた。
そこはただひたすら白いだけの世界だった。
そんな白い世界で、真一の身体は空に浮かぶように漂っていた。
そして、、、
痛みはもうなかった。
「あぁ、、、死んだんだ」
自分は死後の世界にやって来たんだな、と。
真一はそう思った。
けれども、、、
「違うよ」
真一の独り言に、誰かが答えた。
声のした方を見ると、そこには少年がいた。
その少年は真一と同じく、空中をフワフワ漂っている。
けれども真一と違って圧倒的な存在感があった。
どう考えてもただの人間ではない。
直視するのが恐ろしいほどに神々しい少年だった。
「ぁ、、、あなたは?」
真一は恐る恐る問いかける。
「うーん、君の世界の概念では表せる言葉が無いんだけど、、、まぁ『神さま』ってあたりが近いところかな」
神と言われても何の不思議もない。
あっさりそう受け入れた真一だった。
それよりも今の状況が気になる。
「なるほど、、、それで俺はどうなったんですか?」
「どうって、君が願ったんでしょ。僕に届くくらい強く」
「えっ?」
「君の世界から解放されたいって」
どうやら真一のあまりにも強い願いに、この少年が反応したようだった。
死にたい、死後の世界に旅立ちたい、現世から解放されたいという、あまりにも強い願いに。
「それじゃ、俺はやっぱり死んだんじゃ?」
「いや、まだ君のビュイド《本質》はあの世界にあるよ、ほらっ♪」
そう言って少年は親指と人差し指で○を作る。
するとその○の先に円形の窓のようなものが出来上がった。
時空を切り抜いた扉のようなものだ。
そしてその扉の先には、地球にいる現在の真一が映っていた。
今まさに死を迎える直前で静止している姿だ。
口から血を吹き出し、涙と鼻水を垂れ流し、激痛に顔を歪めている。
上半身は血まみれ。
そして腰から下は、、、
粉砕機に巻き込まれ、グチャグチャのミンチとなり果てていた。
「ぅぐっっ」
思わず吐き気が込み上げてきて、顔を背ける真一。
あまりにもグロテスクな自分の死に様など、正気ではとても直視できない。
胃の中のものを吐き出そうとして何度も嘔吐く。
だがどれだけやっても何も出てこなかった。
「今の君はリビドだからね」
さっきから謎の単語を連発する少年。
「あぁ、君の言葉で近い表現だと、『魂』だけの存在ってとこかな。あの世界から君のリビド《魂》をここに呼び出したんだ」
疑問の表情を浮かべている真一を見て、少年が解説してくれた。
どうやら今の真一は魂だけの存在らしい。
地球の真一はまだ死んでいなくて、魂だけこの場所に呼び出されたようだ。
おそらくこの場所は時間の止まった世界なのだろう。
さっきチラッとだけ見た事故現場も静止していた。
それにしても、、、
身体はちゃんとあるよな?
魂だけの存在と言われてもピンとこなかった。
真一は最悪な気分の中、震える腕をぎこちなく動かして自分の全身を触れ回る。
やはりどう見ても実体があった。
ミンチ状にまでバラバラに切り刻まれていたはずの下半身も元通りだ。
ついでに服も復元されていた。
良かった〜♪
もし服なしで下半身だけ治ってたら、、、
ガチの尊厳の危機だったんですけど!
本当に助かった〜
と、真一が胸を撫で下ろしていると、少年が解説をしてくれた。
「それは君の仮の肉体だよ。肉体はリビド《魂》に付随するものだからね。まぁ、仮とはいえ君から見れば本物と区別はつかないと思うよ」
そんな説明を聞いているうちに、ようやく少しは落ち着いてきた真一。
この不思議な状況が何なのか聞こうと口を開く。
「それで、ぅっ、、どうして、俺をぅっ、ここに?」
だが真一の声は意思に反して震えたものとなった。
悲惨な自分の死に様を見せつけられたショックから、すぐに立ち直れるはずもない。
だがそんな真一の様子を少しも気にかけることなく、少年が呑気そうに話を続ける。
「君が自分の世界から旅立ちたいって願ったからね。その強い願いが僕に届いたんだよ。だから君には別の世界に行ってもらう」
「べ、別の、世界?」
「うん、君の世界とは全く別の理にある世界だよ」
つまり異世界転生?
異世界アニメみたいな?
このパターンの作品は、真一もいくつか見たことがあった。
「そして別の世界に行きたいという君の願いを叶えるかわりに、君には使命を果たしてもらう」
「し、使命、、、?」
「うん、魔王を倒してもらいたいんだ」
だがその言葉を聞いて、真一の顔色が変わる。
「魔王!?この俺が!?」
「もちろんそのままじゃ無理だから、それなりの力は授けてあげるよ」
「無理ですっ!俺には無理なんです!」
ここでアニメの主人公なら、喜んで首を縦に振るのだろう。
けれども真一には到底受け入れられなかった。
涙を流しながら、必死に拒絶する。
「戦うのとか絶対無理ぃぃ。ぅうっ、もぅ、痛いのはイヤなんでずぅ、、、」
少しずつ粉砕機に身体をミンチにされながら、ジワジワと死を迎える。
そのあまりにも強烈な痛みが、真一の心に深すぎるトラウマを刻みつけていたのだ。
恐ろしい魔王に負けて残酷な拷問を受ける未来を想像してしまう。
とてもじゃないが行く気になれない。
嗚咽を漏らしながら首を振り続ける真一。
そんな真一の願いを、、、
「あっ、そうなの?じゃあいいや」
少年はあっさりと受け入れてくれた。
「えっ??」
まさか神さまがすんなり受け入れてくれるとは思わなかった真一。
狐につままれたような表情で少年を見上げる。
すると少年は何事もなかったかのように、右手でとある場所を指差す。
そして感情のこもっていない声で宣言した。
「それじゃ戻すね」
真一がつられて少年の指差す先を見やると、そこには時空の窓があり、、、
激痛に顔を歪める元の世界の真一の姿があった。
現在進行系でミンチ死を迎えている悲惨な姿が。
それを見た瞬間、真一の脳裏にあの耐え難い激痛が蘇る。
あそこに戻る?
そんなの無理に決まってるだろっ!!
「待っでえぇぇっっっ!!!」
次の瞬間、真一は絶叫していた。
「行きます!!異世界行きます!!!だから戻さないでええぇーっ!」
「うん、そう?」
少年はあっさりと頷いた。
こうして真一は異世界へ行くことになったのである。