4.46.186 街を消し去る者
どれだけ攻撃を続けても真一たちの防御力を突破できず、ついにダクザギャッデスが動きを止める。
いきなり空中で静止すると、次いで真一たちから10メートルほど距離を取る。
そしてそのままゆっくりと上昇を始めた。
真一たちを見下ろすようにして羽ばたき続けるダクザギャッデス。
だがそこには僅かたりとも諦めた気配は無かった。
逆に何か恐ろしい切り札を切ってきそうな様子である。
「なんだかヤバそうニャミュ、、、」
空中を漂いながら、真一もエピーも相手の動きに油断なく目を光らせる。
朝霞は目を回しながらも、気力を振り絞って視線を上げる。
ズキズキと痛む頭の具合からして、ヒカるんを動かせるのはあと1回が限度といったところだった。
睨み合う両者だったが、ついにダクザギャッデスが動きを見せる。
「グググルルゥゥッ、、、」
腹の奥まで響いてくるような、重低音の唸り声を上げるダクザギャッデス。
すると背後にいくつも浮かんでいた青紫色の魔法陣が全て掻き消える。
その代わりにダクザギャッデス自身が、青紫色の光を帯び始めた。
バチバチと放電して空気を焼き、オゾン臭を漂わせてくる。
一目でヤバいとわかる程に、ダクザギャッデスは全身に恐ろしいエネルギーを纏わせようとしていた。
超帯電状態に突入した感じである。
「まずいニャミュっ、、」
雷を纏ったまま近接戦に出てくるのか?
それとも新たな遠距離魔法を準備中なのか?
様々な可能性を予想していた真一の脳裏にふと、ある光景が呼び覚まされる。
セスルミッコのストーカー魔族が、最期に発動した自爆術式。
どこかあのときと同じような印象を受ける光り方なのだ。
そしてそんな予感を裏付けるように、、、
「やらせちゃだめぇぇぇっ!!」
地上からマコの絶叫が聞こえてきた。
「それは全方位を消し飛ばす衝撃波よぉぉっ!!!」
声の限りを振り絞って、警告の声を上げるマコ。
悪ふざけ好きな性格とは裏腹に勉強熱心なマコは、このミグルのモンスターについてかなり詳しく調べていた。
凶悪な幻獣種であるダクザギャッデスについても。
13種の幻獣種のほとんどは天断山脈に分断された向こう側の世界、ヴォイグル《未踏領域》に棲息している。
だからマヌングル《人間界》にやってくることは基本的にあり得ない。
しかし人間界に棲息している幻獣種も2匹だけ存在している。
そのうちの1匹が天山の奥深くを棲家とする、ダクザギャッデスである。
いつもは絶命の森の深淵から出てくることはない。
けれどもミグル《内側》の歴史の中で2回だけ、人類の領域に姿を現したことが記録されている。
その2回ではいくつかの街がミグルから姿を消した。
文字通り塵も残っていなかったという。
『ダクザギャッデス』とは、ミグルの古語で『街を消し去る者』という意味を持つ。
その名を冠する由来となった、ダクザギャッデス《街を消し去る者》の最悪の攻撃こそが、、、
「とんでもない爆発で、街1つくらい消し飛ばしちゃうのよぉっ!!!」
全身に纏った膨大な魔力を一気に解き放ち、全方位を粉々に消し飛ばす衝撃波であった。
マコの決死の警告はもちろん真一たちの耳に届いてはいる。
だがしかし、、、
「シン、どうしようっ!?」
「あんなの、耐えられないニャミュぅ、、、」
エピーとドリーが怯えきった様子で狼狽えていた。
ダクザギャッデスは際限なくどこまでもエネルギーを溜め込んでいる。
準備中のその衝撃波攻撃の威力を、エピーたちは野生の本能で察知したのだろう。
2人のこんな姿を見るのは、真一にとっても初めてである。
とはいえ真一にだってどうすればいいか分からない。
きっと真一だけは耐えきれるが、全方位の衝撃波では、とても他のみんなを守れない。
エピーもドリーも朝霞やマコたちも、みんな死んでしまう。
となればマコの言うように、放たれる前に阻止するしかない。
けれどもエピーたちの攻撃では、今まで何1つダメージを与えられなかったのだ。
ダメ元でドラゴンブレスを放つことくらいはできるが、それで阻止できなければ全員が死ぬ。
1手の打ち間違いにみんなの命が懸かっているとあっては、やけっぱちの攻撃に出る決断は下せなかった。
「わたしっ!あと1回くらいならヒカるんでみんなを守れますっ!」
そんななかで声を上げたのは朝霞であった。
エピーの腕に抱えられたままの朝霞が、決意を込めた力強い瞳で宣言する。
全員が絶望に沈みそうな中で、いちばん臆病だった朝霞が誰よりも希望を見据えていた。
「今まででいちばん大きな壁を作るから、それでっ!!」
「ダメだっ!全方位の衝撃波じゃ、壁を回り込んで下のみんながやられちゃうっ!」
「そんなっ!それじゃ、どうしたらっ!?」
悲痛な叫び声を上げる朝霞。
もはや考えている時間はなかった。
ダクザギャッデスは今にも衝撃波を放とうとしている。
絶体絶命に追い込まれた真一は、脳が焼ききれそうなほどに頭を回転させる。
俺の頭とヒカるんの防御力は最強だ!
だけどそれじゃ全方位の衝撃波は防げないっ!
やっぱり受けちゃダメだ。
先に攻撃するしかないっ!
だけどアイツに通じる攻撃なんてあるのか?
エピーとドリーですら攻撃力がぜんぜん足りない。
俺のスキルなんて防御だけ。
ヒカるんだって俺と同じでガードすることしか、、、
いや、同じじゃないっっ!!?
そこで真一は初めて疑問を抱く。
真一の顔面ブロックとヒカるんガードには、大きな違いがあるのだ。
真一はどんな攻撃でもダメージ1で絶えられるが、衝撃は受けてしまう。
ほぼ無傷とはいえ、身体はノックバックして吹き飛ばされるのだ。
だけど朝霞のヒカるんは、ダクザギャッデスのビームを受けても微動だにしていなかった。
レベル1のか弱い少女が、幻獣種の凶悪な攻撃を受けたというのに。
ヒカるんを盾代わりにして受け止めているだけでは、絶対にあり得ないことである。
つまりヒカるんは、、、
攻撃を受け止めているんでも、耐えているんでもない。
相手の攻撃を『消して』いるんじゃっ!?
そこまで考えたところで、真一の脳内に朝霞の言葉が呼び起こされる。
『襲いかかってきた巨大トラが、血を流して暴れ狂っていた』
『走って逃げているとき、周りの木々が切断されていた』
『飛び掛かってきた森のモンスターたちも、最後は悲鳴を上げて逃げていった』
『ナグリャが押し倒してきたが、気づけば血まみれで床に倒れていた』
それらは全て、ヒカるんが発動していたときに起きた出来事なのだ。
つまりヒカるんはただ単にどんな攻撃も防ぐだけでない。
触れたものを全てこの世界から消滅させているのではないか?