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4.A-15.175 出会い、そして転機

 囚われていた建物から数時間ぶりに出てみると、外はすっかり暗くなっていた。

 裏路地には灯りがなく、大通りの方からの光が差し込んでくるだけだ。

 さすがに朝霞を探している街の男たちはもういない。

 そうして朝霞は夜の街へと踏み出した。

 ロッカーで見つけたコートのフードを被り、指も隠しているので、パッと見では勇者と気付かれる心配はない。

 それでも一刻も早く街から脱出する必要があった。


 なんせ朝霞はこの街の官僚のトップに大怪我をさせてしまったのだから。

 何が起きたのかは朝霞にも分からないが、状況から考えてヒカるんに原因があるのだろう。

 朝霞が暴行犯にされて罰を受けることになるに決まっている。

 そうじゃなくても捕まったら今度こそただでは済まないことは間違いなかった。


 早足でもと来た方向へ戻りながら、門を目指す。

 異世界の街は街灯の代わりに道路自体が緑色に明るく光っていて、道に迷う心配はなかった。

 程なく門にたどり着いた朝霞だったが、大きな問題に突き当たる。

 門が完全に閉じられていたのだ。

 壁はツルツルで10メートルほどの高さがあり、とても登れそうにない。

 かといって今すぐに追手がかかってもおかしくないので、朝まで待つ選択肢はなかった。


 唯一の逃げ道は、門の横にある門番の詰め所だった。

 詰め所の中にある扉は開いていて、街の外に出られるようになっている。

 夜間窓口のようなものなのだろう。

 問題はそこを通る人間が厳重にチェックされている様子なこと。

 まともに向かったら間違いなく捕まってしまう。


 とはいえ迷っている時間はなかった。

 いつ朝霞の起こした事件が通報され、警備が厳重にされてもおかしくない。

 物陰に隠れた朝霞は覚悟を決めて服を脱ぐ。

 全裸になった朝霞の身体を隠すように、すぐさまヒカるんが発動する。


 ただし今回朝霞が使う定形パターンは『直線光』や『湯気』ではなく『黒い丸』だ。

 それを全身に広げるように変形させ、身体を覆い隠す。

 目の部分だけは開けているので、ちゃんと外を見ることもできる。

 そうして暗黒を身に纏った朝霞は、門番の詰め所に忍び込んだ。


 夜の番をしている門番は2人だけだった。

 人の出入りが途切れたせいか、暇そうに世間話をしている。

 詰め所の中は薄暗いが、今の朝霞の全身は真っ黒過ぎるので、さすがに違和感が出てしまう。

 門番たちに気づかれずに通るのは無理があった。

 そこで朝霞は2人の門番の後ろから忍び寄り、さっとテーブルの上のコップを倒す。


「ぅわっ!」

「なんだっ、クソっ!」


 テーブルの上に広がる液体を見て慌てふためく門番たちの後ろを、朝霞は慎重に通過していく。


「んっ!?」


 何かの気配を感じて後ろを振り返った門番だが、そこには街の外の闇がどこまでも黒く広がるだけであった。



ーーーーー



 それから夜のうちに出来るだけ街から遠くへと歩き続けることにした朝霞。

 森の方に戻っても仕方ないので、向かうのはやって来た森からさらに遠ざかる方向だ。

 天空に浮かぶ薄桃色の神殿の月と、黒くそびえ立つ巨大な山のシルエットが目印になる。

 山の上の光の柱のようなものも、月明かりに輝らされてピンク色にほんのり輝いていた。


 ますは街の外壁沿いに歩いて、180度反対方向の門まで移動する。

 そこからは街と山を背にして門から真っ直ぐ伸びる道を歩き出した。

 ある程度街から離れると、服を着直して暗黒ヒカるんを消す。


 漆黒の道は朝霞の姿を追手から隠してくれる反面、朝霞にとっても先が見えにくくてしょうがない。

 しかもまともに整地されていたのは最初の1キロくらいだけで、その後はただの荒野でしかなかった。

 真っ暗ななか何度もつまづきながらも、できるだけ遠くへ逃げようと足を動かし続ける。

 朝になっても街から見えないくらいまでは、距離を取りたかったのだ。


 だがそんな朝霞の頑張りにも限界が来つつあった。

 最後に食事をしたのは、街に来る前の日のこと。

 それから休む暇もなく、食事どころか水も飲んでいない。

 川の方はすぐに捜索が来そうで避けてしまったのだが、判断ミスだったのかもしれない。


 真っ暗な荒野を何時間も歩き続けた朝霞だったが、いよいよ力尽きてしまう。

 途中で見つけた岩陰に座り込むと、もはや立ち上がる体力は残っていなかった。

 そのまま気絶するように眠ってしまった朝霞であった。



ーーーーー



「お嬢さん、大丈夫かぃ」


「生きてるの?起きられる?」


 誰かに身体を揺すられ朝霞が目を覚ますと、あたりはすっかり明るくなっていた。

 だがしかし朝霞は立ち上がることができなかった。

 それどころか首を起こす力さえ湧いてこない。

 まぶたを開けることすら億劫おっくうであった。


 それでもぼんやりとした朝霞の頭のどこかが、このままでは死ぬと警鐘を鳴らす。

 必死に生きようともがく朝霞だったが、、、


「み、みず、、、」


 そう呟くことくらいしか出来なかった。

 そして朝霞が残る力を振り絞って紡ぎ出したSOSは、、、


「あぁ、水じゃ。気を付けて飲むんじゃぞ」


 心ある老夫婦にしっかりと届いたのであった。



ーーーーー



 こうして朝霞はコソフォとキョロフに拾われることとなった。

 2人は勇者である朝霞のことを、色メガネで見たりすることはなかった。

 最初からずっと優しくしてくれて、自分たちの屋敷に住まわせてくれた。

 朝霞も恩を返すために、農場で精いっぱい働き、家事も雑用もなんでもこなした。

 対人恐怖症の朝霞であったが、この心優しい老夫婦にだけは、心を開くことができた。

 何よりずっと植物だけが友だちだった朝霞にとって、農場での暮らしは何よりも心休まるものであった。


 朝霞はどんどんと2人に懐いていく。

 コソフォたちも朝霞を娘のように考えるようになるまで、それほど時間はかからなかった。

 2人は朝霞には話さなかったが、実はキョロフは最初の子を死産で失っていたのだ。

 かなり歳をとってからようやく身籠った、待望の第一子であった。

 しかもそのことが原因で、キョロフは子どもを産めない身体となっていたのだ。

 その子が無事に生まれていれば、朝霞と同じくらいの年齢である。

 2人が朝霞を娘のように可愛がるのも、当然の流れだったかもしれない。


 そうして朝霞はこのクッソフォ農園で2年ほどを過ごしていた。

 この世界の数字で表現すれば、およそ(ディル)シス(256)日だ。

 何の不満もない、平和な日々。

 けれども朝霞の心の中には、1つの焦りが生まれていた。

 これだけ良くしてもらっているのに、2人に何も恩返しできていないと。


 2人は居てくれるだけで十分だと言ってくれるが、それでは朝霞の気が収まらない。

 かといって朝霞には何の力もない。

 、、、そう、思っていた。



 転機は1年と少し経った頃のことであった。


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