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4.A-13.173 底なしの悪意

 そのあと朝霞は事務所の奥にある牢に閉じ込められていた。

 4人分の部屋があり、その中の1つには朝霞よりも年下の少女が繋がれている。

 全てに絶望した表情で身動き1つしておらず、朝霞が連れて来られても虚ろな目で眺めているだけだ。

 自分も絶望のどん底にいる朝霞も、そんな少女に声をかけるような余裕はなかった。


 実はあの後すぐに朝霞は男たちに襲われそうになったのだ。

 抵抗できない絶世の美少女の憎っくき勇者を前にして、男たちが1秒たりとも欲情を我慢できるわけがなかった。

 だがそれをナグリャが辛うじて止めてくれたのである。


『待て、まだ手を出すな!』


 といってももちろん、善意からのものであるはずがない。


『アサカ、お前、処女だな?』


 朝霞に男性経験が無いことをナグリャが見抜いたからである。

 ここで否定したら今すぐに襲われるに違いないので、朝霞には正直にそうだと答えるしか選択肢はなかった。

 とはいえそれで稼げた時間はごく僅かでしかない。


『初モノは価値があるからな。出来るだけ高く売りつけてやるぜ』


 そう言ってナグリャは朝霞を牢につなぐと、最初の客の手配をしに出て行った。

 早ければ今晩にも朝霞の初めてが無理やり奪われてしまう。

 そのときが来るのを、朝霞は牢の中で泣き震えながら待つことしかできない。

 奴隷化の契約魔法で身動きできなくなるのは解除されていたが、その代わりに自分を傷つけることは禁止されていた。

 あの奴隷契約の魔法はナグリャの命令を何でも、朝霞に強制できるものだったのだ。


 静止の命令を解除されたおかげで、声を出せるようにはなった。

 けれども今の朝霞の口から溢れ出すのは、身を切るような嗚咽おえつの声だけ。

 気が狂いそうなほどに長くて、焦り千切れそうなほど僅かな時間が過ぎ去り、、、

 とうとうナグリャがやって来てしまった。


「アサカ、飛びっきりの客を用意してやった。精一杯ご奉仕するんだぞ」


「お願いしますっ!許してくだいっ!」


「許すわけねぇだろっ!あと命令だ。客と店員に危害を加えるのは禁止する。逃げるのもダメだ。さぁ、ついて来い!」


 ナグリャが牢の扉を開けるが、隷属の魔法のせいで朝霞には逃げることも抵抗することもできない。

 朝霞の意思に反して言われるがままにナグリャについて行く足を止めることすらできなかった。

 そうして朝霞は『仕事部屋』に連れて行かれる。

 驚くほどに上品な部屋で、高級そうな家具が並んでいる。

 部屋の中央には大きな容器状のベッドのようなものがあるが、布団ではなくゲルっぽい何かが充填されている。

 そして部屋には既に3人の男がいた。


 全員が警官か将官のような立派な制服を着ているが、うち2人は後ろで直立不動で待機している。

 そして飛び抜けて立派な服を着た男が、高級そうなソファに腰掛けていた。

 でっぷりと肥え太った初老の男で、腐敗しきった汚職官僚といった印象である。

 悪辣で残忍そうな笑みを浮かべていて、嫌悪感しか感じない男だった。


「ほぅ、、、聞いていたより何倍も美しい。しかもあの腹立たしい勇者が抵抗もできず、ワシの思うがままに出来るとか、最高ではないか」


「お褒めに預かり何よりです、閣下。今宵は存分にお楽しみいただければと思います」


 肥満男に頭を下げたナグリャは、後ろにいる朝霞へと振り返る。


「アサカ、お前の初めての相手をしてくださるドブフ様だ。このバンリャガの街の最高法政官だぞ」


 どうやらこの汚職肥満男は、この街のトップの官僚のようだ。

 名前からするに、法律とか警察機構の監督をする者なのだろう。

 本来なら騙された被害者である朝霞を助ける立場のはずの人間だ。

 絶対に無駄だと悟ってはいても、それでも朝霞は泣きつくのを止められなかった。


「そんな、、、助けてくださいっ!騙されたんです、わたし」


「なるほど、確かに勇者が自らカリファ《奴隷》契約するとは、半信半疑な話だからのぅ」


 口では朝霞の言い分を考慮するようなことを言ってはいる。

 だが弱者をいたぶるようなその醜い表情が、全て茶番であることを雄弁に物語っていた。


「はい、ですからドブフ様にこのカリファ契約の真偽を確かめていただこうと」


 そうしてナグリャが例の石板をドブフに見せる。

 ドブフは下卑た笑いを浮かべながら、石板の文字に目を通した。


「ふむふむ、なるほど、それがこのアサカがバスパース リルで購入した制服か。ワシには少し高く感じるが、、、」


「ぇっ、、、?」


「ワシは異世界の事情にも多少詳しくてな。お主の世界の数字に直してやると、、2オクエンくらいじゃな」


「2億円っ!!?」


 あまりの金額に、立ちくらみすら感じる朝霞。

 騙されて売りつけられたことは明白なのだが、それを認めてくれる者など1人もいなかった。


「まぁ異世界人にはこの服は珍しいから、多少は高い値をつけるのもおかしな話ではないだろう」


「ふふっ、本来なら❽リル(※4000円)ほどの服ですが、貴重な異世界の服だと考えれば、ドブフ閣下の言う通りおかしくないでしょう」


「まぁ多少数字が不自然なだけで、契約内容に大きな問題はないな。このバンリャガにおいてこのカリファ契約が正当であることを、ドブフ最高法政官の名において承認する」


「はい、ありがとうございます。これで他所の店からの余計な横槍も心配なくなります」


「そんな、、、」


 下卑た笑いを浮かべる男たちの真ん中で、朝霞は絶望に膝をついてうずくまる。

 そんな朝霞の目の前にしゃがみ込むと、ナグリャが追い打ちをかけるように耳もとで囁く。


「良かったな、アサカ。これでお前は名実共に間違いなく、この店の『奴隷売春婦』だ」


 心の底から朝霞をあざ笑う、憎悪と侮蔑を煮詰めたような声。

 わずか16歳の少女の精神では、とても耐えきれないほどの悪意がそこにはあった。

 だというのにナグリャは、徹底的に朝霞の反抗心を打ち砕くかのように、とどめの一言を放つ。


「安心しろ、アサカ。もしはらんでも魔道具で簡単に墮胎だたいできる。遠慮なく毎日仕事できるぜ」


 そこにはもはや人の心など存在しなかった。

 朝霞の心の中で、何かがひび割れて壊れていく音が聞こえる。

 完全に打ちのめされた朝霞は、ただひたすらすすり泣くことしかできなかった。


「それではドブフ閣下、今晩は一晩中貸し切りですので、心ゆくまでお楽しみください」


 そうしてナグリャと、ドブフの付き人2人が出て行く。

 部屋には朝霞と、野獣のように醜い男だけが残された。


「さぁ、始めるとするか」


 ドブフはソファから立ち上がると、肥え太った腹を揺らしながらゆっくりと近づいてくる。


「ゃ、ゃだぁっ、、、」


 だというのに朝霞の足は一歩も動かない。

 立ち上がることすらできなかった。

 今すぐこの部屋から逃げ出したい朝霞。

 そんな朝霞の感情に反応して、奴隷の契約が朝霞の身動きを封じているのだ。


「ふふっ、カリファ契約で逃げられんのじゃろ。さぁ、こっちに来いっ!」


 そんな朝霞の腕を乱暴に掴んで床から引き立たせると、ドブフは朝霞を乱暴にベッドへと放り投げる。


「ぃやっ!」


 悲鳴を上げて倒れ込む朝霞だったが、やはり逃げ出すことができない。

 身動きできないでいるうちに、ドブフが馬乗りになって覆い被さってきた。

 デップリと肥え太った男の体重は、この世の悪意を煮詰めたかのような重圧だった。

 これでは奴隷契約などなくとも、か弱い少女の力では跳ね除けることもできない。


「まずは胸から拝ませてもらうか、、、」


 朝霞の上にまたがったドブフが、朝霞の制服に手をかける。

 必死に抵抗しようとする朝霞だったが、客への危害も禁止されていた。


「ぃやあぁぁぁっ!!!」


 もはや朝霞に出来るのは、悲鳴を上げることだけしかなかった。

 それはドブフの嗜虐心しぎゃくしんに火を付け、欲情をますます燃え上がらせるだけだというのに。

 乱暴に朝霞の服がはだけさせられ、形のいい胸の膨らみがあらわになる。

 だがドブフは結局、朝霞の剥き出しの胸を目にすることはできなかった。


「ぅぎゃあぁぁぁっ!!」


 眩い『光』に遮られて。


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